第三十話。いくつかの答え。

 急に視界が開けた。

 エイク・サルバドールとレイモンド・ゴダールは、冷たい石の床で目を覚ます。

 体が冷たい。ずいぶんと長い時間、寝転がっていたようだった。

 レイモンドはハッと気づき、自分の手のひらを見る。もう虹色の粘液は消えていた。


「な……なんだったんだ……」


 まだ状況を把握できていなかった。

 さっきまで見ていた映像は、いったいなんだったのか。恐ろしくなるほどに、スケールの巨大な話だった。レイモンドの常識を凌駕する、ペルットの残像……


「い……今のが……ペルットが滅んだ日の……記録……」


 わなわなと震える手を強く握りしめて、レイモンドは呟いた。


「そうだ……やっぱり、神がペルットを滅ぼした……」


 レイモンドは必死に記憶を整理しようとしていた。

 最初はアトリエゼペットの映像。

 ゼペットという老人が、人形を作っていた。道化師に酷似した男が連れてきたナルヴィという子どもに、そっくりだった。そこで聞こえた『奇神の血』、『プール』、そして『魔王計画』。

 三人と人形一体は、並んで絵に描かれた。絵描きの男は『僕の能力』と言った。


「やっぱり、ペルット人は全員が帰還者……能力者だったのか」


 そして場面は暗転して、ただならぬ空気が流れる。

 ペルット人は、落雷とともに現れた者たちを、神々と言った。

 だが、だが……ロキは、『お前らも人間だっただろう』と言い放った。これは、どういうことだろうか。オーディンという名、そして最後に現れたトールの名は、堂々と新約神話に記載されている。神は昔、人だった……?

 それに神はペルットの時代よりも遥か昔に、人間との確執があったようだ。それが原因となり、ペルット人は神々に向かって牙を剥いた。

 人形を大量に組み上げていくゼペットと、『プール』を完成させるマルセリア。


「そうだ、そうだあの門……地獄の門だった。違いない。間違いない。『プール』は地獄だ……! エイクの言う通り、奇麗な場所だった……」


 建築家マルセリアは、神々が天界を作ったのと同様に、地獄を作り出した。

 そしてそこに大量の人形を送り込む。死んだペルット人の魂は地獄を漂って、己の魂が入るべき人形に入り、動き出した。

 その間に地上では、尋常ではない戦いが繰り広げられていた。

 燃え盛る刃で、羽の生えた『天使』や『大天使』と呼ばれる者たちを切り伏せていた。他のペルット人たちも、己の能力を使って、精一杯の抵抗を見せていた。


 ヨツンヘイムで見た帰還者の軍団など、話にならない。ペルット人たちは、自分の体を変形させる者もいた。つまり全て、エイク・サルバドールと同様の『帰還兵士』並、いや以上の戦闘力を持っていた。能力を完全に、使いこなしていたのだ。

 中でも圧倒的だったのが、フェンリルとヨルムンガンド。

 フェンリルの力は、獅子エドガー・ライムシュタインに近いが、恐らくそれよりも圧倒的だった。ヨルムンガンドに至っては、あの軍団を丸呑み。一瞬にして殲滅したのだ。


 リリー・エピフィラムは、あのヨルムンガンドの名を冠しているというのか。

 そして、雷神。

 まさに最強。あの規格外の神に、奇神ロキは、いったいどうなったのか。


「生き延びて、いま道化師になってるってことなのか……?」


 レイモンドは、瞬きができなかった。

 謎が、解けていく。

 本当の神話と言われる旧約神話に照らし合わせてみると、すべてに辻褄が合った。

 そうだ、気高き魂が眠る場所。


「地獄は、ペルット人が作り上げた、魂の……能力の保管庫……」


 はは、と乾いた笑い声が漏れだした。

 脳内に麻薬を直接打ち込まれたような快楽が、レイモンドの全身を蹂躙していた。


「そうか……そうかそうかそうか! なるほど、わかった。なるほどお!」


 仰向けに寝転がりながら、レイモンドは狂ったように笑い出す。


「新約神話は神が広めたのか!」


 ばんばんと床を叩きながら、嬉しそうに転がりまわる。


「そうだよなあ、そうだよなあ! なんで同じことを記す神話が二つもあって、しかも正反対のことが書いてあるのか! わかったぞ! はっはっは! 都合が悪かったんだ! 旧約神話は、なんだ、ペルット人の生き残りかなんかが広めた! だがあの神話じゃあ完全に神が悪役だ! そう、だから! だから! 神が、都合の良い神話を広めた!」


 レイモンドは、次々と答えを導き出していった。


「そうそう、そうだよ! くくく! こういうのを待ってたんだ! 芋づる式に、答えが出てくる! ペルットよりも遥か昔に、神は人と別れた! 創造神オズに作られた人間に、才能の優劣が生まれた。エリートたちはエリートだけで集団を作って、無能を搾取したんだ。そして疲れ果てた無能たちから搾り取れるものがなくなったら、自分たちだけで世界を作って消えた! 旧約神話に書かれてあった通りだ!」


 エイクは自分の独房で、レイモンドの高笑いを聞いていた。

 鳥肌が、立っていた。

 なぜかはわからない。どこかで敷かれた伏線が、どんどん回収されていく。高揚感が胸に満ち満ちていた。


「ナルヴィっていう子……どこかで見たことがある気がする……」


 襲いかかる疑問と解答の数々に、エイクもレイモンドも混乱していた。


「……ああ、待てよ。待て待て。なんならどうして、神様は旧約神話を隠ぺいした? ペルット人の反乱は失敗に終わった。あの『魔王計画』ってやつは、地獄の底で死んだペルット人たちがぐちゃぐちゃやっているだけだろう。いや、あのナルヴィとかいうやつによると魔王計画は変更になったんだっけか……? ふ、くく。ははは。ははは! まだ謎が残ってる! いいねえ、いいねえ! 俺はこれが欲しかったんだ! おいおい、おいおいおいおい! レイラさんよお! あれの続きを見せてくれ!」


 レイモンドが鉄格子につかまって喚くが、レイラの独房から声はかえってこなかった。

 だがその代わりに、牢獄の扉が開く。

 開けたのはリリー・エピフィラムだった。

 いつもの仏頂面で、エイクとレイモンドに言い放つ。


「二人とも。次の敵は魔人よ」



*



 帝王は、全身に疲れを感じていた。

 リリー・エピフィラムから、ペルットが滅んだ日のことを聞かされていたのだ。

 これから相手取ろうとしている者たちのことを、詳しく知りたいと言ったのはアルセウスの方だったが、まさかここまでの力を有しているとは思わなかった。

 地獄という一つの世界を作り出すほどの能力者の群れを、人間が果たして倒せるのか。


 そして明らかになった、あの石盤の真相。あれは一つの生命を創り出した記念に描かれたものらしい。加えてその作られた生命というのが、奇神という神の一族の末裔。ナルヴィという少年の完全なるコピーだった。

 そして『ヨルムンガンド』の圧倒的能力。単純にヨルムンガンドという神が『世界を喰らった』という伝説が残っているだけだったが、まさしくその通りの状況を見てしまえば、口は塞がらなくなってしまう。


 リリー・エピフィラムは、あの神の名を謳われているというのか。

 リリーは、今言えるのはここまでだと、雷神が降臨し奇神と拳を交えようとする直前で話を切ってしまっていた。だが帝王自身も、この辺りで一度整理しておきたいという気持ちもあったらしく、それはそれでありがたかった。

 新約神話が、引っ繰り返るような内容だったが、あのリリー・エピフィラムが言うのだ。嘘を吐くメリットも見当たらないことを考えると、話は全て、真実なのだろう。

 正史かどうかはともかく、エピフィラム家に残る物語では、あるはずだ。

 この恐るべき魔人と神々の様相を知りながらも、膝を折らないリリー・エピフィラムに、帝王は鳥肌を禁じ得なかった。

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