第35話 研鑽の魔術師(18)

 辺りが暗くなりはじめる頃に、なんとか火をおこしてアルシファードさんを寝かせることはできた。毛布に包まった彼女はまだ小さく身震いをしている。とりあえず暖を取れる状態にはなったがこれでもまだ足りない。夜になればもっと冷え込んでくるし、いまだに手は冷え込んでいる。


(あとは、なんだ……なにが出来る……!?)


 焦るな、焦るな……そう言い聞かせてる思考を少しでも解決法を考えることに回すんだ。呼吸を浅くして、散らばる思考をまとめ上げる。


「空気を温めて、体温を上げられるもの……」


 まず風だ。吹き付ける風を遮れる場所がいる。周囲を見回して、すぐ岩の割れ目を見つけられた。すぐさま彼女を起こして岩の割れ目に移動させる。目論見通り風は割れ目には吹き込んでこない。焚き火を組み直して移動して。

 空が黒く変わっていく中で焚き火の光だけが手元を照らす。植物のない岩山は夜の冷え込みが今までより厳しかった。上着を脱いでいるせいでこっちの体温も冷えてくる。


「あと、は……」


 背嚢を漁って、なにか暖を取れるものをと考える。思いついたものは片っ端から試す。料理を作る。毛布を重ねる。焚き火の火を強める。必死だった。とにかく、必死になっていた。


「アルシファードさん、起きてください……!」


 肩を揺すられたアルシファードさんがぼんやりと目を開ける。小さく開けた口に温めた飲み物を飲ませた。はちみつや砂糖を混ぜ込んであると体温を上げるのにいいと聞いた。飲み物を器ごと渡してやると、手の震えが止まっていた。


(そうだ……!)


 それを見て思いつく。焚き火の上で鍋一杯にお湯を沸かす。それをそのまま、水を入れていた革袋へ移し替える。じんわりと温かいそれをアルシファードさんのローブの下、お腹のあたりに入れる。


「これで、ちょっとはよく、なりました……?」


 僕の声に、アルシファードさんは頷く。器の飲み物を飲み干して、か細い声で答えてくれた。


「ええ、だいぶ。でもお腹が空いちゃったから、なにか作ってもらえる……?」


「ッ、はい!」


 まだ、気は抜けない。僕はまた背嚢の中身を忙しなく漁りはじめる。



「は、あ……」


 吐息を吐いたアルシファードさんはフォークを置くと空を仰ぐ。ほぼ二食分の食料を食べ終えた彼女の顔色はだいぶ赤みが戻ってきていて、触れた手も暖かかった。最初は僕が食べさせていた食事も、すぐに自力でとれるようになった。


「よかった、だいぶ回復したみたいで……」


「ええ、もう大丈夫。おかげさまで、ね。いろいろと体温を上げるには間違ってたところも多かったけど……」


 さすがにムッとした。それはそうだろうがこちらも精一杯でーー。


「でも、助かったわ。ありがとう、ラング。あなた命の恩人ね」


 なんて思っていたところで。そんな事を言われた。ふわりと、優しい笑顔が見えて、さっきまでのトゲトゲした気持ちもどこかに消えてしまう。我ながら、現金というか。


「い、いえ、勉強、しときます……」


それだけ言って背を向けた。あまり顔を見ていられなかったのだ。彼女はいつもみたいに意地悪く笑ったりせず、そう、とだけ返事をした。


「悪いけどもう、寝るわね……おやすみ、なさい」


 そう言って横になった彼女に背を向けたまま、僕はなんだか眠れなくて、やたらに星の明るい空を見上げていた。

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