②Chapter.4

「大変だったな」

 緊張して警視庁義体犯罪捜査課に来た白瀬は正直拍子抜けしてしまった。それほどまでに玖島と宇野の反応はシンプルだった。

「お前も苦労があったらしいが、それはそれ。仕事は仕事だ」

 玖島はそういいつつ、〈リック〉でニュースを見ている。

「驚きもしたし、研究に対しての嫌悪感はあるけど、僕らは白瀬くんのことは今の白瀬くんしか知らないし、白瀬くんは何も悪くないしね」

 宇野はそういっていつものように優しく笑う。変わらないその光景に少し泣き出しそうになる。そこでふと気づいた。

「塔乃さんは?」

 いるはずの奥の席は不在で、彼女が置いている小さなサボテンも荷物もない。

「辞めたんだ」と鵜飼。

「え!? どうして!?」

「ちょっとピットの件で無茶をして、責任を取って辞職したんだよ。軍人にでもなるって言ってたが、どうしてるのかねえ」

 案外、南の島でバカンスでもしてるのかもな、と玖島が笑う。

「俺のせい、ですか……?」

 宇野が首を横に振る。

「自分で決めたことだから、そうしたんだと思う。塔乃さんは真っ直ぐな人だから」

「そんなわけで今日からここは俺の班。玖島班だ。班長なんて柄じゃないが、給料分は働くさ」

 部屋の明かりが消え、スクリーンが降りてくる。映し出されたのはイラストだった。都内の大通りでパレードをしている絵だ。玖島が説明を始める。

「これは明後日に行われる義体科学五輪凱旋パレードのイメージだ。既に大勢の警察官が警備にあたり、一ヵ月前から不審物がないかなどの監視を行っている。そこに当日、俺たちも駆り出されることになった。そうといっても、特定の場所を警備するのではなく、万が一に備えて警察車両の中で待機するだけだが」

 義体科学五輪は義体を身に着けた人間のみが参加できる国際スポーツ大会である。今年はアメリカで行われ、日本は十個の金メダルを獲得した。

「世間はピットの件でまだ怯えてる。あれはシステムトラブルってことになっているが、未だにこちらは〈Spider〉のことは尻尾もつかめていない」

 白瀬は既に警察に〈Spider〉と賀上の繋がりについて話している。だが、二人とも雲のように掴めない存在で、捜査の手掛かりとなることはなかった。


 ***


 梁島は賀上から与えられた資金で〈区内〉のマンションのワンフロアを買い切り、仲間たちと寝食を共にしていた。その仲間の中でも特に信頼を寄せていたのは堂安どうあん三鶴みつるという若い男だった。鋭いつり目を長い前髪で隠している男で、へらへらと笑う。けれど頭は切れるし、今回の計画にも大きくかかわっているメンバーの一人だ。

「堂安」

 梁島が談話室代わりの九〇八号室のソファでくつろいでいる彼に声をかける。ヘッドフォンで音楽を聴いていたらしい堂安はそれをとり、顔をあげた。

「梁島さん。どうしたんすか?」

「いや、何かと任せて悪かったと思ってな」

「やめてくださいよ。俺たちみんな、梁島さんの革命に惚れてついてきたんですから」

 朗らかに堂安が微笑んだ。

 革命。

 そう、この徹底して〈区外〉を排除しようとする社会を我々は変えなければならない。決意を新たに、梁島は頷いた。

「ありがとう、みんな」


 ***


 パレード当日は生憎の曇天だった。雨が降っていないだけ運が良かったと思うべきか、難しいところだ。

 車内のパネルには監視カメラの映像が逐一流れてくる。それを監視するのも白瀬たちの仕事だ。さすがにパレードの参加者、道路で行きかう人々すべてに金属探知機をかけるわけにもいかないので、こうして目視で危険人物を探したり、AIを活用して危険物にマークをしていくしかない。

 黙り続けて三十分。何事もなくパレードは進行している。そのときだった。

「あの男、変じゃないですか?」

 鵜飼が担当しているパネルに手をやる。指さした先にいるのは目深にキャップをかぶった男だった。きょろきょろと辺りを見回すと、前方の女性の鞄の中に手を突っ込み、アクセサリーらしきものを盗む。女性はそれに気づかず、パレードに夢中だ。

「スリですね」と宇野。

「行ってきてもいいでよね?」

 鵜飼が訊ねると、無言で玖島が頷く。鵜飼の後に白瀬も続いた。

 歩いて近づいたが、警察官に追いかけられていることに気がついたのか、男が急に走り出す。

「待て!」

 足だけが義体の鵜飼よりも、全身義体の白瀬の方が軽量で足も速い。男は機械化されていないただの一般人らしく、すぐに追いついた。肩を掴み、なおも逃げようとするので仕方なく押し倒す。

「女性から物を盗んだだろ。見てたぞ」

 観念するように男は手にしていた高価そうなアクセサリーを離した。

「すみません……」

 そのときだった。空気が震えるような微かな音がした。何かとても嫌なことが起きている雰囲気。いや、起こったという感覚。

 ──ドンッ!

 けたたましい爆発音がして、付近の建物のガラスが震えて割れた。

「伏せて!」

 鵜飼が周囲の人々へそう叫んだ。白瀬は押し倒した犯人が怪我をしないよう咄嗟に覆いかぶさる。砂塵が舞い、ガラスが降り注ぐ。何が起きているかわからない狂乱。誰もが恐怖を怯えている。

「落ち着いて! 大丈夫です!」

 他の班の警察官だろう。声が聞こえる。ようやく視界が開けてきた。そうして見えたのは信じられない光景だった。

「…………」

 霞が関に建っているビルの高層階が煌々と燃えていた。嘘のように白い煙が立ち上り、天へと続く。あのビルは、たしか……。

 第三次世界大戦後、終戦を記念し建てられた新・国会議事堂。

『聞こえるか?』

 玖島からの着信だ。スリ師を付近の警察官に預け、白瀬が応答する。

「はい」

『お前たちは避難誘導に当たれ。ルートは頭に入っているな』

「問題ありません」

 鵜飼が返事をして、通信を切る。

「二手に分かれて誘導だ」

「わかった」

 白瀬は怪我人がいないか注意しながら、安全な場所まで人々を誘導する。国会議事堂から離れていたこともあり、ガラスで皮膚を軽く切っている人はいたが、歩けないような重傷者は見当たらなかった。しばらくして人がいなくなり、またビルの方を見る。炎はまだ鎮火しておらず、それどころか延焼しているように思えた。

『着信』

 玖島だろうかと思い、白瀬はスワイプして応答する。

『白瀬慶介だな』

 流れてきたのは男女とも取れない機械音声だった。

「〈Spider〉……。またお前の……いや、賀上の仕業か」

 嫌な予感はしていた。ただそれが当たってしまったというだけで。

米原よねはら総理を殺害した。我々は〈復讐〉を果たす』

「復讐?」

「この世界に対して、この不平等で不幸で曖昧でゆるやかな世界へ弾丸を送る。お前は賀上さんの弟であり、唯一賀上さんと同じ〈レプリカ〉だ。こちら側へと至るチャンスをやろう」

「……俺がのるとでも?」

 馬鹿にするな、と白瀬が言う。

「賀上は必ず俺が捕まえる」

「どうやって?」

 〈Spider〉はこちらを嘲笑う。そしてそのまま通話が切れた。


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