第7話 誉れの騎士(4)
バキッ、と。木のへし折れる音がした。両手にかかっていた負荷が一気に増して、耐えきれずに崖の下に引き込まれる。両足が地面から離れる感覚と、浮遊感。
(死ーー)
一瞬感じたその感触が、地面に叩きつけれれる激痛に上書きされる。傾斜を転がって巨大ななにかにぶつかった。
「う……」
うめき声を漏らしながら目を開ける。
どうやら川に転落はしていないようだ。体中痛むけど動かないところはない。ぬかるんだ地面に爪を立てて、どうにか上体だけでも体を起こす。
周囲を見回して、自分の位置を確認してぎょっとした。僕は、ヒルドラコの背中に乗っていた。
どうやら崖から川へ転落する途中で、細まった崖の間にヒルドラコはまり込んだらしい。地に足がついておらずもがいているが、先程まで首を締めていた手綱からは解放されて息はできているようだった。
(よ、よかったけどよくない……!)
川への転落は避けられたものの、ヒルドラコがいつまでここに挟まっていられるかもわからない。崖上までの距離はだいたい五メートル程度。とてもなんの装備もなく登れる距離じゃない。
「おおい!ラング!無事か!?返事しろ!」
「!ヒ、ヒルグラムさん!」
降りしきる雨の音に混じって聞こえてきた声に顔を上げる。ヒルグラムさんも追ってきてくれていたのだ。
「ヒルグラムさん!こっち!崖下です!」
できる限りの大声を上げる。すぐにこちらを覗き込んだヒルグラムさんを見つけられた。
「ラング!怪我は!?」
「だ、だいじょぶです!それよりヒルドラコがーー」
「いまロープ投げるから、しっかり腰に巻いて掴んでろ!」
僕が言い終えるより先に、ヒルグラムさんはこちらにロープを投げ渡してきた。長さには十分余裕もある。言われるままに腰に巻いてしっかりと握りこんだ。ヒルドラコがいつまでここで動かずに居てくれるかはわからない、とにかく急いだ。
「で、できました!」
「おし!いくぞ!ーーポルド・オクセア・ウェンティア・エル・ロクトォ!」
僕の声に返事した直後。ヒルグラムさんは詠唱をはじめた。待ったをかけるより先に感じたのは浮遊感。魔法による浮遊なんかじゃない、急激な加速を伴ったそれは、僕を軽々と崖の上にまで持ち上げた。
(今の詠唱、筋力増強のーー!)
再び落下しながら気づく。ヒルグラムさんは、魔法で筋力増強をして僕を、崖下からロープで釣り上げたのだ。
「お、らあ!」
崖上に上がった瞬間、ヒルグラムさんは再びロープを手前に引いて僕を引き寄せる。地面に激突する前に、ヒルグラムさんは軽々と僕を受け止めてくれた。
「あ、ありがとうございます……!」
「無事だな!?よし!……ったく、突っ走りやがって」
急激な加速で酔いそうになりながら、なんとかヒルグラムさんにお礼は伝えられた。方に担がれていた体を地面に下ろしてもらってやっと、痛む体を自覚した。
「よし、戻るぞ。ここも崩れるかもしれねえ」
「え、で、でもヒルドラコがーー!」
背を向けるヒルグラムさんを慌てて呼び止めた。ヒルグラムさんはちらりと崖の方を見て、答えた。
「助けるのは無理だ、諦めろ。落っこちたのは、運が悪い。お前だけのせいじゃねえよ」
「で、でも!なにか、助ける方法が!魔法とかーー!」
「俺が使えるのは硬化と筋力増強だけだ。それも自分にだけ。ヒルドラコを持ち上げる力くらいはあるだろうが、さすがに片手じゃ無理だ」
ぎゅ、と拳を握る。濡れた地面を見つめて、言い返せなくなった。
(ぼくが、魔法を使えれば。いやそもそも布をかけるときに気をつけてさえいれば……)
渦巻く後悔を噛み締めて、ぼやける視界を感じて余計に情けなくなって。
(ーーっ、違うだろ!いま考えることはそんなことじゃない!)
熱くなった瞳を拭って、顔を上げた。また自分のことばかりになっていた。今やることは、どうやってヒルドラコを助けるか、それを考えること。それだけだ。
「わかったら行くぞ、荷物も心配だしーー」
「待ってください!ヒルドラコを、助けたいんです!」
歩き出そうとしたヒルグラムさんを呼び止める。振り向いた彼はひどく落ち着いていた。
「ラング、さっき言っただろう。無理だ。お前の失敗なら責めはしないからーー」
「違います!そんなんじゃなくて、見殺しになんてできません!ヒルドラコだって生き物です、ヒルグラムさんを助けてきた、ぼくとおんなじ従者でしょう!?」
言葉は勝手に口から出てきた。そう、従者だ。喋りもしない意志が伝わるかもわからないけど、ヒルドラコはぼくにとっては先輩になる。それになにより、目の前で命が失われるのを見過ごせるような性格はしていない。
「……そうは言うがな。どうしようってんだ。おまえ、魔法使えないんだろう?」
「ーーヒルグラムさんの助けがあれば。なんとかしてみせます!」
ぼくの言葉に彼は何を感じたのか、しばらく考えて。
「ーーわかった。話を聞こうか。無理だと思ったらやらねえからな」
「ーーはい!」
力強く頷いた。こんなときだというのに、ぼくはひどく興奮しているのを感じていた。
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