第14話

 そして僕は志望校を藤井高校に決めて、真剣に受験勉強に取り組むようになった。田尾にも『ガキ』の言葉を教えた。

「それええな」

 田尾も前以上に受験勉強に励んだ。そしてそれに疲れたら、僕はバットを振ったり、壁に向かってボールを投げ、田尾はビートを刻んだ。

 僕はそして町の雑貨屋さんで安いサングラスを買った。自宅の鏡の前でそれをかけてみた。なんかかっこいい。それからの僕は制服を着ていない時は常に家の外ではサングラスをかけるようになった。サングラスはかけてみるとすごく便利で、自分の目線が相手には分からない。だから町の中でも怖そうな人を見かけると今までの僕は目をそらしていたけれどサングラス越しならその人の目をじっと見ることが出来た。サングラスをかけると自分が強くなった気がした。受験勉強の為、おおばんの家に遊びに行く回数も減ったけれどエッチな本やエッチな漫画の調達は欠かせないので定期的には通っていた。おおばんは今でもカツアゲされたお金の細かい金額や日付、相手を相変わらずノートにきっちりと書いていた。山商には楽勝で入れるとおおばんは受験勉強なんかせずにいつも通りゲームばかりしていた。それでもいつか絶対されたことをきっちりとやり返すと言っていた。三千円でやらせてくれる女の人を紹介してくれた近所の兄ちゃんは山商で力を持っているらしく、今は我慢してやっているけど、山商に入ってバックについてもらってカツアゲされた相手からお金を全額回収するらしい。下田の取り巻きの多くが藤井高校に進学する。藤井なんか山商に比べたらお坊ちゃん高校だ。その気になればおおばんの野望と言うか執念は実現しそうだと僕は思った。そんなおおばんに僕はサングラスをあげた。

「これ安かったから買ったんだけど。すげえ便利やで」

 僕からサングラスを受け取ったおおばんがそれをかけて部屋の中にある鏡を見る。

「これええなあ」

「やろ?こっちの目線が相手には分からんから。俺も今は外出する時いつもかけてるもん」

「これやったら町で巨乳とかミニスカとかもガン見出来るなあ」

 その発想がおおばんのすごさだ。僕のサングラスの機能にそれも追加した。

 自転車に乗る時もサングラス。夜だろうとサングラス。流石に夜にサングラスをかけていると前が見えにくい。夜にサングラスをかけて自転車に乗っているとめちゃくちゃ危ない。それでも僕はサングラスをかけ続けた。シマにもバシにも田尾にもサングラスはあげなかった。おおばんにだけ僕はそれをあげた。バシも塾に通いながら受験勉強をしていた。田尾もすごく頑張っていた。シマの掌にはいつも豆が出来ていた。野球部を引退して結構時間が経ったのに。下田まで受験勉強をしていた。ちびの大和も野上も藤井高校を目指して勉強していた。

 冬になり、年も超えた。僕と田尾は最後の進路相談の時点で、藤井高校の合格率は六割もないと言われたがそれでも藤井高校を受験する選択をした。担任には最後まで佐川高校にした方がいいと言われたがそれに従わなかった。僕は試験当日もサングラスをかけることを許してくれれば藤井高校にトップで入学出来るんじゃないかと勘違いもしていた。それぐらいサングラスは僕に強さを与えてくれた。

 入学願書も出す。それでもまだ志望校は変更出来ると担任からは言われた。

 僕はちびの大和をみんなの前で泣かせた。いつものようにちびの大和が、僕が一人の時に調子に乗って絡んできた。僕はちびの大和の首を後ろからガッチリ両腕で(後から知ったがそれはチョーク・スリーパーと言う技であった)締め続けた。最初は「森山が俺に歯向かってるー」と言っていたちびの大和もだんだん声が本気になっていき、「や、め、ろ…」となり、それでも僕は首を絞め続け。誰かが僕を止めようとしても田尾がそれを制止した。

「『すいませんでした。森山さん』と言え」

「や、め、ろ…」

「『すいませんでした。森山さん』と言え」

「や、め…」

「『すいませんでした。森山さん』と言え」

「ご、め、ん…」

「ごめんじゃない。『すいませんでした。森山さん』と言え」

「す、い、ま、せ、ん…」

「『森山さん』がない」

「も、り、や、ま、さ、ん…」

「泣けや」

「や、め、て…」

「泣けや。泣いたら外してやるわ」

 そしてしばらくしてからちびの大和は泣き出した。僕はそれを確認してから腕の力を抜いた。

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