第18話 研鑽の魔術師(1)
翌朝、日の登ったばかりの宿から僕と彼女は外に出た。旅の用意のためということで彼女に呼び出されたのだが、具体的に何をするのかは聞いていない。というかそもそも聞いていないことだらけだ、なにせ名前すら知らない。
「さて、と。とりあえず名前からね?私はアルシファード。見ての通りの魔術師で、今回のあなたの雇い主、になるわね」
そう言って胸の下で腕を組む魔術師から目をそらしながらあれこれ考えて、結局全部聞くことにした。
「ええと、ラングです。二つ名とかはありません。知ってるでしょうけど……」
「ふふ、まあ知ってるけど。自分の周りに置く相手を知らないのは怖いでしょう?」
なんともいえない不快な感覚。名乗る前から名前を知られてるというのはこんなにも不安になるものなのか。ヒルグラムさんみたいに名前の後ろにつける二つ名があるような人ならともかく、普通初対面の人に自分のことを知られてるなんてことはないからとても居心地が悪い。
「それで、僕のことをわざわざ調べに家に泊まりに来たんですか?」
「まさか。立地とかが都合良かっただけよ?そこまで私も暇ではないし、旅の途中でなにかしてくるようならぶちのめせばいいだけだもの」
さらりと物騒なことを言いながらアルシファードと名乗った魔術師は腰から下げた布袋からいくつかの宝石と奇妙な模様の小皿を取り出す。
「これ持ってここにいて頂戴?」
「え?あ、はいーー」
言われるまま手のひらに乗るくらいの小皿に置かれた宝石を見下ろして、指示に従って今は人通りのない大通りの交差点に立つ。
(……って、何当たり前に従ってるんだ僕!聞くこととか色々あるだろう!)
第一契約はまだしてない、彼女の指示に従う理由もーー。
「あ、これで出発が遅れるのは不問にしてあげる。本当は一日でも早く出たかったんだけれど。それとーー」
言われて開きかけた口を閉じる。そうだった、契約前ではあるけれど僕は自分のわがままでこの人を足止めしているんだ。
「私は少し回るところがあるから。三拾分くらいそのままでいてね。それ、落とさないでね?」
「え?」
そう言って背を向けたアルシファードさんに声をかける前に。両腕にものすごい重さが伝わる。
「な、んだこれーー!」
今まで見た目通りの重さしかなかった宝石と小皿が、突然重くなった。人でも抱えているんじゃないかというくらいの重さ。何が起こっているかわからずアルシファードさんの居たほうを見るも既に姿はない。
(こ、この重さで三十分……!?)
腕を震わせながら耐えるが、既に支え続けるのに無理を感じていた。だがこの
見た目の石がいきなりこんな重さになったのだ。彼女の言葉を守らず石を降ろしてしまったら何が起こるかわからない。
「ぐぐぐぐう……!」
歯を食いしばる。そうだ、こんなところでくじけるわけにはいかない。ヒルグラムさんとの旅立って諦めずにいたから成し遂げられたんだ。
思い直して皿を持つ腕に力を入れる。脚を開いてしっかり踏ん張り、支えを強める。そうして、ゆっくりと登る日を見つめながらアルシファードさんの帰りを待ってーー。
*
「あなた、頭悪いわね」
帰ってきた魔術師にいきなり罵倒された。結局謎の超重量小石を持たされてから一時間半ほどしてから彼女は戻ってきた。全身汗だくで震える僕を、起きてきた町の人たちは奇異な目で眺め何人かは声も掛けてくれたが、僕は何も頼まず立ち続けた。きっと必要なことだろうと考えて、アルシファードさんをまった結果。いきなり罵倒された。
アルシファードさんが近寄ると、小石は急に軽くなって、重さから解放された僕はその場にへたりこんだ。
「だ、だってあなたがこうしろってーー」
「言ってないわよ。私が出した指示は三つ、それを持っていること。ここに居ること。落とさないこと。だからそれさえ守ってればあなたは別に立ってる必要なんかなかったわ」
「な……」
思い出してみると確かにそうだったかもしれないが。意地が悪すぎる。
「ふ、普通に考えたらそんなのわかりませんよ!第一なんでこんな事……」
「そんなのいちいち説明させないの。あなたの能力を図るために決まってるじゃない。坊や、頭は使わない人間なのかしら?」
辛辣な言葉が余計に僕の頭を熱くする。なんなんだこの人は。僕に恨みでもあるのか。
「数日だけでも私の従者になるなら、常に頭を使いなさい。普通がこうだから今もそうだ、なんて考え方は捨てて。自分に与えられたものと持つものをすべて使って生きること。それが私の求める従者よ」
「ッ……!」
おまけに浴びせられた上から目線の言葉で、危うく握った小皿を石ごと叩きつけるところだった。そうできたらどんなにいいだろうと思いながら。
「ーーともかく、あなたの能力はわかったわ。魔術が使えないのも剣技がダメなのも本当みたいね。商才も昨日の夜に見たし、全部E判定って本当なのね」
「……じゃあ僕は従者失格ですか」
吐き捨てるように言った言葉にしかし、彼女はなぜかニンマリと口角を持ち上げた。
「いいえ?やってもらうわ、坊や。仲良く、しましょうねーー?」
そう言うと魔術師はローブを翻して立ち去っていった。僕はその後ろ姿を睨みつけながら、収まらない理不尽への怒りを燃やしていた。
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