第25話 研鑽の魔術師(8)

 翌朝。僕が目を覚ましたのはいつもよりも遅く、朝食の匂いが漂ってきてからだった。


(しまった……!今朝は早く起きようと思ってたのに……!)


 慌ててベッドから跳ね起きて着替える。部屋を飛び出して一階に駆け下りると、アルシファードさんが一人で朝食を摂っているところだった。他に泊まり客も居ないので当然のことではあるが、余計にプレッシャーがかかる。


「おはよう、朝から騒々しいわね?」


「お、おはようございます!すみません、寝坊して……!」


「別にいいわ、時間を決めていたわけでもないし。けど旅の途中で寝過ごしたら置いていくからね」


 幸いそう怒られることはなかったが、さらりと言われたそれは命に関わる。日の出とともに起きる習慣をつけなくてはならないと固く決意した。


「じゃあ僕、出発の準備してきまーー」


「待ちなさい。朝ごはん、まだでしょう?」


「え、でも……」


 いい返そうとする僕に向けられる視線の怖さに言葉は止まり、すごすごと席につくことになった。アルシファードさんは自分だけでなく他人の食事にもうるさいようだった。




 食事を終えた僕たちはいよいよ鍛冶屋へ向かった。店につくとすぐアルシファードさんに言われて、買った品々を身につける。


「どうかしら、違和感とかない?」


「は、はい。全然……」


 頷きながら自分で身につけた装具を見回す。耐久性を意識した丈夫な靴、腰に巻くポーチと、収納箇所の増えた背嚢、自分の指にピッタリの革手袋。身につけた感触は新品特有の慣れない感覚はなく、毎日身につけていた物のように馴染んだ。


「さすがね?いい仕事だわ」


「まあこんぐらいはな。こどものモンを作るのは久しぶりだったが」


 店主との会話に首を傾げたがなるほど、アルシファードさんはここの店主と知り合いだったらしい。どうりで市場では店選びに迷っていたのに迷わずこの店に来たはずだ。


「さて、それじゃあ用意もできたし。出発するわよ坊や?」


「あ、はい……」


 そして今更ながらに、彼女はずっと僕のことを坊やと呼ぶんだなと気づく。確かにまだ十五歳の子どもではあるけれど。坊やと呼ばれるのは些か不服だった。


「あの、アルシファードさん。坊やって呼び方は、変えてもらえませんか」


「え、いやよ?」


にべもなし。即答された。気にせず店を出る彼女の後を慌てて追って僕も店を出る。


「坊やって呼び方に不満があるなら、そう呼ばれないくらいの実力をつけることね?そしたら変えてあげる」


「む、う……わかりました」


 どのみち今ここで抗議を続けても変えてくれるわけもないし。仕方なく頷いて後についていく。

 一度宿に戻って荷物を持ったら、いよいよ出発になる。自分の部屋の戸締まりをすると丁度アルシファードさんが退出の手続きをしているところだった。


「お待たせしました、アルシファードさん」


「ええ、大丈夫よ。行きましょうか」


 頷いて出口に足を向けたところで、アルシファードさんに襟を掴まれて止められた。


「な、なんですかっ……!」


「なんですかじゃあないでしょう?忘れ物にしてはひどすぎるわわね」


「え……あ」


 言われて振り向いて、後ろに立つ二人の姿が目に入った。僕を見守る両親の眼差しは不安の色は見えなくて、ただ一言、言葉を待っているのだとわかる。


「ええ、と。ごめん父さん母さんーーいってきます」


 頷いて送り出してくれた両親に背を向けて、僕たちはマウリアを後にした。


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