第6話
山瀬は、自信をもってレポートを提出した。池沢と交わした議論の内容をまとめたものだ。ざっと目を通して神崎教授は頷いた。山瀬はニッコリと笑う。教授も笑い返す。
そして──笑顔のまま神崎教授は、ゆっくりと首を振った。
「確かにこれは、とても面白い説です。想像力も研究者にとっては大切なことです。その点で、君は優れているようです。──ですが、自然科学の研究者にとって最も必要なことは、仮説をたてるだけでは不十分だということなのです。大切なのは、物事を判断するときに、確実なデータを用いて実証する力です。机上の空論を出すだけの人は、研究者たり得ない。仮説を実証するための創意工夫ができる人が、研究者です。自分の仮説を実証するために、結果を捏造するような、不届きな者が最近おりました。これは、絶対にやってはならないことです。研究者は、データに対して、誠実で無ければいけないのです。……話を戻しますと、私が先日した話では、パラケルススは『こうすればホムンクルスが作れる』というホムンクルスの製法のみを語っていました。データの裏付けがなく、ただ、作り方が述べられているだけでした。つまり、本当に作成したという実証性に欠けていたわけです。作成過程のデータを残しているのは、科学的な研究では、当然のことなんです。それを残していない。証拠となるものが何も残っていない。つまり、これは、仮説のみしか語られず、実際に実験が行われていない、ということです。また、研究であり、その実験方法が残されている場合、後続研究を行う人間が出てきます。しかし、その実験者達が成功したというデータもない。これでは、はじめにあった仮説そのものが間違っていた、という結論に至らなければならない。……ここで勘違いしてはいけないのは、仮説が間違っていた、ということが実証されることの意義は大きい、ということです。そのやり方は違うのだ、ということがわかるわけですから。しかし、錬金術が盛んに行われていた時代、錬金術師に対する、貴族や王といったパトロンからの期待も高かったと想像され、嘘でも成功した、といわなければならなかった。だからこそ、ホムンクルスは、非常に簡単に死ななければならなかったんです。データを残さないことに対する、なんらかの理由が必要だったわけです。そうして、錬金術師たちは、嘘の実験報告をして、自分の能力をアピールしたわけです」
教授は続けた。
「つまり、ホムンクルスに対する実証の検討が必要である、という一言が、答えと言えば、答えだったわけです……私も大人げなく、あんなレポートを君に課したことは反省します。しかし、やる気のある学生は、レポートを課したわけでもないのに、自主的にレポートを提出してくれました。あなたと同じ研究室の藤川くんは、実際にパラケルススの方法を用いて実験をしたという過去のデータをなぜか持っており、その内容をもとにレポートを書いてくれました。結果、出来なかったということが彼のレポートでは述べられていました。彼がなぜ過去にそのような実験をしていたのかは、さっぱりわかりませんが、最近は、個人でこのような実験をする学生は、なかなかいません。藤川くんは多少奇抜なキャラクターではありますが、私は、彼のそのチャレンジ精神を非常に買いたい。そういう気持ちをキミにも……」
神崎教授の言葉は、すでに山瀬の耳には届いていなかった。山瀬の心の中は「なんじゃそりゃ」という言葉で一杯であった。
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