第38話 研鑽の魔術師(21)
火の粉がパチリと舞って、僕の意識を引き戻す。何か、答えないと。
「え、っと……」
すぐに言葉は出なくて、押黙る。答えない僕に、アルシファードさんは視線を外さないまま続けた。
「このまま旅を終えてマウリアに帰って、また誰かの従者を日雇いで続けたとして。あなたのやりたいことが見つかる保証もないわ。もし見つかったとしてもそれになれるかもわからない。それで結局従者を続けていくのなら、私と旅を続けていっても構わないでしょう?雇い主を探し直す手間も省けるし」
それは確かに、その通りだ。この従者という仕事はいまのところ時間稼ぎでしかない。それも、存在するかわからないものを求めるための時間稼ぎ。彼女の言うとおり、本当は僕に出来ることなんかなにもなくて、時間を稼ぐだけ無駄なのかもしれない。
「それはそう、なんですけど」
「なら、そう悩むこともないでしょう。それとも他人に与えられた選択肢じゃ納得できないかしら」
そんなことは、ないと思う。ただ。
「そういうこともないんです、ただーー」
「ーー私が雇い主は不満なのかしら」
ガタガタと、器にかけた蓋が鳴る。溢れた中身が音を立てて火の中に滴る。火にかけていた料理をどかして、アルシファードさんに背を向けた。
「不満じゃないです。アルシファードさんは、その、色々困るところはあったけどたくさんの事を教えてくれて。多分他の人からは教えてもらえなかっただろうこともあって、ただ答えを教えるだけじゃなくて考え方を、教わって」
器の蓋を取る。煮えた中身はまだ火を通したばかりで味は染みていないけど、随分柔らかくなっている。
「ええ、だから一緒に旅をすればもっと色々教えられるわ?やりたいことだってーー」
「でもだからこそ、僕はもっといろんな人と会いたいんです。いろんな人の言葉や考えを聞いて、出来ることも増やしたい。なにより、僕にとって大切なものが何か、見つけたいんです。だから、僕は一緒にいけません」
「ッ……そんなの見つけて、どうするの?大切なものが見つかっても、もう手が届かなかったら?」
料理を器に盛り分ける。同じ鍋で煮込んだそれをふたつに分けて、スプーンを差し入れる。
「そうしたらまた、探します。大事なものは、きっと一つだけじゃないから。アルシファードさんだってそうじゃないですか?」
そう、なくしたってまた見つければいい。探し歩けばいい。そうやって歩いている人を僕はもう知っている。
「私の、大切なもの……」
「誰かと一緒にいるの、好きなんですよね?好きなことって、すごく大事だと思うんです」
温かいスープを、アルシファードさんに差し出す。彼女の顔をまっすぐに見返して、答える。受け取った彼女の顔は、少しの驚きが見えた。
「それに、アルシファードさんはきっと魔術のこと、好きだと思ったので。だって今までずっと、魔術を鍛えてきたんですよね?それって嫌いなことなら続かないと思うんです。だからーー」
「もういいわ、わかったから……」
続けようとする僕を手で制して、アルシファードさんはゆっくりと息を吐いた。そうして、顔を上げると僕に答える。
「ええ、そうね。あなたの言うとおり。今まで研鑽を続けこられたのは魔術が好きだからだし、人と一緒に居るのも好きよ。ただあんまりな環境で居たから、認めるのも尺だっただけ」
そう言って肩を竦めた魔術師はなんだかスッキリした顔をしていて、僕も釣られて笑った。
「そのくらい素直でいたほうが、いいと思いますよ?」
「うるさいわね、坊やのくせに生意気よ」
笑い合う僕らの持つ器は別々だけど。同じ鍋から別れたって、味は一緒だ。そんな当たり前のことが、今はすごく大事に感じた。
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