第32話 研鑽の魔術師(15)
ローブを睨んだアルシファードさんは、一度深呼吸をしてから僕に向き直った。
「一応言っておくけれど、他言無用よ。今からの話を他人に漏らしたら、大陸中どこに居ても探し出して殺すわ」
その前置きには小さく頷いた。それはつまり、彼女にとって話したくない話をさせるということで、聞き届ける僕に口止めしておくのは当然だろう。頷いた僕を見てアルシファードさんは切り出した。
「ーー私が魔術を使えるのがわかったのは十歳のとき。国の行う適性検査で見つかったわ。当時の魔術適正はA、同世代の中ではトップだったわ」
「それは、すごいですね……」
僕の言葉にアルシファードさんは冷めた視線を返して、歩き出す。黙ってそれに続いた。
「ええ、当時も周りからそう言われたわ。稀代の魔術師になるってね。もちろん両親も喜んだ。でも私は、嬉しくなんてなかったわ」
アルシファードさんの表情は硬く、冷たい。言葉の端々に押し殺した感情がちらつく。
「坊やも知ってるわね、国の適正検査でランク付けされた子どもはそれに従ってそれぞれの仕事の見習いになる。本人の意志に関わらずね」
アルシファードさんの言葉に頷く。彼女の言うとおりこの国の基本的な進路はそうやって決まる。適性検査を受けた翌月には見習いになり、そのままその仕事を覚えてそれが一生の仕事になっていくものが一般的だ。適正不足や事故などにより仕事が続けられなくならない限りは、みんな与えられた仕事を変えることはない。
「ええ、それはもちろん知ってます、けど」
アルシファードさんの言い方に引っかかりあるけれど、ともかく答えた。本人の意志に関わらずとは言うけれど、むしろランク付けがあるから仕事が決まるのがこの国だ。自分でやりたい仕事を選ぶ、なんて人はまずいない。
アルシファードさんはまっすぐ前を向いて話し続ける。僕に話しているはずなのに、なんだか別の誰かを相手にしているみたいだった。
「二十年前は魔術の発展が今以上に急務として国に見られてた。だからAランクの人間なんて国は絶対見逃さなかったわ。私は故郷から王都に引き取られて十年間、魔術師として育てられたの」
ざくざくと、道を踏む足音が響く。心なしか先程より大きくなっている気がする。あるいは、アルシファードさんの雰囲気がそう思わせているのか。
「えっと、じゃあアルシファードさんの今の実家って王都なんですか……?」
一応聞いてみたが、やはり彼女は首を横に振った。
「いいえ。いまもまだ港町に住んでいるんじゃないかしら。王都に引き取られたのは私一人だったから。私は国に買われたのよ、あの人たちの元から」
薄々わかってはいた。でなければ彼女とてここまで怒りに満ちた目をしないだろう。十歳の少女が家族から引き剥がされて一人見知らぬ土地に連れて行かれたとなれば無理もない。まして、戻ることすらできないとなれば尚更。
「はじめのうちは魔術師になればいずれ戻れる、なんて話を鵜呑みにしていたけれど。少し経てば理解できたわ、私が王都から出ていくことはできない。両親は迎えになんか来ないってね。事実十年間、私は一歩も王都から出られなかった」
アルシファードさんの歩く速度は段々と早まり、揺れる長い黒髪が表情を隠す。僕もあえて顔は見ないようにした。
「ーーだけど、王都で一生を終えるなんてまっぴらだったから。私は王都を脱出したの。私がなりたかったものになるためにね」
森の木々の数がだんだんと減っていく。進むたび開けてくる視界の先に見えるのは、一面の灰色。
「生きていくために魔術は使う。けど、私は魔術師でいたいなんて、一度も思ったことはないわ」
森を抜け、魔術師は足を止めた。灰色の山肌を晒す山々が眼前に立ち塞がるその光景に、乾いた風が吹く。身震いしたのはきっと、寒さのせいなんかではなかったはずだ。彼女の荒んだ心に秘めた冷たい覚悟を感じたからなのだと。そう思った。
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