第33話 研鑽の魔術師(16)
硬い地面を踏みながら、アルシファードさんと並んで歩く。正直、彼女の言葉になにを返せばいいのかわからなかったけれど、黙ってはいけない事だけはわかった。
「あの、アルシファードさん……どうやって王都からは脱出を?」
「別になんのことはないわ、力づくで」
思ったより単純な方法だった。力づくで脱出ができたとは、やはり恐ろしい力の持ち主だ……。王都の中から脱出となれば騎士たちや魔術師にも追われたろうに。
「そ、それは……すごい、ですね?実は今も追われてたり……?」
「いえ、ないでしょうね。王都も暇じゃないし、私が王都から逃げ出したことを知ってる人間が多くはないから」
なるほど納得ではある。大陸の中で情報を伝えるのは巡回している騎士団や隊商が町から町に伝えることがほとんどだ。伝達には時間がかかるし、古い出来事は途中で忘れられて伝わりきらないこともよくあると聞く。
「それで、脱出してからはずっと旅を?」
「ええ、そうね。どこかに留まる気にはならなかったし、できるだけいろんな事を知りたかったから」
前だけを見て歩くアルシファードさんの隣を歩く。道の先には段々とゴツゴツした岩が増えてきてちょっとずつ歩きづらくなっていく。
「魔術の研究、とかですか……?」
「まあ、そうね。魔術師でいたいと思ったことはないけど、魔術師であることに誇りはあるから」
それは、よくわからない。嫌いなものであるのに、そうであることに誇りはある、とは。せっかく自由になったのになんで好きなものにならないのだろう。
「よく、わからないですけど。他に何か、なりたいものとかやりたいことってなかったんですか?」
率直な質問にアルシファードさんは少し視線を伏せた。歩く道が少しづつ上り坂に変わっていく。
「あったわよ。なりたいもの、やりたいこと。十年間我慢したことがたくさんね。でもどれもできないことだったのよ」
「それはーー」
言い終えるより先に彼女が口を開いた。そこで初めて、彼女は僕に視線を向けた。ひどく、重いなにかが含まれた視線を。
「一人じゃできなかったのよ、全部。友達とただ話して食事することも、朝起きて両親と話すことも、休みの日に釣りをしたりすることも、何一つ。私一人でやりたいことなんて、なにもなかった。私は、ただーー」
彼女の言葉が途切れる。足が止まって、数歩だけ僕が先に行ってしまう。すぐ気づいて振り返った先で、アルシファードさんは、うつむいて顔は見えなかったけれど噛み締めた唇が震えていた。
言われなくたってわかる。この人は、ただ。二十年前に奪われてずっと手にできなかったものが欲しいんだ。ただ、誰かとともに居たいんだ。
(たぶん、そこだけは)
子供のままなんだ、なんて。口にはできないけど。
「アルシファードさん。この先足元が荒れてるみたいなので」
それだけ言って、僕はアルシファードさんの手を取ると歩き出した。アルシファードさんが後ろで驚いた様子を感じながら足は止めなかった。振り返ることもなく、黙って歩く。魔術師、あるいは魔女……のような彼女は多少の抵抗は見せたが、ついぞ手を振り払うことだけはなく、しばらく黙って付いてきてくれた。
坂道が険しくなった辺りで一度立ち止まったところで僕が足を止めたのを期に手を離されてしまったが、それでも、ちょっとは役に立てたと思いたい。
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