第39話 研鑽の魔術師(終)

 最後の食事を終えて、僕とアルシファードさんは目的地の町、ダイアストへ向かった。夕日に照らされる頃には下り坂を下りき、平らな道に出ると町の出入り口はすぐ目の前だった。町の入り口に門扉はなく、山の谷間にある道からすぐに町の中が見える。

 食事の後、アルシファードさんと話はしなかった。僕からアルシファードさんに伝えられることなんてなかったし、アルシファードさんがこれ以上僕になにかを教える必要もなかったから。あるいは、話し始めるとまた別れが辛くなるからかもしれないけど。

 町に入る前に、先に歩いていたアルシファードさんが僕へ振り向く。


「さて、予定の半分も使わずに付いてしまったけど。あなたとの旅もここまでね」


「そう、ですね……あ、でも日数が余ったんだし余ったお金は返金をーー」


「いらないわ。それにあなた道具揃えて大体使い切ってるでしょう」


 言われてうなだれる。全く持ってそのとおりで、お金はほぼ残っていない。


「じゃあね、坊やーー」


 そう言って背を向けたアルシファードさんを見て。このままでいいのかと、考えた。


「アルシファードさん!」


 考えて、答えが出る前に呼び止めた。振り返ったアルシファードさんの視線は驚きより困惑が見える。それは多分僕も同じ顔だっただろうけど。


「あ、ええと、まだ契約って四日残ってますよね!?だから、そのーー」


 その間一緒に居て、どうする?僕は従者でしかないから旅をしない以上宿の世話なんかも必要ない。彼女に出来ることは多分、ない。

 でも、一緒に居たほうがいいと思った。だから、その時思いついた言葉をそのまま口にした。



 マウリア出発から四日目の朝。柔らかなベッドで眠っていた僕はバウンドする勢いで背中を叩かれて文字通り叩き起こされた。


「いっっ……たいですよ!なんですいきなり!」


「起きたわね坊や。寝坊よ?時間は有限、キビキビ動きなさい」


 あからさまに不機嫌そうな顔のアルシファードさんは既に身支度を整えていて、腕を組んで僕を見下ろしている。


「た、たしかに起きるのは遅れたかもしれませんけど……いきなり叩かなくても……」


「いきなりじゃないわよ。部屋をノックするところから耳元で名前を呼ぶところまで優しく対応してあげたわ?でもあなたぜんっぜん起きないんだもの」


 ふん、と顔をそらすアルシファードさんはなんだか子どもみたいで、つい笑みが浮かぶ。


「なにがおかしいのかしらぁ、坊や?今日の訓練は特別厳しくしないとダメそうねえ」


「お、お手柔らかにお願いします……」


 笑顔は苦笑いに変わる。

 そう、あと四日。僕はその四日間で、アルシファードさんに魔術の訓練を頼んだのだ。完全に従者ではないしむしろこちらがお金を払うべきようなことだったが、アルシファードさんは引き受けてくれた。


(やっぱり、あんな話のあとそのまま別れたりできないよね……)


 そんなわけで、アルシファードさんとはもう少しだけ一緒だ。初日から寝坊してしまったが、いよいよ魔術の訓練がはじまる。




「うん、全然ダメね」


「うう、やっぱりですか……」


 夕方、日が暮れるまで魔術を教わった結果。その理論や用途、基礎的な勉強をした上でとりあえず基礎の基礎である魔力の変換を訓練し始めたのだが。


「すごいわね、才能ない人でも多少なり魔力変換とか生成は出来るものだけど。ここまでゼロなんて」


 そこまで驚かれることなのかと、余計にへこむ。やっぱり才能ナシと判断された僕では魔術は使えないらしい。


「すいません、せっかく教えてくれてるのに……」


「なに言ってるの、まだ初日でしょう。この程度想定内よ」


 ため息混じり話す僕にアルシファードさんはあっさりそう言って、腕を組む。


「私が何年魔術師をしてると思ってるの?一回でうまく行く魔術なんてないわ、だから何度も試してうまくいかないところを直していくの。トライアンドエラーね」


「とらい……?」


 聞いたことのない言葉だ。首を傾げた僕にアルシファードさんは説明してくれる。


「トライ、アンド、エラーね。他の大陸の言葉よ。父さんがよく言っていたの、船乗りだったから他の国とか大陸の言葉とかよく覚えて使ってたわ」


「へぇ……あ、じゃああの船はーー」


「あれは私が買い付けたもの。父さんのと同じ型の船だけど、ね」


 そっぽを向いたアルシファードさんの言葉に合点がいった。なぜ魔術師に船が要るのだろうと不思議だったがそういうことだったのか。


「ほら、話は終わり。夕飯を食べたら続きをするんだから」


「はい、わかりました!」


 元気に返事をして、宿に向かうアルシファードさんを追いかけた。



 そうして、ダイアストで過ごして四日。僕はひたすらに魔術のことばかり教わって訓練をした。理論、用法、原理、おおよそ触れたことのない魔術のあれこれを頭に詰め込んで、アルシファードさんの指示のもとで実践する。その合間にアルシファードさんの魔術に使う鉱石を探したり、加工されている製品を見たりした。ダイアストの町は話の通り鉱石加工が盛んで、そのための設備も他のところよりずっと大きかった。町にいくつもある煙突は鉄の加工に必要な溶鉱炉のもの、らしい。一度見に言ったが暑かったことしかわからなかった。

 

「……だめね」


「だめですねえ……」


 結局、四日間試してわかったことは、これだった。僕は魔術の理論や原理を理解できるが、それでも魔術を発動できない。原因は体内で魔力を作ったりなにかを魔力に変換したりが出来ないから。アルシファードさんのように熱を変換することはもちろん、水や土や空気、その他諸々試して見たが全く作用しなかった。


「知りうる限りのものは試したけれど、やっぱりダメね……」


「ううん……結局目立った成果は筋力がちょっと付いたくらいでしたか……」


 ぼやく僕にアルシファードさんは不思議そうに首を傾げた。


「筋力?筋力使うようなことはしてないでしょう」


「え?いや、だって毎朝のアレ……すごく重かったし」


 毎朝行っていた小石を太陽光に当てる作業。初日以降は僕が行っていたがアルシファードさんが離れると一気に重くなるのは相変わらずで、いつも汗びっしょりになっていた。あれを毎日やってるアルシファードさんはすごいと思う。


「重かった……?あの石が……?」


「はい、情けないですけどとっても。アルシファードさんの凄さを体感してました」


 そう話すとアルシファードさんは難しい顔で考え込みはじめた。なにか、変なことを言っただろうか。


「それ、マウリアの時と一緒かしら」


「え?ええ、と、いえ。あの時より日に日に重くなってますけど……」


 てっきり筋力強化のために重くされているものとばかり思ったが違うらしい。アルシファードさんはいよいよ苦悶の表情を浮かべはじめる。


「あ、の……アルシファードさん……?」


「ちょっと黙って。整理してるから。あの小石を重く感じたってことはなんらかの……」


 何やら鬼気迫る雰囲気でブツブツと呟いている。言われたとおり黙っていたら、突然腕を掴まれた。


「ちょっと。これを持ってみなさい」


 そう言って渡されたのは手のひらに収まるくらいの三つの小石だった。首を傾げつつ、握る。


「重いかしら?」


「いえ、全然……」


「そう。じゃあ一旦地面に置いて。私が離れたら一つづつ持ち上げて」


 言われて頷くとアルシファードさんは離れていく。五百メートルくらい離れたところで止まったので、指示どおり石を持ち上げる。


(お、も……!)


 そして小石は予想通りとんでもなく重い。毎朝見てもう見慣れたその石はもはや持ち上げられそうもなかったので他の二つを持ち上げてみる。ふたつ目はそう苦労なく持ち上げられ、三つ目は普通の小石と変わらない重さだった。

 離れていたアルシファードさんが戻ってくるとやはり、小石は普通の重さに戻る。


「あ、れ……?」


 そこで、気づいた。地面に置いた小石は、一見他の小石と変わりはない。でも、それこそが可笑しかった。


「やっぱり、ね。その石、地面にめり込んだりしていないわよね」


「は、い。でもそれ魔術でアルシファードさんが重くしてたんじゃ……」


「してないわよ。したのはマウリアで最初に渡したときだけ。そしてその三つの石は同じ鉱石だけど、一つだけ条件を変えてあるわ」


 アルシファードさんは一度息を吸い込んでから、話す。


「その石の二つは魔力を込めてある。あなたが重いと感じた二つね。そして地面に置いてもそれは地面にめり込んだりしなかった。つまり重いと感じていたのはあなただけーー」


「と、いうこと、は……」


「ええ、ラング。あなたは魔力を重さとして感じている、ということね」


夕日が、手元を照らす。その言葉は、今までなにも才能らしいものを見つけられなかった僕に唯一見つかった、成果だった。


「詳しい条件はわからないけど。ともかくあなたは魔術に関して普通とは違う体の作りをしているわ。魔術が使えないのもそれが原因でしょうね」


 四日目の終わりに、唯一わかったことがこれだった。でも、それは悲しみも怒りもなく、ただ踏み出す道を見つけられた、そんな感覚だった。



 「本当にいいの?せっかく魔術のことが少しわかったのに」


 日の暮れきったダイアストの町で、アルシファードさんは名残惜しそうに僕を見つめる。


「はい。もちろん魔術の事はもっと知りたいとは思いますけど。先生への報告とか両親のこととかもありますから、戻らないと」


「そう。まあそうよねえ。大切なものも、見つけなくちゃいけないんだものね?」


 こくりと頷いて、顔を上げる。アルシファードさんはポケットから小石を一つ取り出すと、僕に渡してくれる。


「これ、持っていきなさい。毎朝の訓練に使ってた鉱石よ」


「え、でもこれ確か高いんじゃーー」


 続く言葉は唇に当てられた人差し指で止められる。


「持っていきなさい、魔術師が人になにか上げるなんて滅多にないんだから。卒業記念、みたいなものよ」


「は、はい……」


 そう言われてはもう断れず、大人しく腰につけたポーチにしまい込む。


「それじゃあね。短い間だけど楽しかったわ……少しだけ、夢がかなった気分」


「夢、ですか……?」


 アルシファードさんはくすりと笑って、頷く。


「ええ。私ね、先生になりたかったの」


「ああ、じゃあ……お世話になりました、アルシファード先生」


 深く頭を下げる。顔を上げるとなぜか彼女は背を向けていた。


「まったく、これだから坊やって……!ほら、契約書の魔術で帰るんでしょ、早くなさい!」


「え、ええ……?わかりましたよ」


 なにに怒ってるのかはわからなかったが、どうも気に入らなかったようだ。声がなんとなく嬉しそうなのも気のせいだろうか。とかく言われたとおり、契約書を広げる。先生から事前に聞いていた通り、契約の真ん中に魔法陣が浮かんでいた。これに触れればいいらしい。


「じゃあ、帰ります。アルシファードさんもお元気で」


「……ええ。じゃあね、ラング。どこかでいい男になってるのを期待するわ」


 その言葉を最後に、アルシファードさんはダイアストの町に消えていく。彼女はきっと研鑽を続けるのだろう。嫌いだといっていた魔術を、好きになってこれからも。

 彼女が見えなくなったあと、魔法陣に触れる。急速に僕の周りが光に包まれて、すぐ景色が見えなくなる。眩しさに目を瞑った僕が再び目を明けた時、辺りの景色はダイアストのそれではなく、見慣れたマウリアの、小高い丘の上に経つ小さな学校の前だった。

 

 こうして、七日に渡る旅は終わった。まるで幻のようだった旅がしかし、確かにあったことをポーチに入った青い小さな鉱石が証明していた。


(色々あったけど、まずは……)


 ポーチに石をしまって、学校に背を向ける。まずは、家に帰って。温かい豆のスープを食べようと思った。


〜研鑽の魔術師編・完〜

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