第17話
受験の日の二日前、朝起きると僕は親からその日の新聞を見せられた。
「これってあんたの友達の親じゃない?」
こーちゃんのお母さんが新聞に載っていた。新聞には詐欺の容疑者と書いてあった。本当に小さい扱いだったけれど白黒の写真を見ればそれがこーちゃんの母親であるのがすぐに分かった。昔、遊びに行った時によく声をかけてもらっていた。「白鳥」の試合の時もよく応援に来ていたし、最後の大会で「番丁」に勝って優勝した時はこーちゃんの母親も泣きながら喜んでいた。僕は急いで家を飛び出して西中へ向かった。はっさんがいた。
「おー、えーじ。こーちゃんやろ?」
「うん。こーちゃんは?」
「あいつはまだ今日は来てない。てか、こんなに早く来るのって俺ぐらいやけど。あいつはもう来んかもなあ」
「俺、こーちゃんに会いたいよ。話したいよ」
「大丈夫。任せとけ。俺らも横の繋がりがあるから。今日の放課後もう一回来てくれ。その時までにこーちゃん探しとくから」
「お願いな。じゃあ昼の二時にもう一回来るけどそれでええ?」
「それぐらいまでなら楽勝やろ。任せとけ。お前も受験明後日やろ?」
「うん。でも…」
「ええからお前は明後日の受験が一番大事なんやからな。あんまり深刻に考えるな。ほんだら二時にな」
「分かった」
僕はそわそわしながらその日の前半を過ごした。こーちゃんと早く話がしたかった。教師が受験当日に気を付けることとかを話していたけどそんなの頭に入ってこないし、どうでもよかった。
約束の時間に間に合うよう、僕は西中へ向かった。学校を抜け出して。はっさんが校門のところで待っていてくれた。
「おー、こーちゃんおるで。でもここにはおらんから。これから一緒に歩いて行くで」
「見つけたん?」
「言うたやろ?俺らも横の繋がりがあるって。こーちゃんもすげえナーバスになってるから。その辺は分かったってな」
「うん、大丈夫」
僕らはお城のてっぺんまで歩いた。他の人が入れないようにこーちゃんのツレたちがお城の頂上付近で壁を作っていた。はっさんが何も言わなくても僕は中に通してくれた。そこには私服姿でいつもはビシッと決めたリーゼントではないこーちゃんが。複雑な表情で僕を出迎えた。そこはお城の天守閣があるところで町全体がよく見渡せる。
「えーじ、俺は外すけん。二人っきりで話しな」
そう言ってはっさんが背中を向けて壁を作ってくれている西中のヤンキーたちの群れに向かって歩いて行く。
「こーちゃん…」
「えーじ。…お前も新聞見たやろ?」
「うん…」
そのまま二人とも黙り込んでしまう。ただいつも暮らしている町を二人で見下ろしながら。僕の家も点に見える。西中も城西小学校も城乾小学校も今津小学校も見える。駅や時折やってくる田舎の本数の少ない電車も見える。どれぐらいの沈黙が続いたのだろう。こーちゃんが口を開いた。
「俺なあ、田水行くつもりやったんや。えーじは藤井やろ?」
「うん…」
「ツレも田水行く奴多くてな。まあ、そのまま同じ顔触れっていうか。そこでもまた新しいツレも出来ると思ってたし…」
「うん…」
煙草をポケットから取り出しそれを咥えて火を点けるこーちゃん。こーちゃんの口から吐き出される煙が空に舞って消えていく。
「狭い町やからなあ…」
「こーちゃん…」
「俺は自分がどうしょうもない『クソガキ』なのは分かってるよ。全部自分で分かっててそれを選んだのも自分やし。今更大人に何か言われても屁とも思わんし。小学校の時のまっちゃん覚えてる?」
「覚えてるよ」
まっちゃんのお父さんはヤクザをやっていると言われ、みんなは親から「あそこの子とだけは付き合うな」とか言われていた。でもそんなの僕らには関係なかったし、よくみんなでまっちゃんと遊んでいた。
「あの時もそうやん。まっちゃんも西中で俺らとつるんでたけど高校は行かんで町を出るっていっつも言っててな。そういうのって別に気にせんでええのにって俺は思ってた。けど、実際に同じ立場ってゆうか、自分の親が犯罪者で新聞に載ったのを見たら…、なあ…」
「そんなん関係ないやん。こーちゃんはこーちゃんやん?なんなら俺、田水に転校するし、働くんやったら一緒に働くで」
「アホなこと言うな!」
こーちゃんが僕の目を見つめながら怒鳴った。そしてすぐに目線を町の方に戻す。
「…ごめん」
「お前の気持ちは嬉しいよ。でもお前は藤井に行って甲子園行けよ。そしてテレビに映れ。そしたら俺は周りの奴に自慢するから。こいつは俺のツレやって。自慢させてくれ、なあ」
「うん…、ベンチに入れるかも分からんし、甲子園にも行けるかも分からんけど頑張るわ」
「練習死ぬほどやれよ。お前は野球上手いんやから」
「うん、頑張るよ」
「ツレっていいよなあ。みんな俺のこと心配して家まで朝の早うから押しかけてきやがって。そういや新聞記者とかしばいたったとか言うてた奴もおったなあ…」
「こーちゃん…」
「狭い町やから。こんなちょっと高いお城に登っただけで方向を変えるだけで全て見渡せる、本当に狭い町や。でも俺はもうこの町には住めないってことは分かる。『ガキ』の俺でもそれぐらいは分かる。この町を出てどっか遠いところで働くよ」
「そんなんまたいつか戻ってくればいいやん。まっちゃんもまたいつかこの町に戻ってくると思うし。その時、またみんなで集まればええやん。みんなで暮らしていけばええやん」
「…そうやなあ」
そう言ってこーちゃんは吸いかけの煙草を指で弾き飛ばした。お城の天守閣から下の方に落ちていく吸い殻を二人で見つめる。
「けせらせら」
こーちゃんが言った。
「知ってる?『けせらせら』って。俺のかーちゃんの口癖やったんよ」
「知らん。どういう意味?」
「『人生はけせらせら』っていっつもよーゆうてたわ。『けせらせら』って『なんとでもなる』って意味やって」
「『人生はなんとでもなる』、『人生はけせらせら』。すごくいい言葉やなあ」
「な、俺もそう思う」
僕はこーちゃんから素敵な言葉を教えてもらった。
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