第3話 日雇い従者、はじめます。(3)

 放課後、僕は授業が終わるとともに教員室へ向かった。日雇い従者についての説明をするからと先生が時間をとってくれているのだ。足取りはなんとなく軽い。昨日までと違う、新しい何かを始めるときの高揚感が確かにあった。


「先生、ラング来ました!」


 教員室に入るなり挨拶すると、教員室にただひとりの先生は外していた眼鏡を掛け直してこちらを振り返る。


「はやいな、ラング。楽しみなのはわかるが私にも準備の時間というものがあるんだ。授業が終わってすぐに来たらわざわざ放課後にした意味がないぞ?」


「あ、す、すいません……!」


「まあいい、こっちに来い。準備しながら説明するから」


 困ったような、でも少し楽しそうな先生の言葉に従って机の横まで近寄る。先生は何やら積み上げられた書類と巻物(スクロールと呼ばれる魔術道具、らしい)を器用に指先で操り整理しながら僕に説明を始めた。


「さて、日雇い従者の件だな。ラング、お前旅の従者を見たことはあるか」


「え、と。宿に泊まりに来たりした人たちを何度か」


「そうか、では仕事の内容は知っているか?」


 そう言われるとすぐには答えづらい。騎士の従者、商人の従者、観光客の従者……服装も持ち物もバラバラで、すぐに何をしているのかを想像するのは難しかった。


「いえ、あんまり……。身の回りのお世話とかするのかな?ってくらいで」


「素直でよろしい。知らないことを認めるのは重要だ」


 先生の言葉につい視線が彷徨う。普段が厳しい雰囲気なのに先生は褒めるときは手放しに褒める。そんな先生だから僕も他の生徒も先生には素直なんだろう。


「ああ、それで従者の仕事だが。お前の言うとおり身の回りの世話、が一般的だな。料理や寝床の確保、買い出し、その他。雑用とも言い換えられるがそんなところだ。従者に特定の仕事はない。強いて言うなら雇い主が自分の目的に集中できるようにするための小石拾い……そんなところだ」


 僕の反応も特には気に留めず先生は続ける。何冊かの本の頁をめくりながら書類を数枚、束から抜き取って僕に手渡す。蒼白い魔力光の残るそれを受け取り文面に目を通す。


「そんな従者だから、決め事を作っとかないと何をさせられるかわからんのでな。簡単なものだが契約書を用意しておいた。雇い主と話し合って決めるのもそのうち必要になるかもしれんが、とりあえずはそれを使うのがいいだろう」


 うなずきながらもう一度契約書を読み直す。



《日雇い従者契約書》


①従者は「雇い主の目的地」への到着を達成するため補助をする

②従者は自身の能力を超えた内容の仕事を断ることができる

③従者は契約時に決定した「雇い主の目的地」へ到達するまで同行しなくてはならない

④従者は犯罪行為に手を貸してはならない。雇い主の犯罪行為が発覚した場合この契約は破棄される

⑤従者は日雇い契約とし、報酬は事前支払いとする。契約時の日数を超えた場合は日数に応じて報酬を追加で支払うこと

⑥いかなるものも従者を傷つけてはならない


《従者:     》



 最後に書かれた空欄の記入枠まで見終えて、肩に力が入っているのを感じた。

なんだか。今更ながらに大事な感じがしてきた。自分一人で決めていいことではない感じが。


「なんだ、契約書で怖気づいたか?仕事なんだから必要だろう。お前は本当、外観に目を取られやすいやつだな」


 先生はそう言いながらほい、と万年筆を渡してくる。


「その契約書は私の作った一種の魔導具だ、契約者に対して一定の強制力を持つ。このペンでしか上書きはできないし破棄も不可能だ」

 

 そう説明されると余計に緊張してしまう。それに先生は朝ああ言ったが、従者をすれば当然町を離れて過ごすわけで、両親に何も言わずとはいかないと思うのだ。


「あ、あの、先生。やっぱり両親には許可を取らないと……」


「ああ、安心しろ。昼間のうちに連絡して許可はもらっておいた。準備は早いほうがいいからな」


 しまった。この先生はとても優秀であり、フットワークが軽い。やるとなったらすぐに準備するし、こちらが迷っている間に話を進めてしまう、そういう人だった。朝にやると返事をした僕にはもう降りる選択なんてないのだ。

 差し出されたペンを手に取る。わずかに魔力光で光る筆先を、目の前に浮かぶ契約書へ触れさせる。ゆっくりとペンを滑らせて、従者の欄に名前を書き入れる。


《従者:ラング》


書き終えてペンを離すと、契約書はポウ、と淡く蒼白い光に包まれる。


「うん、よし。あとは道具の用意と雇い主探しだが、一人目はもう見つけてある」


(そ、そこまで……!)


 なんだろう、先生はこの日雇い従者の話に妙に気合が入っているのではないかと思い始めた。いや、間違いなく入ってる。


「それであの、雇い主というのは……」


「聞きたいか?うん。お前の一人目の雇い主はな……」

 

 先生はそこで、はじめて僕の前で笑顔を見せた。その笑顔に、僕はなぜだかぞくりと寒気を感じた。


「ーーー騎士だ」




つづく

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