第20話 研鑽の魔術師(3)

 朝食を終えた僕たちは町の市場に来ていた。乗せられるままに半ば意地だけで契約をした僕がアルシファードに旅に連れ出されるまでは直ぐ……になるとおもっていたのだが。意外なことに彼女は入念な準備帰還を設 けた。

 

「まずは食糧と水、保存と運搬用の道具からね。徒歩でいくからあまり重さのあるものは避けること。あと荷車とかの車輪のあるものもダメね、山道になったら使えないから」


「あの、僕の持ってる背嚢じゃダメなんですか……?」


「ダメね。あれだけじゃあ一週間分の荷物は持ち運べない。腰巻するタイプの小物入れを使っても足りないでしょうね」


「なるほど……ってあれ、なんで僕の背嚢の大きさ知ってーー」


 聞こうとして鋭い視線を受けて黙る。自分で考えろということだろう。彼女の前に背嚢を持って姿を見せたことはない。背嚢は僕の部屋にしまってあるから店で見たとかではない、とすればーー。


「あ、もしかして昨日僕の部屋に!?」


「あら、今気づいたの?あなたの名前もそこで知ったんだけど」


 涼しい顔でとんでもないことを言う魔術師に顔を赤くして怒鳴る。どうりで昨日部屋から下りてくるのが遅かったわけだ。


「犯罪じゃないですかそれ!」


「さあ、私は偶々部屋を間違えて入ってしまっただけよお……?ほらそんなことより導具探しよ、のんびりしてる時間はないもの」


 怒りと羞恥に震える僕のことなどまるで気にせずにアルシファードは店の方にさっさと歩いていく。何という人だろう、もうあれでは魔術師というより魔女だ。

 アルシファードが向かった店へ僕も仕方なく向かう。彼女が入った店は雑貨屋と鍛冶屋を兼業している店だった。マウリアにはわりと兼業でやっている店が多くあるから、さして珍しくはないけれど、特段用事もないので入ったことはなかった。軽い木製の扉を開けて店内に入る。一箇所しかない窓から入る光以外に照明はなく、店内は薄暗かった。


「遅いわよ、ほら、必要な道具を選びなさい」


「え、ええ……?」


 店の中で腕を組んで待っていたアルシファードは僕を見るなり眉根を寄せて不機嫌そうに命じてくる。いきなり選べと言われても、どんなものを選んでいいのかまるでわからない。が、彼女に聞いたら自分で考えろと言われるんだろう、理不尽だ。


「ーーあの。ここ最初じゃなきゃダメですか?」


「どういう意味かしら。他に優先するものある?」


 しばらく考えて、自分より背の高い彼女に聞き返す。当然彼女は不機嫌な顔を崩さないままこちらを見下ろしてくるが、言われてばかりもいい加減腹立たしいので言い返す。


「……食料と水の持ち運びのための道具なんですよね。だったら先に必要な物を買わなきゃ、必要な大きさもわかりませんし、そっちが先でもいいはず、ですよね。大きさが足りるなら僕の持ってる背嚢だけでもいいかもしれないし」


「あら、雇い主に意見するっていうのね?従者なのに」


 冷たい視線の彼女とにらみ合う姿を店主がカウンターから肘をついて見ているのが見える。しばらく僕が黙っているとふう、とため息をついたアルシファードがローブを翻す。


「ま、いいけれど。あなたが使うものなんだし好きにしたらいいわ。ただし無駄足踏ませたんだから食料はあなた持ちね」


 そう言って店から出ていく彼女が、一瞬笑っていたような気がしたが余計に腹が立つので見なかったことにした。人を嘲るような笑みではなかったけれど、また弄ばれたのかもと考えてしまう。


「あー、ラングだっけか?宿屋んとこの。なんか要るなら早めに言えよ。採寸とか要るからな」


「え?あ、はい!」


 店を出ようとしたところで店主が声を掛けてくれた。確かにそれはそうだ、旅に使う道具はだいたい頼んでから出来上がりまでに時間がかかる。言われなければ意識になかったところだ。


(もしかしてアルシファードはそれに気づいてて……)


 怒りで鈍りかけた冷静さが少しだけ戻るのを感じる。だとしたらたしかにここに最初に来たのは正しいけれど、それなら必要なものを彼女が選んでくれたらいいだけの話で……。


「ほら、食料買いに行くんでしょう?市場の詳しい店の位置までは私知らないんだからあなたが案内しなさい?」


「わ、わかってますよ……!」


 そんな事を考えているときに店から出てすぐ掛けられた彼女の声でまた思考を乱される。僕は普段より急ぎ足に店の並ぶ通りを進んでいった。


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