第34話 研鑽の魔術師(17)

 険しくなる山道に足を止めた僕に、アルシファードさんは手を離してから声をかけてきた。


「ここからは横並びになるのは避けるべきね。足元は不安定になるし山道で傾斜もある。斜面に落ちたら共倒れになっちゃうから」


 手を離したのは必要性があったからだったようだ。少し安心した。アルシファードさんの言葉に従って彼女の後ろにつこうとして、止められる。


「あのねえ。私が転げ落ちてきてあなた、止められる?」


「……ええと」


 絶対ムリだ。一方でアルシファードさんの方は僕が落ちてきても魔術で強化していれば受け止められる。必要なのはちっぽけなプライドよりも生存戦略だ。すごすごと彼女の前に立って歩き出す。


「あの、アルシファードさん。目的地の町のことを聞いてもいいですか」


 不安定な砂利道になってきた足元を気にしながら振り返らずに問いかける。


「ダイアストね。いいけれど。見ての通りの岩山だらけのところに作られた町で、鉱山が周りに豊富だから宝石や鉱石の加工と販売で成り立ってる町よ」


 宝石や鉱石。最初に聞いたときは魔術師が石に用があるのだろうかと首を傾げたが彼女の場合はおおありだ。


「それって、やっぱり魔術に使うから、行くんですよね……」


 カラ、と音がして足を滑らせそうになる。道に転がる石が大きくなってきて踏むと危険になってきてる。山の中腹くらいまで来たようだがいよいよ道が細くなってきた。足に伝わる空気もひんやりしている。


「ええ、そうね。私の魔術は基本的に石を媒介して使うものだから、石の種類や加工について知っておくのは重要なの」


「加工、も関わるんですね……魔術って大変そう……」


 足元へ注意を割きながら話しているので、つい考えたことはそのまま口に出てしまう。


「発展途上の技術なんてみんなそうよ。先駆者のやってきたことすら正解じゃないかもしれないから結局自分で全部試して正解を見つけ出すの。ひとりきりで、ね」


 本来なら仲間と切磋琢磨して発展させられるはずの魔術は国によって制限されている。強力すぎるゆえのことなのだろうけど、やっぱり寂しものだなとは思う。


「ダイアストって、食べ物とか美味しいんですかね……僕、前の旅でプレイシタに行ったんですけど、寄らずに帰っちゃったから今度は町でなにかしたいなって……」


「そう、ダイアストの食べ物の話は……あまり聞かないわね。多分、体力を使う仕事も多いから、肉料理とか……よく食べるんじゃないかしら?……プレイシタも騎士団員ばかりだから、名物はヒルドラコのステーキとか、だし……」


 息を継ぎながら話を続けると、アルシファードさんも息が上がってきているのか吐息混じりに答える。……プレイシタに寄らなかったのは正解かもしれない。多分草食竜だし美味しいんだろうけど食べたくはない。

 そうこう話を続けるうちに日も傾いてきて、岩山は濃い影を落としはじめる。


「今日はこのあたりで野営の用意しましょう、アルシファードさん」


「そう、ね……」


 返事に元気がないのはすぐにわかった。慌てて彼女の手を取ると、驚くほどに冷たかった。顔も青ざめていて、体は僅かに震えていた。


(まずい、身体を冷やしすぎてるんだーー)


 彼女が話していた魔術の代償の話。山を登る間も魔術を使っていたとしたら、標高が上がって一気に冷え込んだせいで熱が奪われたのだ。

 とにかく温めねばと背嚢から毛布を取り出し彼女にかける。上着も貸したが震えが止まる気配がない。多分もともと体に熱を生む力がないのだ。


(どうにか、しないと……!)


 焦りに拍車をかけるように、視界の端で太陽が沈み続けていた。

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