第24話 研鑽の魔術師(7)
食事を終えた僕らは朝方に行った鍛冶屋へと向かっていた。昼食代のことを言及したが、アルシファードさんが買ってきた食料品のお代と帳消しだと言われて大人しく引き下がった。値段が釣り合わなくてもちょっとした授業料だと思っておくことにする。
「さて、じゃあ予定通り鍛冶屋で旅導具一式を揃えましょ。条件は覚えてるわね?」
「はい、期間一週間での徒歩の旅。内陸へ向けての移動ですよね」
「そう、荷物はあなたのだけ入れるけど、それでも量があるから。よく確認して買うことね」
アルシファードさんの言葉に疑問を感じて、すぐに理由を聞こうとして一瞬考えた。多分そこには理由があるはずだから。とはいえあまりあれこれ考えて黙るのも避けたくて、とりあえず考えついた答えを聞いてみる。
「……アルシファードさん、従者の僕に荷物を持たせないのは、リスクの分散のためですか?」
「あら、少しは考えてから話すようになったわね?そうよ。荷物を分けておけば最悪どちらかの荷物が失われてもすぐ行き倒れとはならないからね。それに私は従者にだけ荷物を任せて自分は楽をしよう、なんて非効率的なこと考えないもの」
正直に言えば考えそうだな、と思っていたので意外ではあるけど。言われれば確かに納得だ、彼女の判断基準はかなり効率に寄っている。
そんな話をしているうちに鍛冶屋へつくと、店内の品物を順に見ていく。旅の装具になるものは割と豊富で、朝方には選ぶことのできなかった品々が今見てみると多少なり選べるようになっていた。
(そうか……判断基準ができたから……)
例えば背嚢だ。今朝買った食料品の量は僕の持っている背嚢に入り切る程度の量だったけれど、徒歩であれを背負って歩き続けるのは無理がある。容量の大きいものだけでなく、肩紐以外に体に固定できる部品のついているものであれば負担が軽くなるから徒歩の旅に耐えられる。どんなものが必要であるかの条件がわかってはじめて道具は揃えられる。当たり前のことだけど、失念していた。背嚢を決めた僕は他にも細かい道具入れや靴など、一つづつ自分の旅の道具を見定めていく。
アルシファードさんは僕に基本的に口出しをしなかった。朝方とは打って変わって僕の品定めを黙って見守ってくれていた。それはなんとなく彼女に認められたような気がして、僕は少しくすぐったい気分になりながら道具選びを続けた。
*
「はい、まいどあり。手直しはそんなに掛かんないから、明日の朝には出来るよ」
「あら、意外と早いわね。よかったわ」
「……そう、ですね……はは……」
店主とアルシファードさんの言葉を聞きながら、僕は手元の財布の中身を覗き込んで震えていた。今朝方アルシファードさんから受け取った契約金で満たされてた財布は、ほぼ空になっていた。
(調子にのって、完全に失敗した……)
そう、僕は失敗していた。品物を選ぶ上で絶対的に外してはならない判断基準を忘れた。すなわち値段。自分の財布の中身と釣り合っているか、品物の質に見合っているか。それを確認もせずに選んで、値段を聞いて慌てる僕を見ながら「もちろん買うわよね」なんて言葉で脅かすアルシファードさんに従ってしまった。店の中でなければ頭を抱えているところだ。
落ち込む僕が彼女とともに店を出たころには夕日が見え始めていた。彼女は腕を組んで少し考えると僕へ振り向く。
「今日はこの辺にしときましょ。出発はどのみち明日になるし、必要な買い出しはもうないし。明日品物を受け取ったらそのまま出発することにするわ。しばらく帰れないだろうからやりたいことは済ませておきなさいね」
「は、はい。わかりました。アルシファードさんはーー」
「なにをするか、なんて聞くのは野暮よ坊や?女性の秘密を暴くのは子どものすることじゃないわ……?」
そう言って僕の額を小突くと、アルシファードさんはローブを揺らして大通りの人混みに消えていった。
「やりたいこと、かあ……」
残された僕はすこし考えたけれど、やりたかった事はアルシファードさんとの準備で大体できたように思えて首をひねった。しばらく考えた末に、一旦家に帰ることにした。どのみち家の手伝いはしておかないととも思うし。
(あ、そうだ……)
帰路の途中で思いついた考えを実行するために、僕は少しだけ寄り道をすることにした。
*
その夜。家の手伝いを終えた僕は母と厨房で作業をして、すっかり寝るのが遅くなってしまった。アルシファードさんは日が落ちてから帰ってきて、僕の様子を見るとからかったりすることなく部屋へ上がっていった。夕飯は済ませてきたとのことでそれ以降見かけていない。
(流石に、疲れた……)
自室に戻ってベッドに倒れ伏す。目を閉じるとそのまま眠りそうになるので、なんとか体を動かして着替えだけ済ませる。靴を脱いでベッドに上がるといよいよ眠気が限界ですぐに瞳を閉じた。
「ーーええ、びっくりしましたよ。あなたからの連絡がこんなことだったなんて」
意識の落ちかけた僕の耳に、そんな声が聞こえた。わずかに開けてある窓から、風にのって聞こえた声はアルシファードさんのものだ。どうも、隣の部屋で窓を開けて話しているらしい。前にも似たことが何度かあった。
(聞くのも悪いな……)
そう思いながら目を閉じたまま意識が沈んでいくのに身を任せる。
「本当に意地の悪い。あなたからあんな話をされたら誰でも来ますよ……いえ、あなたはもう少し自分の影響力を考えてください、本当に。何人弟子入り志願者が居るとーー」
僕と話しているときには聞かない声色だな、とぼんやり思いながら。眠気に、支配される。
「ええ、わかってます。明日には出ますよ。しかし本当にいいんですか?あの子はーー」
そんな言葉が聞こえたのを最後に、僕の意識は眠りに落ちた。
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