05

 良太は翌日、無断欠勤した。

 有給を取ろうとしたが「そんなものはない」と言われたため止む無く。


 処女作を引っさげて向かった先は、某出版社。

 SNSでたまたま、小説を持ち込んだら読んでもらえたという書き込みを見たのだ。

 賞がダメなら直談判しかあるまい。


 受付に持ち込みの旨を伝えると、意外なほどアッサリと編集部に通された。

 青いパーテーションで区切られた指定のブースで待つことしばし、不健康そうな男がやってきて挨拶もなしで向かいに座った。


「作品は?」


「はぁ、これですが」


 良太がおずおずと差し出した茶封筒を、男は目を合わせもせずに受け取り、取り出したコピー用紙の束を雑にめくった。

 まずはあらすじを、驚くべき速度で読み終え、パラパラと本文をめくっていく。


「なんで持ち込みを?」


「どうしても二次選考を通過できないもので……」


「直接なら、評価してもらえると?」


「ええ。何度読んでもこんなに面白いのに、何かがおかしいと思いまして」


 話しながらも、男はつまらなそうにページをめくり続ける。


「これ、書くのにどれくらいかかったの?」


「あまりまとまった時間が取れなかったので、半月ほどかと」


 男が文章を読んでいるのかいないのか、良太には判然としない。


「なんで賞に応募を?」


「作家になりたくて」


「賞自体には興味ないの?」


「過程として無視はできませんが、受賞が目的ではありません」


「賞金は?」


「いただければ、それは嬉しいですが……なくても作家になれさえすれば」


 ちょうど最後のページに到達した。

 いよいよ男の口から、審判が下される。

 ときにこの男、編集者でいいのだろうか――そう良太は不安になった。


「作家になりたい、だから賞に応募した。あってる?」


「ええ、まあ」


 男は原稿をテーブルの中央に押しやり、二度と顧みることはなかった。

 そのまま、合わせた両手を額に当てて目を閉じる。


「わりとよくいるんだよね、作家になりたい人」


「憧れの職業ですからね」


「そんなにいいもんかね、作家」


「はぁ、まぁ……」


 質問なのか独り言なのかわからない男の発言に、返事をすべきか否か判断に苦しむ。


「受賞歴つかなくても作家になれます、ってなったら、アナタなりたい?」


「そ、それは拾い上げみたいな形でしょうか?」


 明確な問いかけのトーン。

 それも、願ってもない方向からの。

 ゆえに焦り、質問に質問を返すという失態を演じる。


「拾い上げ……ね。

 そうか、そういうふうに映るか、世の中には」


 男は独り言ちながら何度も頷いて、良太は置き去りにされる格好となる。

 もはや、どうリアクションを取るのが正解なのかわからない。


「え……えと――」


「それじゃなってみますか、作家」


「は、はい!」


 反射的に頷く。

 まるでナントカの犬だ。


 こんな展開はアリなのか?

 夢か、何かの冗談かとの思いが良太の脳裏をかすめたのは一瞬。

 実力だ、と思い至り落ち着きを取り戻す。

 男は、作品を読んだではないか。

 読んだうえでの判断だとすれば、妥当以外のなにものでもない。

 ようやく正しい評価が下されたのだ。

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