第2話 銀月の女神

 ────前回までのあらすじ!

 ソフィー・アルバートは妹のルーシーに起こされて日常が始まった! しかし、あいにくも休日であり暇だったのである! ルーシーが作った朝ごはんを食べ終え、ルーシーが洗濯に行ってしまったので昼寝をすることにした!

 そして意識が戻ると、なんと目の前に幼い美少女が立っていたのだった……!


「やっぱり意味が分からないー!!」


「まあまあ、落ち着くのです」


 頭を抱え叫ぶソフィーに少女は苦笑する。今どこにいるのか把握しようとソフィーは周囲を見渡し、さらに混乱した。


「うえぇ、真っ黒!? 明かりがないのにはっきりわたしの姿が見えてる!?」

 

 黒。辺り一面真っ暗闇であった。だが光源が一切ないにも関わらず、ソフィーと少女の姿ははっきりと見えている。足元も真っ黒なせいで穴に落ちているのではないかと錯覚しそうになるが、足に跳ね返ってくる感触が地の上に立っているのだと教えてくれる。それでも実感が湧かないソフィーは無意識に頬をつねっていた。


「……痛い」


「夢じゃない。ここは紛れもなく現実なのです」


「はあ……」


 ドヤ顔で少女は告げるが、こうも現実感がない空間だと現実味がない。現実だけに。


「いや上手くない!」


「急にどうしたのです?」


「こっちの話! それより、聞きたいことがいっぱいあるんだけど! ここはどこ!? あなたは誰!? 何がどうなってるの!?」


「はいはい、慌てない慌てない。ゆっくりと疑問を晴らしていくのですよ。とりあえず座るのです」


 そう言って少女はウィンクをし、いつの間にか出現していた椅子に座る。唐突すぎる出来事にソフィーは面食らい思わず振り返ると、自身の背後にも椅子が出現していた。目が回りそうになりながらも促された通り座る。


「我輩は『月神』のアリアンロッド。気軽にアリアちゃんって呼んで欲しいのです。端的に言うと君たちの間で信仰されているお月様の神様なのです」


 少女────アリアは自己紹介を終えるとにっこりと微笑む。

 銀髪のロングヘアーに銀色の瞳をした色白い肌の幼い少女だ。まだ外見は十にも満たないように見える。白いワンピースを着ており、見た目だけなら清楚な出で立ちだ。舌足らずな口調によって、幼さが際立っているが。

 そしてアリアの先程の言葉が全て正しいなら。


「かみ、さま……?」


「そうなのです。敬うがいいです」


「そう言われましても……」


 ふん、と薄い胸を張ってドヤ顔をするアリアにソフィーは困惑する。

 唐突に女神だと名乗られても、はいそうですかと素直に受け入れられる訳がないだろう。

 しかしアリアの言う通り、この空間は紛れもない現実であり、彼女の力によってここに連れてこられたということになる。ソフィーが寝てからどれくらいの時間が経ったのか、この真っ暗な空間では把握できないが、まさか他人の家に勝手に上がって誘拐するなどアリアの体格では到底できるはずもないだろう。

 そしてなにより。


「ここ、灯りが一切ないのにわたしとアリアちゃんの姿ははっきり見えてるんだよね……」


「ですです。普通君たちの世界ではこんなことありえないはずなのです」


「うーん……。本当にここが現実でアリアちゃんが神様なら、ここはどこ? わたしはどうしてこんな所にいるの?」


「そうですね、まずは“ここ”について説明するのです。といっても、ここには名称なんてありません。ざっくり言うと世界の外側なのです」


「んん」


「おや、いよいよ理解が追いつかなくなってきた顔をしてるのです。文字通り、ここは世界の外。故にどこでもないのです。場所、という概念そのものが存在しない空間なのですよ」


「へ、へぇ~」


 最後の補足で余計に理解が追いつかなくなりソフィーは適当に相槌を打つ。愛想を含んだ返事にアリアは怪訝な表情を浮かべるが、追求することなく説明を続けた。


「まあ、口でいうより見たほうが早いのです。ほれ」


 そう言ってアリアは右手を前方に上げる。

 直後、ソフィーの目の前に地元の村の光景が広がった。


「うわああああああ!?」


 突然の出来事にソフィーは驚き椅子から転げ落ちてしまう。

 始めはただの絵に見えた。しかし、絵にしては非常に精巧でまるで本物の光景がそのまま切り取られたかのように映し出されている。もちろんそれだけでも驚くべきことなのだが、ソフィーが度肝を抜かれたのはそれだけではなかった。

 動いているのだ。映し出された村の中にいる人間や家畜が動いているのだ。


「なっ、なにそれえ!?」


「ん。そうでした、この世界の人間にはまだ早い技術でしたのです。写真すら開発されていないのですもんね」


「な、え、しゃしん……って?」


「こっちの話です。これは映像と言って、このように現時刻の世界の様子をそのまま見ることができるのですよ」


「えいぞー? よく分かんないけど……わたしたちが見ている光景をそのままこっちでも見れるってこと?」


「さっき我輩が言ったことまんま返されているのですが……要はそういうことなのです。ちなみに君も現実ではちゃんと昼寝しているのですよ」


 そう言ってアリアが指を振ると、“えいぞー”の景色が見慣れた家に変わる。そこにはソファで寝そべり、安らかな寝顔を浮かべるソフィーがいた。

 こうして自分の姿を俯瞰するのは中々ない機会だ。よほど良い夢を見ているのだろうか、非常に穏やかな顔ですやすやと眠っている。


────って冷静に観察してるけど!


「ええっ、なにこれ!? わたしが今ここにいるのに、わたしの体が家にあるんだけど!?」


「そういうことなのです。君の意識だけをこの世界の外側に持ってきたのです。ふーむ、とはいえ人間にとっては名称なき物には混乱するですし、仮にここを『外界』と呼ぶことにするのです」


 可愛らしく顎に手を持っていきながらアリアは答える。


「さて、場所は答えたので次は君を呼んだ理由を話すのです」


「て、展開が早いねー……わたしまだこの状況飲み込めてないんだけど……」


「“一話あたりの文字数”が足りなくなるのでテンポよく話を進めていくのですよ。それで、君を呼んだ理由なのですが、そんなに難しい話ではないのです。神様が人間に持たせる用事なんてこの世界では一つしかないのです」


「へ、へぇー……。わたしとしては、身分も低い矮小な人間如きであるわたしに用事があるなんて随分恐れ多くて光栄なことなんですが……」


「急に言葉が出てくるのですね。でも、そんなに身構えることでもないのです。君なら、何故我輩が呼んだのかすぐに分かるはずなのです。夢に強く憧れる君なら」


「そんなこと言われても……わたしの夢と神様に関係って────あ」


 いくらアリアが勿体ぶった所で、神の思考など分かるはずもない。はっきりそう答えようとしたが、途中でソフィーはある一つの可能性があることに気が付いた。

 ソフィーの夢、それは勇者になることだ。そして勇者と認められる条件は、神様の加護を受けること。

 まさか、まさか。思い当たる節を見つけたソフィーは自然と涙が溢れそうになる。


「う、そ……。わたしが連れて来られた理由って……」


「その通りなのです。ソフィー・アルバート、君に勇者にするべく加護を与えに来たのです」


「あっ、うう…………」


「ほらほら、喜ばしいことなので泣いちゃダメなのです。しっかりするのです」


「だって、だってぇ……!」


 思わず顔を覆って泣いてしまう。

 半ば諦めていた夢だ。憧れるだけ憧れて一切努力しなかった人間だ。こんな自分など、神様はとっくに見放すんだろうと思っていたのだ。こんな日が来るなんて思いもしなかった。

 ぐすぐすと泣くソフィーの頭をアリアがそっと撫でる。小さくて柔らかい手は温かくて、次第にソフィーは落ち着いてきた。顔を上げると、文字通り女神のように微笑むアリアの姿があった。


「落ち着きましたのです?」


「うん、まだ信じられてないけど……ありがとう、アリアちゃん」


「いいのですよ」


「わたしの夢を叶えてくれるのはすごく感謝しているんだけど、でもどうしてわたしを選んでくれたの?」


「…………」


「アリアちゃん?」


 根本的な疑問を投げかけるとアリアは突然顔を俯かせる。重い理由でもあるのだろうか。

 訝しんでいると不意に、アリアがバッと顔を勢いよく上げる。その表情は物凄い剣幕に満ちていた。そしてアリアは両手を頭に置くと髪の毛を掻き毟りながら叫びだす。


「どうしてってそりゃあうんざりしてるからよ!! 揃いも揃って人間に優しくない女神ばっかり現れやがって!! 女の子をいじめる赤い髪と目の狂気の女神とか、最悪ムーブしかしない仮面を被った月の女神とかさぁ!! 一柱ぐらい人間に優しい神様がいたっていいじゃない!! だから普段は雲隠れしてる我輩も見かねて協力しようって気になったってわけ!!!!」


 一通り捲し立てた後ぜえぜえと息を切らすアリア。先程までの拙い口調が嘘のように饒舌なアリアにソフィーは堪らずドン引きした視線を向けてしまっていた。その視線に気が付いたアリアは「はっ!?」と驚いた表情を浮かべ、すぐさま咳払いをして元の女神スマイルに戻る。


「なので神様らしく、夢に憧れる少女の願いを叶えることにしたのです。にぱー☆」


「う、うん……今のは見なかったことにするから。聞いたわたしが悪かったから、ごめんね」


「そういう優しさが一番心に刺さるのです。まあ、そういうことで君に加護を授けるのです」


「ありがとう! うわあ、本当に勇者になれるんだ……!」


「ふふ、喜んでいただけて何よりなのです。では、腕を差し出すのです」


 そう言うなりアリアは腕を差し出してくる。これは手を繋げばいいのだろうか。

 幼女らしい小さくてぷにぷにした手を繋ぐと、アリアは瞳を閉じる。

 するとアリアの手から銀色の光が生まれ、ソフィーを包み込んでいった。あまりの眩しさに思わず目を閉じてしまう。


「な、何!?」


「はい、もう終わったのです。お疲れ様なのです」


「え?」


 アリアの言葉にソフィーは目を開けると、既に光は消えていた。アリアはニコニコと微笑みながら見つめている。本当に一瞬の出来事であった。


「え、え? 今ので終わり? 全然実感が無いんだけど……」


「無理もないのです。加護なんてこんなあっさり受け取れちゃうのです」


「なんかがっかりだな……。でも、加護を持ったっていうことは特別な力が使えるってことだよね!? わたしのはどんな加護なの!?」


「ストップストップ、一回落ち着くのです。そもそも君は加護には制約があるのをご存知なのです?」


「え? うん、知ってるよ。代償としてデメリットがついちゃうんでしょ?」


 神様の加護を与えられた勇者は神様の力を一部使えるようになる代わりに、制約と呼ばれる代償を払うことになってしまう。

 ソフィーも加護を受け取った以上、何らかの代償を支払うことになるはずだ。アリアが、それを最初に口出ししてきた以上、覚悟を固めなければいけない。


「君に与えた加護は、あえて言わないことにするのです。なあに、のですよ。のです」


「ええー、そう言われると気になるんだけどなぁ……」


「本当にすぐに分かることになるので、まだネタばらししないでおくのです。ただ重要なのが、君に与えた加護の制約なのです。こちらは先に話さないと混乱すると思うので言っておくのです。制約はただ一つ、のです」


「……………………………………え?」


 アリアから告げられた制約。内容自体は至ってシンプルだが、深刻すぎる代償にソフィーは思考が停止してしまう。

 と、そこで不意に暗かった空間が徐々に白く染まり始めてきた。アリアはさほど気にしていないかのように、表情を変えること無く口を開く。


「さて、用事も終わったしそろそろお開きにするのです。ま、と思うのですが、頑張るのです」


「え、待って、まだ理解が追いついてないんだけど!?」


「ごめんなさいなのです。実は今日は忙しくて、本当に時間がないのです。だから、まずは中央国を目指すのです。そこに着いたらまた再開できるのです」


「分かったけど、せめて加護だけでも教えて!? 不安要素が大きすぎるから!?」


「頑張るのです!」


「アリアちゃあああああああああああああああん!!!!!!!!」


 サムズアップをするアリアに思わずソフィーは叫んでしまう。

 しかし、ソフィーの叫び声も虚しく直後に意識を落としてしまった。


 かくして、ソフィーは勇者となるのであった。

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