第31話 研鑽の魔術師(14)

 朝食を終えると、アルシファードさんはさっき見せた顔など欠片も引き摺らずに手早く身支度を済ませて出発した。湖からまた森の中へと進んでいきながら、アルシファードさんはこの先の予定について話しはじめた。


「この森を抜けた先は岩山が増えるらしいわ。土壌の変化なんでしょうけど植物があまり育たないみたい。予定では山をあと二つほど超えていくと目的地につくはずよ」


「岩山、ですか。じゃあ昨日みたいに飛び跳ねて移動は難しそうですね」


「そうねえ。繊細なコントロールは坊やを抱えたままじゃあ難しいし。頑張って歩いてもらうしかないわ」


 それにはしっかりと頷き返す。正直ほっとした。もう昨日のような移動方法は体験したくない。目的地につくより先に僕の寿命がなくなってしまいそうだし。


「徒歩で移動して山越えに一日半ぐらいかかるでしょうし、目的地には早くて三日後ね。まだまだ先は長そうだわ」


 ふう、とため息をついたアルシファードさんに並びながら、少し考えて口を開いた。


「アルシファードさん、良かったら魔術師の話、もう少し聞かせてくれませんか?せっかくだから色々知りたくて」


 本当はアルシファードさん自身のことを聞きたいけれど、あれこれ聞かれるのは嫌いなようだったし、魔術師のことを知りたいのも本当だったからこちらにした。

 アルシファードさんは特段気にした様子もなくいいわよ、とそっけなく返事をしてからこちらを見下ろす。


「ただし、ちゃんとついてきなさいね?おしゃべりに夢中で足が止まるようなことがあったら置いていくから」


「はい、頑張ります」


 自然と笑顔になるのを感じながら頷いて、森の細い道を並んで歩いた。





「なるほど……」


「まあそういうわけで魔術師っていっても互いのことは商売敵以上に警戒してるし、集団で生活したりもしないのよ」


 そう話すアルシファードさんの声を聞きながら、頭の中で話を整理する。

・魔術師とは魔術適性を持った人間が何らかの方法で魔術を身に着けたものを指す言葉。

・魔術は王都に定められた数種類以外は他人に伝えることは禁じられている。

・魔術師は弟子を取って自分の魔術を伝える一子相伝のものと、魔術を王都へ売って生きるものがいる。

・他の魔術師との接触は自分の魔術を盗まれる可能性があり基本的に接触しない。


こうやって話を聞いてみると、自分が知っていた魔術師のイメージとは結構違っている。とくに魔術師同士もうちょっとこう、互いに切磋琢磨するというかそういう間柄の同志なんだろうと思っていたのだが。


「なんだか魔術師って、結構孤高の人、なんですね」


「結構っていうか思いっきりねえ。一人で生きて一人で死ぬ、感じよね」


 そう言われて、ちょっと首を傾げた。それなら、なんで。


「じゃあアルシファードさんはなんで僕を従者に?」


「え?ああ、まあ……」


 そう言ってアルシフォードさんはしばらく黙って、観念したように肩を落とした。


「はあ、これは失言だったかしら。そうね、確かに魔術師が一人でいる生き物なら従者を連れるなんて不自然よねーー観念するわ。私は魔術師としてあなたを連れてきたんじゃないの」


「えっと……つまり……?」


「私は、魔術師になりたくなかったのよ」


 魔術師はそう言って、紺のローブを忌々しげに睨んだ。

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