第37話 研鑽の魔術師(20)

 マウリアを出てから三日目の昼。僕とアルシファードさんは、目的地であるダイアストの町を見つけた。予定より四日も早いが、ともあれ旅の終わりが見えてきた。おそらく一つ目の山越えのときのアルシファードさんの跳躍で短縮した時間が大きかったんだと思う。


「あれがダイアストなんですね、随分大きい……」


「そうね、あそこは金属や鉱石の加工に長けた職人が多くいるから。一度住みはじめた人が移住していかないのよ」


 アルシファードさんの説明になるほど、と頷きながら町を見下ろす。岩山に挟まれる形で作られている町はいくつもの煙突が煙を上げていて、なんだか町の色が白っぽい。外からの人間の目を引くために赤や緑がそこかしこに見えるマウリアとはやはり雰囲気が大きく異なる。


「さて、町が見えてはいるけれどもう少し距離はあるから。一旦休憩したら行きましょうか」


「はい、わかりました」


 素直に頷いて、すぐ背嚢を下ろす。実のところ朝に食事の支度も火起こしもしなかったから後ろめたさがあったのだ。お昼の料理は気合を入れなければ。


「あ、アルシファードさん。お昼はなにがいいですか?なるだけ頑張って作りますから……」


「ああ、そうねえ。最後に、なるだろうしね……?」


 その言葉にちょっとだけ胸が傷む。色々と思うところがあったとはいえアルシファードさんにはヒルグラムさんとの旅の数倍、様々なことを体験して教わった。正直離れるのは、やっぱり寂しいと思う。


「せっかくだから、前作ってくれた豆のスープお願いしようかしら。あれ、結構好きなのよね……」


 どこか遠い目をしながらアルシファードさんはそう答える。焚き火を起こさないと作れないメニューだから時間がかかるけど、せっかくお願いされたのだから応えないわけにはいかない。さっそく火起こしにかかった。


「ねえ、あなたこの後はどうするのかしら」


 火起こしをはじめた僕を見ながら近くの岩に腰掛けたアルシファードさんが声をかけてくる。目の前の作業に集中しながら答える。。


「ええ、と……町に着いたら先生の作ってくれた契約書の魔術でマウリアに帰れるらしいので、一泊くらいして、帰ろうかとーー」


「そうじゃなくって。従者のことよ。このままずっと続けてくのかしら」


 それは、正直わからないけど。まだはじめたばかりだしやれることも見つかってないし。

考えながら手は動かす。火が着いたのを確認して背嚢から器や材料を取り出す。


「多分、しばらくは続けます。やれることも見つかってないしーー」


「見つかったらやめるの?」


「ええ、とーー多分」


 従者は先生の見つけてくれた仕事ではあるけれど、やっぱり国の定めているものではないし。才能を見つけてそれを出来るなら、多分そのほうがいい……。

と。昨日までは思っていた。思えていた。でもそれも本当か怪しくなってしまった。


「ああ、でも、どうでしょう。やれることがあっても、それに納得できないと、やらないかもしれないです」


 アルシファードさんの話を聞いて思ったのだ。決められた、用意された道はなにも考えなければ楽かもしれない、でも納得できなかったら。その道はとても辛くて、きっと誰かのせいにしか出来なくて、自分でなにもできなくなってくんじゃないかって。

 ナイフで肉を細かく切って、材料を器に放り込み水を入れて火にかける。だんだんと、なれてきたように思う。


「そう。今の従者の仕事は、納得できない?」


「いえ、そういうわけじゃ。楽しいし、大変だけどやりがいはあって」


 でも、自分でなにかをしたわけじゃない。先生に用意してもらって、その道を歩いているだけだ。いつかは違う仕事をするための寄り道、そんなつもりでやっているから。


「じゃあ、そのまま従者を続けていくつもりはない?」


「え?」


 器の蓋がゴトゴトと揺れる。煮込みをはじめて手が空いた。後ろを振り返ってアルシファードさんを見ると、彼女の視線はまっすぐ僕を見ていて。


「ラング、このまま私の従者にならない?この先もずっと、旅をしていくつもりはない?」


 そんな事を、言われた。

 急に訪れた静寂に、コトコトと鳴る蓋の音とパチパチと炎の爆ぜる音だけが響く。

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