第20話
神と呼ばれる存在など僕は信じていない。それでも現実として僕や僕らが存在していることは理由がある。無から宇宙は生まれた。宇宙は今、膨張しているのか収縮しているのかは分からないけれどものすごい科学者たちの研究により様々な物事の解明が進んでいる。ではまだ解明されていない神という存在があるとして。神は何故、人間にだけ喜怒哀楽を与えたのだろう。少なくとも笑う犬や泣き虫な猫なんか見たことがない。そして何故、人間にだけ言語を与えたのだろう。神が人間に与えたものは他にも感情。それらは進化して知恵になり、ずるさになり。大人になると葬式で悲しくなんかないのに涙を無理に出して悲しいふりをし、本当は怒りで一杯なのに顔にはそれを出さずに笑顔を作る。時に酒の力を借りて本音を言ったりするけれどそれは酔った席での勢いであり。そして誰かと結婚し、子供が出来たら人の親となり、親は自分の子供に欲を持ってしまう。「将来はお父さんのようになれ」、「なんでそんな問題も解けない。お父さんが子供の頃はそれぐらい普通に解いていた」、「次の大会では優勝しろ」など。僕は東京に出てきて友達は作れなかった。どうしても『友達』と呼ばずに『知人』と表現してしまう。でも僕はいつまでも『ガキ』でありたいと思っている。あの将来の夢に「大人になりたくない」と書いた僕も今では税金も払い、家族の為に働き、誰かに知らないうちに迷惑をかけながら、それでも怒りの感情などは絶対に表に出さないようになり。僕はもう『ガキ』ではなくなってしまったのかもしれない。大人になり、社会に出るとどうしても『損得勘定』で判断してしまうことが多い。話をしている相手が何を考えているのかも本当は分からない。自分の親兄弟、結婚して長い嫁のことも僕は一パーセントも理解していないと思う。それだけ他人を理解することは難しい、というよりも不可能だ。「気持ち分かるよ」と言われても僕の『ガキ』っぽい部分が「そんなの僕のことなんて僕以外分かる訳がないじゃないか」と思ってしまう。誰かを家に招待したり、また逆に招待されたりする。気を遣って飲み物やお茶菓子を用意するけれどそれに手を付けると「この人は卑しい、図々しい」と思われるからそれらに手を付けない。コンビニの店員に怒りをぶつけたりして、弱いものに当たる。マクドナルドで忙しくレジを打っている店員に「ごちそうさまでした」と何度も繰り返す小さな子供。自分ではなく他人の為に本気で喜んでくれたり、涙を流してくれたり、本気で怒ってくれる人を「本当の友達」と呼ぶのだろう。そしてそんな人たちを『ガキ』とこの世は呼ぶのであろう。常識人が大多数でなければ社会は成り立たない。誰も見ていない安全な場所の赤信号を守る人は少ないと思う。でもそこに小さな子供がいて、信号が青に変わるのを待っていたら多くの大人は同じように信号が青になるのを待つ。そんな優しくて、知恵のある人がこの国を成り立たせているのだろう。
「森山さん」
久しぶりに一緒に飲んでいる裕也君が僕に言った。
「ん?何々?ごめんね。何の話だっけ?」
「もー、ちゃんと聞いてますか?映画の話ですよ」
「映画の話だよね」
裕也君は正社員としてブラック企業で働きながらも俳優になる夢は今でも持ち続けているらしい。彼の口からそれを聞いた。
「勉強の為に今度映画を借りて観ようと思ってるんです。森山さんは仕事柄そういうのに詳しそうじゃないですか。お勧めの映画とかあれば教えてくださいよ」
「お勧めの映画かあ。実はそういうのってないんだよね」
「そんなこと言っても森山さんはものすごい数の映画を見てますよね。その中でおすすめの映画とかベストスリーとかありますよね?」
「そう言われても…。困るなあ。本当にないんだもん」
「もおー、意地悪しないでお願いしますー」
「そう言われても…、あ、そうだ。一つだけあるよ」
「その映画のタイトルは何ですか?」
「ドラえもんの『のびたと鉄人兵団』って映画だよ」
「え?ドラえもんですか?」
ちょっと拍子抜けしたように裕也君が言った。
「これは勘違いしないでね。ドラえもんの『のびたと鉄人兵団』がいいと言ってる訳じゃあないからね。『ガキの頃にみんなで一緒に映画館で見たドラえもんののびたと鉄人兵団』が面白かったってことだからね。あれは面白かったし、今でも忘れない。多分一生忘れないと思うなあ…」
「…なんとなく分かる気がします」
制服に着替えた涼君が注文した料理をテーブルに運んできた。
「涼君、今日は何時まで?」
「十二時までです」
「じゃあ、それまで裕也君とここで飲みながら待ってるからね」
あの僕が『ガキ』だった頃の友達とはあれから一度も誰とも会ってない。またいつの日か会えると僕は信じている。それは「約束」みたいなものだと僕は思っている。
『ガキ』(少年) 工藤千尋(一八九三~一九六二 仏) @yatiyo
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