03

 どうやら作家は、必ずしも決められた時間に起きなくてもいいようだ。

 少なくとも、毎日5時起きが強制されるという仕事ではない様子。

 さらに、出勤の必要もないらしい。

 自分の家の書斎にこもり、一人で集中して作品と向き合うのが常。

 とはいえ、いっときたりとも原稿から目を離してはいけないわけではない。

 仕事の合間に気分転換として、散歩に出たりSNSを眺めたり、テレビやラジオを楽しんだりも思いのまま。

 タイムカードのようなものはなさそうで、だからこそ何時間も仕事をしてしまう人もいるらしいが、作品の進捗さえ守っていれば毎日8時間拘束されるわけではないようだ。

 執筆中に眠気を催し、4時間ほど寝込んでも誰にも怒られないのだと。

 さらには、取材のために旅行すると、全額とはいかないもののある程度は経費として認められるとか。


 これはもしかすると、自分が理想とする生き方ではないか。

 そう感じて良太は身を震わせた。

 よくよく記憶をたどれば、思い当たる節があった。

 心理テストのような形式で適職を診断すると、高い確率で「クリエイティブ系、作家など」と出た気がする。


 自分は社会不適合者ではない。

 まだ、ふさわしい職に就いていなかっただけなのだ。

 良太はそう確信した。


 そうと決まれば、すべきことは自ずと見えてくる。

 さらに時間を捻出し、作品を書き上げるのだ。

 そしていずれかの新人賞に応募し、受賞する。

 晴れて肩書は小説家に。

 悠々自適な執筆生活の始まりだ。


 さっそく、今まで読んだ小説を思い出し、作品を1つ完成させる。

 通勤と昼休みというスキマ時間しか執筆に使えないため、日にちはかかった。

 しかし作業自体はまったく簡単で、スラスラ書けた。


 学生時代は作文が得意だったのを思い出す。

 クラス中が、原稿用紙たった2枚というオーダーに対して「そんなに書けない」などとブーイングするなかで、サラリと10枚提出してのけたのは良太だけだった。


 適職診断は確かで、やはり作家になるべくして生まれたのだという確信が強まる。

 むしろこれまでの人生は、作家になるために設定されたものだと思えば納得がいった。

 運命が、宿命が、いまだ見ぬ本当の自分が、作家になれと叫ぶのを良太は聞いた気がした。

 まさにその瞬間、良太は自らの筆名を蘭那由多あららぎなゆたと命名した。


 応募原稿が完成したとなれば、あとは応募のみ。

 まずは締め切りがほど近く、字数がうまく制限内に収まっている新人賞を探して応募した。

 そして結果が発表されるまでの期間を、ブラックな仕事をして過ごす。

 同時に、ある程度目星をつけた別の新人賞用に別の作品にも取りかかる。

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