02

 そんなある日、ハローワーク経由で就職が決まった。

 良太は奇跡が起きたと喜んだ。

 給料は時給換算するとアルバイトより遥かに低くなるが、アットホームなところらしいし贅沢は言うまい。

 そう思い、期待に胸を膨らませて入社したのだが……。


 察しの良い方はお気づきだろう。

 良太が入社したのは、いわゆるブラック企業だった。

 始業は朝8時……だが、新人は1時間前に出勤して掃除。

 毎朝の朝礼で社訓を叫ばされる。

 昼休み以外にトイレに行くと勤務時間15分マイナス。

 とはいえ昼休みは課長が話しかけてきてほぼ潰れる。

 定時に帰る者は1人もいない。

 どんなに早くとも部長の退勤の1時間後まで退社してはならない。

 仕事に慣れるまでは有給の使用禁止。


 最初はどこもこんなものだ――他社の経験もないくせに、良太は自分にそう言い聞かせた。

 半年、あるいは1年経って慣れてくれば、それなりに生活も充実してくるはず。

 ――そんな甘っちょろい希望は、当然粉砕された。


 まるでいいところナシのような良太だが、集中力だけはなかなかのものがある。

 やり方さえわかれば、同僚よりも速いペースで仕事をさばけるようになったのだ。

 定時の少し前に今日のノルマを終え、意気揚々と上司に報告する良太。

 当たり前のように降ってくる、同僚の仕事。

 結局、帰れる時間はいつまでたっても変わらなかった。


 負のポジティブシンキングとでも言うべき良太の思い込みも、ほどなく限界を迎える。

 もうムリ。

 まず、朝8時の1時間前ってことは7時出勤のために5時起きするのがツライ。

 立ったままモミクチャにされるうえ痴漢冤罪の恐怖にさらされる通勤がツライ。

 職場で他の人のタイプ音やポテチ食う音、貧乏揺すりその他ウルサイのがツライ。

 急に話しかけられると集中力がぶった切られてまた集中するまで時間がかかるのがツライ。

 電話も同様、ビックリしすぎて直前に何をしていたか忘れるからツライ。

 帰宅即就寝で自分の時間がまったくないのがツライ。

 好きだった小説を読む時間すら……。


 一刻も早く眠りにつかなければならない布団の中で、良太の脳裏に何かが浮かんだ。

 小説を、書いてみたかった。

 小説書きとは、どのような仕事なのか興味がわいた。

 しかし、今はとにかく眠らなければならない。

 睡眠時間は刻一刻と減少している最中なのだから。

 明日、どうにかして時間を捻出し、やりたいことができた。

 それだけで、たまらなく嫌なはずの朝をいつもより少しだけ歓迎できるような気がした。


 それからの良太は、満員電車でどうにかして壁側を確保したり、昼休みをトイレで過ごすなどして自分の時間を捻出するようになった。

 人間、明確な目標があれば案外行動に出られるものだ。

 確保した時間で作家を生業としている人のブログやSNSなどを読みあさり、つなぎ合わせてライフスタイル像を思い描いていった。

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