第9話
家に帰ると母がいつも通りに夕食の支度をしている。ずっと見続けている光景だ。ただいま。おかえり。これも同じだ。
しかし今日は少しだけ私のただいまが違っていたのだろうか、母が振り向いて問いかけてくる。
「京、あなた今日何か学校でいいことでもあったの?」
「無いよー。いつも通り」
「そう、気のせいかしら」
親というものはすごいものである。しかし今日の私の心の中が昨日と違うことは何と無く自分でも感じていた。少し浮ついた心を抑えるために鞄の中のものを取り出し本当なら図書館で勉強するはずだった化学の問題種を机の上にセットする。相変わらずというか自分でも机の上だけはまっさらだ。本棚は漫画や雑誌が凸凹に締まっているし、制服も脱いだらシワにならない様に一応は気を遣いながらハンガーにかけるがそのハンガーを吊るすクローゼットは冬物も夏物も関係なく押し込まれている。幸いにも私はそれほど服や鞄には興味が無かったので持っている数が少ないのでまだ散らかった感は少ない(と自分では思っているが母はいつも片づける様に促してくる)と思っておりその服などに対する物欲が無かったことには感謝しなければと時々、思うことがある。と言っても汚いことには変わりは無い。これだけは紛れも無い事実だ。さて気を取り直して勉強するか。と思った矢先にリビングから母の声が聞こえてくる。
「京!お風呂沸いたからご飯の前にさっさと入っちゃって!」
一度入れた気合いをゼロに戻し少しばかり苛立ちながら返事をする。
「はーい。すぐ入るからちょっとだけ待って」
机の上の問題集をすぐにでも始められる様にセットして部屋を出る。するとちょうど父は仕事から帰宅したようだ。いつもより早めの帰宅だが相変わらず疲れた顔で帰ってくる。
「お帰りなさい」
「ただいま、今から風呂か?」
「うん、先に入る?」
「いや、先に京が入りなさい。父さんは少し着替えと片付けをしてからゆっくり入るよ」
「りょーかい」
友達の中には父親の後に入るなんて絶対ごめんと言う子やお湯を張り直す子もいると言うが私は特に何も感じない。自分の父が働いているおかげで私は学校にも通えている。この服も母が今、用意している夕食も父の苦労の証だ。そう言った意味では私は両親には感謝している。けれどそんないい子でいることがさせられているのでは無く自然となっていることにたまに他の子と比べて不安になる時がある。私は本当にこれでいいのだろうか。思春期とやらはいつ来るのだろうか。それとも来ないのか。私はみんなより劣っているのだろうか。そんなことを考えながら湯船に浸かる。
さっきまでのちょっといいことはそれでシャンプーの泡の様に排水溝へ流れていってしまった。
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