夕陽(せきよう)上

 春青山しゅんせいざん

 朝の霧はすっかり晴れ、暖かな日差しが降り注いでいた。小鳥たちは歌を歌い、つがい同士羽繕はづくろいに忙しい。

 そんな穏やかな空気を壊すように、どん!という大きな音が山に響いた。

 明らかな爆発音。

 音に驚き一瞬飛び立った鳥たちだったが、出処がわかるとすぐにもとの枝に戻ってきた。

 低木の茂みが途切れた開けた場所から、もうもうと白い煙が上がっている。

 不思議な匂いが漂っていたが、刺激臭というわけではない。

 強いていえば、熟した果実がさらに熟し、発酵した、甘やかな香りだ。

 煙と共に芳醇な香りが風に流されていく。

 硝子の破片や粉々になった紙片、二つに折れた筆、壺の欠片などが、そこかしこに散っている。

 そして煙の根元には、大人四人がゆったり座れるほどの穴が地面に穿たれていた。

「いや、まさかだったわ」

「こっちの台詞だから」

 穴の外側、緑の下草に尻もちをついていた二人が顔を見合わせる。

 試薬を混ぜ魔力を流し、反応がおかしいと思った時点で慌てて後ろに飛び退いた。

 あともう少し判断が遅かったら、姿が残っていない薬瓶と同じ運命を辿っていたかもしれない。

「っていうか何をしたの」

 陽に透ける白い髪をひとつに結った少女が、こめかみをひくつかせながら訊いた。

「うーん、なんだろうねぇ」

 問われた少年は「あ、空が青いよぉ」などど呑気なものだ。

 少女は立ち上がると、未だ尻もちをついたままの少年の頭を引っぱたく。

「いったいんだけど!?」

「何をしたのこの大馬鹿野郎」

紫鏡しきょうちゃん恐いー……」

 おどけて言う少年の髪も瞳も愛らしい桃色をしている。

 初対面であればほだされたかもしれないが、生まれた時から毎日見ていればそんなものは関係ない。

 紫鏡は無言で懐から小刀を取り出し、きらりと陽の光に刃を反射させる。

「で」

「ごめんなさい」

「で」

「えーっと。ほら。昨日、2種類の水薬を混ぜることで別の効果を持つ薬を作ったじゃん?」

「だから」

「今日の薬もできるのかなぁと思って」

 ぱちんと片目を閉じ、ぺろりと小さく舌を出す。

「混ぜてみた」

 紫鏡は溜め息をつき、小刀をしまう。優しく微笑むと、少年の頬を両手で包み、力一杯横に引っ張った。

「本当に馬鹿ね!昨日は、でしょ!?昨日は先生がずっと一緒にいたのよ!言われたよね!?闇雲にあれこれ混ぜるなって!あんたはいつもみたいに忘れてたんでしょうけど、今日の水薬は二つとも火薬を作るためのものだって習ったよね!?そんなのを二つまとめて薬瓶に入れて魔力をぶち込む馬鹿はあんたくらいよ!!」

「痛い痛い痛い!!」

「この頭の中は髪色と同じ桃まんか!?」

「痛いってば!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人は、自分たちに近付いてくる人物がいることに全く気が付かなかった。

 その人物はのんびりと大穴の中心に下りていくと、しゃがんで地面を確認し、「ぷっ」と吹き出した。

「あ」

 頬を引っ張られていた少年が気付く。紫鏡は、少年の視線の先を追って目を見開いた。

「先生!」

「はい、先生ですよー。誰ですか?火薬の元を二種類混ぜて魔力を流し込むなんて面白いことをやったのは」

「はい!僕です、僕!」

 少年は座り込んだまま勢いよく手を挙げる。

「やはり桃糸とうしですか」

 伸ばしっぱなしの金の髪を風に揺らしながら、先生と呼ばれた人物は穴から出てきた。

 桃糸は立ち上がって出迎える。その瞳はご褒美を待つ子犬のようにきらきらと輝いていた。

 師は我慢できずに笑いだしてしまう。

「先生、笑い事じゃないでしょ!?」

「そうなんですけど……っ。有り得ない……っ。なんでそんなに誇らしげなの……っ」

 腹を抱え、橙色の瞳に涙まで浮かべて笑う師を見て、桃糸は嬉しそうに笑った。

橙華じょうか様が楽しそうだし、今日の水薬の練習は大成功だね!」

「馬鹿じゃないの」




 どうか健やかに、という師の最期の声を、橙華じょうかは忘れたことがない。

 胸が苦しく、意識を保つのがやっとの状態を脱した時、自分は師の部屋の寝台に力無く座り込んでいた。

 姉弟子がいないと師の部屋に飛び込んでからどれだけの時間が経っていたのか、正確にはわからない。

 あたりはすっかり日が落ちて薄暗くなっていた。

 普段はいおりの中に入ってくることのない母親代わりの雌猿が、心配そうに自分を見ていたのを覚えている。

 その日から橙華は一人になった。

 山の生き物たちは皆優しい。時折訪ねてくる商人や村人もいたが、橙華はたった一人で学び続けた。

 三年後、雌猿が姿を消した。

 師が遺してくれた書き付けやたくさんの本を読み、ただ毎日を仙としての学びに費やして八十年が過ぎた頃、二人の赤ん坊を授けられた。




 質素な夕食を終え、食卓には湯のみが3つ並ぶ。

 橙華は花の香りがする茶を注ぎながら、

「好奇心旺盛なのはいいのですが」と冷静を装うがどうしても笑いが込み上げる。

桃糸とうしは好奇心で死にますよ、先生」

 紫鏡しきょうの指摘にまた吹き出してしまった。

「橙華様、笑いすぎでしょ」

 なんともいえない表情を浮かべて、桃糸は湯のみに口をつける。ほんのりと甘いこのお茶は、彼のお気に入りだ。

「上手くいくと思ったんだよねー」

「何を根拠に」

 紫鏡はすっかり呆れ顔だ。

 橙華は二人の弟子の頭をふわりと撫でて、穏やかに笑う。

「今回はとんでもないことになりましたが、あの水薬2つを混ぜる薬はたしかにあるんですよ」

「ほら!」

「えー……」

「何を間違えたのだと思いますか?」

 問われ、二人は顔を見合せて黙ってしまう。

 しばらく考え込み、紫鏡は「分量?」と答えた。

 橙華は頷き、「他には?」と桃糸に顔を向けた。

 腕を組み天井を見上げていた桃糸は「感覚なんだけど」と話し出す。

「水薬の分量はもちろん、どちらかというと魔力の方が重要だったんじゃないかなって」

「どういうこと?」

「うまく説明できないんだけど……。魔力を流し込んだ時に、なんか、変な感じだったんだよね」

 首を傾げる紫鏡と桃糸の前に、橙華が指を1本立ててみせた。

「まず水薬の分量。明らかに量が多く、そのため反応が大きくなった。これが1つ目の原因」

 紫鏡が頷く。

 追加でもう一本指を立て「そして2つ目」と橙華は続ける。

「魔力の感覚が鈍かった、というところでしょう」

 困惑する二人の弟子の前に、橙華は自分の湯のみを示した。

「単純に魔力を流し込むだけなら、二人ともよく理解できています。それは仙や術士の基本です」

 両手で湯のみを包み、目を閉じる。

「力を流し込んだ時に、その対象のことを正確に知ることです。そして“こうあれ”と明確に命じることで、力は正しく働きます」

 湯のみから手を離すと、「どうぞ」と橙華にすすめた。

 橙華はなんの疑いもなく師の湯のみに口をつける。

「にっが!何これ!?」

「ふふ。魔力を流して味を変えました」

 自分の湯のみに入っていたお茶を一息に飲み干し、桃糸が息をつく。

 紫鏡もぺろりと師の湯のみのお茶を舐め、盛大に顔をしかめた。

「先生。魔力の感覚を鋭くするにはどうすればいいんですか」

「経験と、あとは学ぶことですね。今回の場合は水薬の性質や内容物、調合の割合を頭に入れておくこと。そして混ぜ合わせた先に何ができるのか、何を作りたいのかを理解しておくことが大前提です」

「なるほどー」

 そう言って力なく机に伏せた桃糸の頭を、紫鏡がつんとつつく。

「ま、私たちには早かったってことね」

 橙華はぱちんと両手を合わせ「さて」と二人を見る。

「今日の片付け当番は私です。が、薬瓶などを壊した罰として、桃糸に代わってもらいます」

「はーい」

 自分の無知が招いたことだ、この程度のことは仕方ない。

 桃糸は三人分の湯のみをお盆に乗せ、水場に向かった。


 寒いのが嫌だという理由でもともと外にあった水場を室内に移したのは、桃糸とうしがまだ3つかそこらの時だ。

 あんなに大きく見えた井戸も、今ではすっかり手が届く。

「あれ」

 水を出そうと伸ばした手の甲に、小さな切り傷があるのに気付いた。

 薬瓶の欠片で切ったのかもしれない。

「それを知り、命じる……」

 呟くと桃糸は目を閉じ、傷に意識を集中させた。

 流れる魔力に乗せて、血管が塞がるよう、皮膚が塞がるように命じる。

 微かな温かさを感じた。

 おそるおそる目を開けると、傷は綺麗に治っていた。


 同じ頃、自室でぼんやりとしていた橙華じょうかは、庵の中で魔力が動いたのに気付く。

 桃糸のものだ。今回は破壊ではなく、修復の気配が強い。

 弟子の目覚しい成長に頬が緩んでしまう。

(あの子は感覚が鋭い)

 明るくほがらかで良い子だ。

 紫鏡しきょうは勤勉で、労を惜しまない。

 自分にはもったいないくらいの優秀な弟子たちだ。今年で15歳になる。

 橙華の寝室の扉には、もう誰にも使われなくなった古代文字が刻まれている。刻まれているだけで、なんの効力も持たない。

 古い文字が読めるようになり、その力を理解できたあの日、橙華は真っ先にこの部屋の封印を解いた。

 開かれた扉の先には、自分がわずらった死に病を肩代わりし、変わり果てた姿になった師がいた。

 師の冷えた体に縋り付き、橙華は慟哭した。

 その名を呼び、泣き叫び、頬を撫で、このまま自分も果ててしまいたいと思ったその時、魔力が大きく動いた。

 何事かと顔を上げた橙華の目の前で、師の体が霧となってふわりと消えてしまう。

 突然のことに驚き周囲を見れば、その部屋にあった本や薬瓶、そして、小さな机の上に倒れていた別の遺体(先々代だと聞いている)も、次々と同じように霧となって消えていった。

 全てが消え、がらんとした部屋の床に座り込み橙華は悟る。

 師が今際いまわきわに遺した術が発動したのだ。きっかけはおそらく、果てることを望んだ自分。

 膝を抱え幼子のように泣きじゃくる。しゃくり上げる合間に、何度も師の名を呼んだ。

 泣いて泣いて、春青山しゅんせいざんに朝の霧が立つ頃、自分のものではない泣き声が2つ、庵の外から聞こえてくるのに気付いたのだ。

 懐かしく苦しい思い出に浸りながら、橙華は座したまま眠りについた。




 青空の下、桃糸とうし紫鏡しきょうは敷物の上に次々と並べられていく品々から、目が離せなくなっていた。

 弟子たちの瞳がきらきらと輝いているのを見て、橙華じょうかも笑みが溢れる。

 数ヶ月に一度、春青山しゅんせいざんには各国を巡る行商人が訪れる。

 仙の作るまじないの札や薬と交換に、生活必需品などを置いていってくれる。

 そして弟子たちは、日頃の手伝いのご褒美として、ひとつずつ好きな物を選んでよいという約束を師を交わしていた。

「んー、どうしよう」

 紫鏡は見たことのない品々を前に考え込んでしまった。桃糸もあれやこれやと触っては戻すを繰り返している。

「やっぱりこれにする!」

 そう言って紫鏡が手に取ったのは、紫色の石がついた髪留めだった。

 緩く結んでいた髪紐をほどき、新しい髪留めできゅっとまとめ直す。

 ちらりと後ろを振り返ると、こちらの様子を窺っていた橙華に視線を送った。

 微笑んで頷いた師を見て、紫鏡は満足そうに笑う。

「おじさん、これなにー」

 桃糸が行商人に示したのは、木で出来た飾り物だった。雫の形をしていて、表面には梅だろうか、花の透かし彫りが施されている。

 行商人は手に取ると、桃糸の耳元で振ってみせた。ころん、と柔らかい独特の音がする。

「木で作られた鈴だよ、珍しいだろう。翠木国すいきこくのものだ。魔除けのお守りになるそうだが」

 苦笑して「坊主には必要ないな」と敷き布に戻した。

「でもこれ可愛い。良い匂いするし」

 握れば手に隠れてしまう大きさの木鈴を、桃糸はちょんと指でつつく。

「ここにいて魔除けのお守りなんている?」

「まぁ、いらないんだけどさ」

 まじないや術を生業なりわいとする仙のもとにいて、他者の作った魔除けを持つ必要などない。

「でもほんとに可愛いじゃん」

 桃糸は木鈴を自分の顔の横に持ってきて、橙華を振り返る。にやりと笑い「僕みたいに可愛いでしょ」とのたまわった。

 橙華は思わず吹き出しけらけらと笑う。

「いやほんといい加減にして」

「はは。じゃあ可愛い坊主はそれでいいんだな」

「うん」

 桃糸は紫鏡が使わなくなった髪紐をもらい、木鈴の先に開いていた穴に通す。そして自分の腰帯に結びつけると、その場でぴょんと飛び跳ねた。

 動きに合わせてころんころんと音がする。

「ほら、可愛い!」

「よかったね、桃糸。素敵な迷子鈴よ」

 完全に呆れた様子の紫鏡の言葉にむっとしたが、橙華が楽しそうに笑っていたのでまぁいいかと落ち着く。

「じゃあそろそろ行くよ。今回もありがとうございました」

 行商人は荷物をまとめながら橙華に会釈する。

「橙華様、途中まで送ってきてもいいですか?」

 山の外の話が聞ける機会はそう多くない。桃糸の気持ちもわかるので、橙華は頷いてやる。

「途中まで、ですよ」

「はい!」

 ではまた、と挨拶をして、行商人は庵を離れた。

 桃糸は子犬のようにまとわりつきながら、楽しそうにあれこれと話しかけている。

「大丈夫ですか?桃糸のことだから、勢い余って麓まで行っちゃいそう」

「そうですね」

 橙華は笑い、ぴゅうと口笛を吹く。白い鳩が一羽降りてきて、肩にとまった。

「桃糸についておいてください。山を降りてしまうことのないように」

 鳩はぱっと飛び上がり、真っ直ぐに桃糸の後を追った。

「……本当に迷子防止の鈴になりそうね」



 山での生活が嫌なわけではない。

 質素な食事も毎日の雑務や勉強もすっかり慣れている。他を知らないから、比較のしようもない。

 時折訪れる客人からの話は、娯楽の少ない自分たちにとって最高の贅沢品だ。

「全員の目が見えないのにどうやって暮らしてるの?」

「それがこの国の凄いところでな」

 知らない国の様子に興味津々で聞き耳を立てていた桃糸とうしの肩に、突然白い鳩が降りてくる。

 行商人はとても驚いていたが、桃糸はすぐに理解した。

「あー、僕はここまでみたい」

「そうか?じゃあ話の続きはまた今度だな」

「うん、ありがとう、楽しみにしてる。道中、気を付けてね」

 行商人は桃糸の頭を撫でて、背を向けた。

 荷物を背負った姿が見えなくなるまで見送り、ひとつ息をつく。

 くるりと向きを変え、桃糸はもと来た道を戻り始めた。

 山の中を歩く時はなるべくあちこちに視線を向けるようにしいる。変化に気付けるように、と橙華じょうかに言われて行ってきたことだが、今ではすっかり習慣になった。

 きょろきょろしながら歩く桃糸の視界に、いつもとは違うものが映る。

「あれ」

 手の平に乗る程度の小さな兎が、茂みの下にうずくまっていた。

「お前、どうした」

 声をかけながらしゃがみ、そっと背を撫でる。

 一瞬嫌がる素振りを見せたが、それきり動こうとしない。

 怪我をしている様子もなく、なぜ蹲っているのか桃糸ではわからなかった。

「大丈夫か?親は?」

 周囲にはこの子兎以外見当たらない。

 両手で包むように持ち上げると微かな温もりと、とことこと鼓動が伝わってきた。だが明らかに弱い。

 鳩を遣いにだして橙華を待つ間、もつだろうか。それとも庵まで連れ帰った方が早いか。

 どうするべきか悩む間にも子兎の鼓動は小さくなり、間隔も開いていく。

 どうすればいい。自分に何ができる。

 ふと顔を上げた先に、蒲公英たんぽぽの花が咲いていた。

 まだ花開いたばかりのようで、真っ直ぐ天を向く花は美しく葉も瑞々しい。

(力を注いであげれば)

 桃糸は子兎を左手に乗せ、右手で蒲公英の花に触れる。深く息を吐き、目を閉じた。

 自分の内側を流れる魔力を辿る。その先、左側にある子兎の微かな力を探り、捕まえた。

 そして右側に感じる、咲いたばかりの輝かしい力を掴む。

 右から左へ。自分を通路にして、その力が流れて行くように意識を集中させた。

「……っ」

 途端に激しい抵抗感を受ける。

 それは熱く冷たく、眩しく暗かった。離してしまいそうになるのを必死に握りしめ、再度意識を集中させる。

 全く意に添わないその大きな力は、まるで嵐のようだ。

「駄目だ……!」

 右から入ってきた嵐は、留まることなく左側から抜けていく。

 留めなくてはいけない。出来なければ、子兎はこのまま死んでしまう。

 そこにれと、動くなと命じても、流れが止まらない。

 このままではいけない、と桃糸が焦り始めた時、自分の内側の深いところで、何かがもぞりと動くのを感じた。

 不思議と余裕が生まれ、自分の内にある感覚を探る。

 それは熱く冷たく、ちょうど今、自分が橋渡しをしているのと同じ力だった。

(あぁ、そうか。これは)

 熱く冷たく、眩しく暗い。全ての生き物が等しく持つ、最も大きな力だ。

(これは、生命いのちだ)

 桃糸が理解した瞬間、嵐が止んだ。

 穏やかなそよ風となり、滞ることなく右から左へ流れていく。

(留まれ……!)

 左手に感じていた鼓動は、今やはっきりと伝わってきた。



 紫鏡しきょうは自室で本を読んでいたが、よくわからない胸騒ぎを感じて落ち着かなくなっていた。

 ぱたんと本を閉じそわそわと立ち上がる。

 胸騒ぎというか、なんというか。初めての感覚で、自分でもうまく言葉にできない。

 いてもたってもいられず、とにかく師に相談してみようと思った時、がちゃんという食器の割れる音が聞こえた。

 部屋を飛び出し、慌てて師のもとに向かう。

「先生、大丈夫ですか!?」

 師は自室で立ち尽くしていた。足元には粉々になった湯のみがある。

「先生?」

 橙華じょうかの視線は宙を見据え、「桃糸……」と呟いた声は震えていた。


(続)






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