第11話

 その日は雨がぱらついていた。いつもなら雨の日は野球部の練習も絶対に誰も出ないし、シマかおおばんの家に遊びにいくはずだったと思うけれど、ちょうど二人とも用事があるみたいで僕は家に帰っておとなしく過ごすか、地元に戻って本屋さんで立ち読みでもしようと真っすぐ駅を目指して歩いていた。傘を差しながら。たまたま時間が一緒だったのでばぴょんと野上の三人(三人とも電車通学組なので)で駅まで歩いていた。三人とも傘を差していたので横に三人に並ぶと狭くて歩けないので野上が先頭を歩いて、その後ろを僕とばぴょんが歩いた。本当は野上とは一緒に帰るのはあんまり好きじゃなかったけれど、ボンタンを履いたグループから離れて一人になった時の野上は親分風を吹かせたりしないし、カツアゲをしたりとか、理不尽なことを言ってきたりは絶対にしない。ただ、僕もばぴょんも「野上君」と『君付け』で呼ばないといけないことだけは絶対だった。それ以外は普通に話をするし、一緒に電車に乗ることもよくあった。多分「ビーバップ」とかを読んで、同い年のシャバイ奴に呼び捨てにされるのが格好悪いと思っていたのだろう。でも、付属小学校から上がってきたちびの大和とか、一般の生徒でもボンタンを履いている生徒と付き合いの長い奴とかには普通に呼び捨てにするのを許していて。そこだけが彼の僕から見てダサいと思うところだった。一緒に駅の売店で早売りのジャンプを土曜日に買って喜んだり、「電車の中では買ったジャンプを読むな。高校生に取られるぞ」と気を遣ってくれたり、いいところもあった。勉強も僕なんかより全然出来て成績もよかった。ただ、僕と同じように小学校はみんなと違うところから付属中学に入学して、そこでボンタンを履くグループに入った。彼自身、そうなるためにいろいろあったと思う。バシもそうだったように中学から付属中学に入学したものでボンタンを履くにはまず「自分はシャバくない」と認めさせる必要があったと思う。多くのものはばぴょんや僕みたいにヤンキーとかそういうのとは無縁の世間一般的なシャバ増みたいな奴がほとんで。そのなかで野上やバシみたいに「自分はそうじゃない」と認めさせるのも力の一つなのは間違いないことで僕にもそれは分かった。だからそういうグループから離れると本当のそいつのいいところも分かる訳であり。バシと野上のそう言った「自分の中の線引き」が人それぞれ違うだけであり、バシと野上の違いは自分を『君付け』で呼ばせる以外そう大差はなかった。バシも野上もパン代のお釣りを弱いものから奪うことは絶対にやらなかった。

 たわいのない会話をしながら三人で歩いていて、もう駅まで五分とかからないぐらいのところで僕の傘の中に後ろから誰かが入ってきた。

「なあ、雨で濡れるから駅まで傘ン中入れて」

 そう言って僕の傘の中に入ってきたものすごいヤンキーに僕は最初ビビった。でもよく見るとどこかで会ったことがある。しかも襟に西中の校章。

「あれ?お前…。どっかで見た気が…。あれ?どこやったっけ?お前、俺のこと知らん?」

「君って西中?だったらそこで会ってるかも」

「あ!思い出した!お前、こーちゃんのツレやろ!?なんやお前か!久しぶりやん。っていつ会ったか覚えてないけどな。こーちゃんもおるぞ。おーい!こーちゃん!」

 後ろを見るとものすごい格好をしたヤンキーの集団が。

「なんやあ?」

「すげえ偶然。傘に入れてもらったらこーちゃんのツレやったわ!」

「あれ?えーじやん。付属中ってこの近くなんや?」

 僕は最初ビビったけれどこーちゃんの姿を見て安心した。それにしても西中のヤンキー軍団がどうして二つ駅隣の町にいるのだろう。そんなことを考えたけれどすぐにばぴょんもいることを思い出した。

「あ、こーちゃん。懐かしいやろ?ばぴょんもおるで」

 そう言って駅とは反対方向のこーちゃんたちから振り返るとばぴょんと野上は走ってその場から逃げていた。全力で。

「ほんまに?ばっ、ぴょーん?」

 こーちゃんが懐かしい独特のイントネーションでばぴょん特有の呼び方、『ば』を一瞬ためてから『ぴょーん』と伸ばしながら。

「なんか知らんけど走ってたわ」

 ばぴょんと野上が走って逃げた理由を僕は明らかに分かっていた。けれどそれを僕の口からこーちゃんには言えなかった。

「なんや、ばっ、ぴょーんやろ。あれ。なんであんなに走ってんの?」

 こーちゃんと一緒にいた西中ヤンキー軍団の一人が言った。

「そんなん分かるやん。だってこーちゃん、すげえ気合入った格好してるやん。普通の奴ならそんなん見たら逃げるって」

「あ、そっかあ…」

 ばぴょんが逃げた理由を理解したこーちゃんは少し残念そうな目でばぴょんの後姿を見つめた。こーちゃんは僕が見たことはないけれど西中に進学してからたくさんの修羅場を潜り抜けてきたのだろう。ものすごいパンチとかキックとか道具で殴られたりとか。頭から血を流したりもしたことあるのだろう。でもものすごい太いズボンを履いて、ものすごいリーゼントで、ものすごい制服を着ていても、僕の中ではいつまでも小学校時代のこーちゃんであり。算数の授業で僕に分かりやすく説明してくれたあの頃の姿は今でも鮮明に記憶が残っていて。クソガキの集まりと呼ばれる西中に行って世間一般的にヤンキーと呼ばれるような行動や格好をしているけれど、シャバ増な僕とは対等に付き合ってくれて。それがとても自然なことでもあり、すごいことであることも今の僕にも分かっていて。ついさっき、ばぴょんが逃げたことは当然と言えば当然の行為でもあり、でも多分こーちゃんがそれを見て残念そうな目を見せたのは昔カワセンに言われた「痛みの意味」のことであり、こーちゃんの変わった姿を見て逃げたばぴょんがこーちゃんに与えた痛みは殴られるよりも痛い痛みだと思った。

「今日はたまたま遠征でこの町の中学をしめに行ってたんよ」

 そのまま僕らは駅まで一緒に歩いた。最初に僕の傘の中に入ってきたこーちゃんのツレと僕だけは傘の中で雨に濡れずに。また、こーちゃんも「これ、詰めたら三人入れるんちゃう?」と僕を挟む形で「いや、こーちゃん。俺、はみ出てるし、濡れるから」と左右から押されながら僕は歩いた。駅について傘をたたんでも傘の中に入っていたこーちゃんのツレが僕に言った。

「お前、こーちゃんのツレやったら帰る駅一緒やろ?一緒に帰ろうで」

 多分、この僕の傘の中に入ってきた西中のこーちゃんのツレは西中で僕を睨んでた人だ。こーちゃんの後ろでいつも僕にガンを飛ばしていた人だ。見た目もすごく怖い。でもそんな人がたった数百メートル傘の中に入れてあげただけで僕に対して優しくなった。切符を買って、駅のホームで煙草を吸いながら周りに睨みを効かせる集団の中にシャバイ格好の僕が混ざっている。それでも僕らは普通に会話しながら電車を待ってそれに乗り、電車の中でも普通にみんなが煙草を吸って、その車両は貸し切りみたいになって。僕らの住む町に着くと雨はもう降ってなくて。

「じゃあ、俺らこっちやから。ばっ、ぴょーんには気にすんなって言うといて」

「うん、明日言うとくわ」

「あ、傘にいれてもろてさんきゅーな」

 最初に僕の傘の中に入ってきたいつもは怖かった人が笑顔で僕に人差し指と中指をくっつけたピースを決めながら言った。

 僕は駅の駐輪所に止めてある自転車に跨りながら、「多分、西中でクソガキとかクソヤンキーとか言われている子たちも根はいい奴が多いんだろうな。そうじゃない奴とはこーちゃんたちはつるんだりしないだろう」と思い、進学校と呼ばれ、ボンタンとか履きながらも結局は「ぬるいなにか」に守られている付属中にいる少なくはない「狡さ」を持った奴らの方が損得を考えて生きていると思った。少なくとも西中と付属中の同い年の奴らを一つのクラスにまとめてカワセンが担任の先生になったらカワセンに怒られる奴は圧倒的に付属中の奴らの方が多いはずだ。

 翌日、僕もばぴょんも昨日のことにはお互い触れなかった。こーちゃんの言葉も僕は伝えなかった。もし、ばぴょんから自分のしたことに負い目を感じて僕に何かを伝えてくるようなことがあればその時言えばいいと思った。例えこーちゃんが気にしてなくても、僕の中ではカワセンの言葉が響き渡る。


「僕は許すことが出来ない」


 そんな感じだ。

 そして野上だけが昨日のことは誰にも言うなと僕に言ってきた。こういうのを計算した生き方と言うのだろう。僕は残念と侮辱の感情を同時に持った。

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