⑥Chapter.4


「賀上が人を殺した?」

 堂安から話を聞いた白瀬は眉をひそめた。堂安も呆れたように言う。

「あの人の行動原理は不明だ。気まぐれで破滅的、なにもわからない。でも恩義があるのは確かだ。だから悪いな、白瀬慶介」

 指が引き金にかかる。次の瞬間、銃が白瀬灯也の頭蓋を撃ち抜く。同時に、鵜飼が銃を抜き堂安を撃った。倒れる堂安。白瀬は灯也に駆け寄った。

「父さん!」

 鵜飼は〈リック〉で応援を求めるが、ノイズが激しく声が拾えない。

「父さん、しっかりして!」

 頭からだらだらと血が流れ、灯也は目を覚まさない。

「父さん!」

 白瀬は必死に呼びかけ続けた。


 ***


 東青山病院の安全が確認されていないため、白瀬灯也と堂安は別の病院へと緊急車両で移された。手術室の前で祈るように手を合わせ、白瀬は存在するのかもわからない神に縋った。

 父さんをまだ連れていかないでください。どうか……。

 父の無事を祈れば祈るほど、白瀬智也への憎悪が膨れ上がる。もし目の前に彼がいるなら、なぜこんなことをするんだと怒鳴り散らしたかった。

 手術が終わり、医師がこちらに歩いてくる。弾かれるように冷たいソファから立ち上がり、父は、と訊ねた。

「一命はとりとめましたが、いつ危篤になってもおかしくはない状態です」

「そう、ですか……」

 全身から力が抜けていく感覚に襲われる。父さんにまた会えると思うと、涙が出てきそうだった。

 隣にいた鵜飼が訊ねた。

「堂安は?」

「意識が回復しました。こちらは問題ないでしょう。あと警察に話があると言っています」

「わかりました。彼を警察病院に運ぶのでそこで話を聞きます」

 鵜飼がこちらを向く。

「君は休んだ方がいい」

「いや、平気だ。早く賀上を見つけないと」

「意地を張るな。大人しく休め」

「平気だって言ってるだろ!」

 思わず大きな声が出る。鵜飼が何も言わず肩をすくめた。それを見て現実に引き戻された白瀬は息を吐く。

「ごめん……」

「謝らなくていい。休め。いいな」

 白瀬は小さく頷き、病棟を後にした。

 残った鵜飼は堂安から話を聞くため警察病院に向かった。要塞のような造りをした巨大な建物の中に入り、堂安がいる部屋に向かう。廊下には塔乃たちの姿があった。

「白瀬は休ませた?」

 塔乃が訊く。

「ええ。話したがっていましたが、無理やり返させました」

「それで正解だ。親父を殺しかけた相手に冷静に取り調べなんてできねえだろ」と玖島。

「でも、命が助かってよかったね」

 宇野が安堵の笑みを浮かべる。

 塔乃が病室のドアを開けると、堂安がベッドに横になっていた。鵜飼に撃たれた右肩には白い包帯を巻いている。堂安は俯いていて表情が良く見えないが、こちらを確認すると薄く微笑んだのが見えた。

 他人の命を危険にさらしておいて、よく笑う。

 鵜飼は内心の怒りを鎮めながら、塔乃の後ろに立つ。

「あなたが堂安さん? 警察に何か言いたいことがあるそうね」

「あなたが塔乃さんですか? 〈Spider〉から聞いています。賀上さんを追っている刑事の一人だって」

「そうよ」

「賀上さんはあなたたちと話したがっています。興味があるみたいです」

「興味?」

「〈ホルス《Xors》〉はご存じですか? 明日、賀上がそこであなたたちと会いたいと。そう伝えるように指示されました」

 〈ホルス〉とは大手企業が運営する世界最大の仮想空間だ。

「他には何か?」

 堂安は首を横に振る。

「白瀬慶介を連れてくるようにと」

「そう」

 塔乃は腕を組み、病室から立ち去った。

「宇野、〈ホルス〉について知っていることは?」

 サイバー空間のことはこの中では宇野が詳しい。

「はい。〈ホルス〉は世間に普及している一般的なギアを使ったVRで楽しむための仮想空間です。一日当たりのユーザーは十億人を超える世界最大規模の仮想現実で、足がつきにくいことから、犯罪組織もVR上での薬物取引などに利用しています」

「もしも〈ホルス〉に賀上が現れた場合、逆探知できる?」

「相手側に〈Spider〉がいることを考えると、確率は下がります」

 悔しそうだが、宇野は素直に〈Spider〉の力量を認めているようだった。

「わかった。他の班にも掛け合って、準備を万全に整える」

「白瀬には?」

 鵜飼が問うと、塔乃は一瞬だけ言葉を詰まらせた。

「正直に話して連れてくる。彼の方から来たがるでしょうけど」

「じゃあ、僕が伝えます」

 鵜飼が言うと、塔乃は頷いて許可を出した。

 電話一本で済ましてもよかったが、鵜飼は白瀬の顔を見ておきたかった。彼の家の場所も知っていたので、迷惑だろうかと思いつつもマンションのインターフォンを押した。

「鵜飼?」

 カメラに映っているだろう自分を見て、白瀬は驚いた声をあげる。鵜飼は手土産代わりの和菓子を見せる。

「羊羹は好きか?」

 白瀬の家は相変わらず生活感らしきものがない。綺麗好きというより、極端に物が少ないせいかもしれない。がらんとした部屋には新品同様のラグが引かれていて、ソファに座るように言われる。

「捜査に何か進展は?」

 出てきた紅茶に口をつけながら、鵜飼は答えた。

「明日、賀上が〈ホルス〉で君と話をしたいそうだ」

「〈ホルス〉ってVRの?」

「そう。逆探知のために宇野さんあたりが頑張ってくれるだろうけれど、望み薄らしい」

「あっちには〈Spider〉がいるからな……」

 紅茶に羊羹は合わないないので、土産を洋菓子にすればよかったと鵜飼は思う。

「賀上はどうして君に拘るんだろう……」

 実の父親を殺めてしまおうとするほどの残虐性を持ちながら、なぜ弟は殺さないのか。それどころか自分の居場所を晒すかもしれないリスクをとるのか、鵜飼には理解できなかった。

「俺と賀上だけが〈レプリカ〉だからだよ。たぶん同族意識みたいなのがあるんだ」

 なんてことなさそうに白瀬が言う。

「君と賀上は同族なんかじゃない。真反対じゃないか」

 鵜飼が怒ったように言うと、白瀬は軽く笑う。

「ありがとう、鵜飼。でもそれは本当のことだ。俺の気持ちが俺にしかわからないように、俺たちの気持ちも、たぶん、俺たちにしかわからない。犯罪者でも警察官でも、そこだけは変わらないんだ」

 でも、だからこそ、と白瀬は続ける。

「こんなことはもう終わりにしたいんだ」

「終わらせるさ、僕たちが」

 あえて当然のような口ぶりで鵜飼が言うと、白瀬は頼もしいなと言って薄く笑った。

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