④Chapter.3

「おいおい、マジか……」

 玖島が呟き、塔乃が車の陰に隠れたまま二人組に問う。

「なんの真似かしら?」

 あくまでも素知らぬ振りで塔乃が訊くと、銃を構えながら長髪の男が答える。

「警察が盗みとはな。驚いたよ」

「存在しないものは盗めないわ」

「戯言はいい。データを消去して立ち去れ。美人を殺すのは主義に反する」

「あら、それはどうもありがとう」

 塔乃が目と手で指示を出す。出された指示は二人組を鵜飼と玖島で制圧、最も厄介だろう空を自由に飛び回るドローンは宇野と塔乃で落とすというものだった。鵜飼たちは了承のサインを返し、一気に二人組の前に躍り出た。

 はじめに全身義体の玖島がより体躯の大きな長髪の男を相手取った。おそらく長髪の男も玖島と同じ全身義体だろう。そうとなると勝負は五分だ。

 長髪の男はにたりと肉食獣めいた笑みを浮かべ、玖島の銃撃をさらりとかわす。そのまま玖島は長髪の男の間合いに入る。腕を振りかぶり、銃撃を交わすときに左に揺れた身体を狙って脇腹に殴りかかる。強烈な打撃を受け、男はふらりと倒れそうになるが、軸足でそれをこらえる。そうかと思うと、長髪の男は右拳を叩き込んできた。初撃が交わされることを想定していなかった玖島は驚きながらも、右拳を顔面すれすれというところで自身の左手を使って受け止める。

 一方、鵜飼は顎ひげを生やした男に接敵する。顎ひげの男も背が高く体格も良く、おそらくは全身義体だ。義足と義眼だけの鵜飼では分が悪いが、それに文句を言うような鵜飼ではない。

 上等──!

 自身の体の小ささを生かし、しなやかに相手が繰り出す掌底を潜り抜けるようにしてかわす。そうかと思うと左脚を振りかぶり、相手の腹部に叩き込む。相手に腹筋で防御させる隙を与えず、ボディブローが決まる。相手が屈みこみ床に伏せる。すぐに立ち上がろうとするので、義足の左脚でもう一度、腹部に膝蹴りを加える。標的は完全沈黙。この程度で全身義体の人間が死ぬはずがないので意識を失ったのだろう。鵜飼は携帯している手錠をかけ、相手を拘束する。そのときだった。

「伏せて!」

 宇野の声がした。何が起きているのかの確認もせず、宇野の言葉を信じて鵜飼は身を低くする。途端に、銃弾が鵜飼の立っていたすぐ後ろの壁にめり込む。射線を辿るとドローンが浮いているのが見えた。

 塔乃が銃を構えてドローンのプロペラ部分を狙うが、ドローンは鮮やかにそれをかわす。

「どうして一企業がこんな恐ろしいものを持ってるんだ……!」

 警備員の男と肉薄しながらも余裕があるのか玖島が愚痴をこぼす。

「玖島はそのターゲットに集中しなさい!」

 塔乃の叱責が飛ぶ。〈リック〉でドローンへのハッキングを試みているらしい宇野が呟く。

「これはフタバ軍事会社のドローンです。日本軍が利用しているものと同型。マツリカ社は国からの要請で仕事を受けていますし、そういった繋がりからドローンが配備されているんじゃないでしょうか」

「そうまでして守りたい、ファイルQってなんなんです?」

 玖島が、華麗な回し蹴りで長髪の男の意識を落とし、塔乃の方を向いた。残るはドローン二基だ。

「軽い銃撃じゃ埒が明かない」

 ドローンは自動照準でこちらを見つけると、すぐさま銃弾を発射した。各々は他の車の影に隠れてやり過ごしつつ、銃でドローンの脆そうな部分を狙う。だがどの銃弾もドローンに搭載されているAIにより正確に軌道を読まれ交わされてしまう。

「あれを使うしかなさそうね」

 そういうと塔乃は乗っていた車から大仰な箱を取り出した。ロックを開き、中を開けると入っていたのは対戦車用と思わしきRPGだった。

「なんでそんなもん、持ってるんですか!?」

 思わずという風に玖島が突っ込む。

「備えあれば患いなしでしょ?」

 淡々と言いながら塔乃はRPG弾をセットしていく。

「ですがそこまで騒ぎを大きくすれば、後々問題になります」

 鵜飼が苦言を呈すると、どうということもないように塔乃が薄く微笑んだ。

「それなら平気よ。私、辞表を出したの。ここで起こる全責任を負って、私はこの仕事から降りる」

「嘘でしょ!?」

 ことさら反応したのは玖島だった。塔乃と玖島はこの班の中で一番長い付き合いだと聞く。

「今更ここで嘘なんてつかないわ。本気よ。このまま白瀬を見殺しにするのも目覚めが悪いし、仕事にも飽きてきていたしね。中間管理職なんて柄じゃなかったわ」

 RPGのセッティングを終えて、塔乃は耳を塞ぐための耳当てをつけると、肩にRPGを担ぎ、深く息を吸う。ドローンのAIが物陰に隠れていたRPGを確認し、逃げの一手を投じる。しかし既に遅かった。

 獣の咆哮のような轟きが地下駐車場に反響し、RPGが発射される。ドローンは落下し、衝撃で駐車場に止められていた高級車たちが軒並み炎の中に閉じ込められる。

「地上へ!」

 煙が充満し始めた地下から逃げ去るように、四人は拘束した男たちを運び地上へたどり着く。

「たしかにこれはクビが飛ぶだけのことですね」

 呆れたように玖島が言う。塔乃はめずらしく笑っていた。


 ***


 ピットが時速百十キロに達したとき、きしむレールの音が聞こえ、さすがに白瀬は肝を冷やした。乗客たちもびくびくと怯えている。

「いつまで続くのかしら……」

 残り時間は十五分。鵜飼たちが解決してくれることを祈ることしかできない。そのとき白瀬の〈リック〉が鳴った。鵜飼からだろうかと思い、開くと、非通知の着信だった。不審に思いつつもイヤホンをつけて電話に出る。

「もしもし」

「白瀬慶介だな」

 男女のどちらともいえない機械音声が流れてくる。

「私は〈Spider〉。私が何者なのかはもう上司の塔乃美紅から聞いているかな?」

「要件から話したらどうだ?」

 〈Spider〉、ウィザード級のクラッカーだ。ならば白瀬のIDを知ることなど容易いのかもしれない。

「たった今、ファイルQが流出した。まもなく、全国民がそのファイルの全容を知ることになるだろう」

「そんなことをしてあんたに何の得があるんだ? 俺に恨みでもあるならまだしも」

「恨み? まさかあなたは賀上さんの弟だ。殺したりはしたくなかった」

 突然、〈Spider〉の口から賀上の名前が出てきて、白瀬は面を喰らった。

「どうして賀上のことを──!」

「私は賀上さんに育ててもらったも同然だ。私は賀上さんの手先となって動く。私の行動は全て賀上さんに繋がっていると考えてくれて構わない」

「これも賀上が仕組んだことだって言いたいのか?」

「その通りだ」

「賀上の狙いは何だ!?」

「……」

 機械音声は何も答えず、すぐに通話は切れた。


 ***


 粉塵の中から這い出た鵜飼たちは、地下から地上に出た。加速しているピットが徐々に低速になり、停まっていくのが見える。鵜飼はほっと息を吐く。

「止まったようね」

 塔乃が自身の肩についた汚れを手で払いながら言う。

「白瀬くん、無事かな……」と宇野。

「タフな奴だ。大丈夫だろ。で、塔乃さん、さっきの件だけど」

 玖島の言葉に、塔乃は首を横に振る。

「何も聞かないで。後悔もない」

「そーすか。ならいいです」

 淡白に玖島が言う。鵜飼は塔乃が班長になったとき、すぐに玖島を招集したと聞いた。二人の絆は特別なものなのだ。そんな絆の一部をこのやり取りの中で鵜飼は見た気がした。

「〈Spider〉が欲しがっていた情報って何だったんでしょう?」

 宇野が言いながら自身の〈リック〉を動かす。新着のニュースが入っている。

〈マツリカ義体製造会社、非倫理的研究を〉

 非倫理的……。

 四人がそれぞれ、自分のデバイスを動かし、言葉を失った。たしかにその情報は世界を変えるものだった。


 〈ファイルQ〉

 この実験は白瀬灯也とうやを中心に行われた。白瀬灯也博士はクローン細胞研究の分野と義体研究の分野で活躍する研究者である。しかし二〇三五年前、博士は長男と次男を病で亡くした。そのことから博士は、今まで研究を重ねていたある計画を実行に移した。自分の息子たちと同じDNAを持つ臓器、血液、頭脳を生み出し、全身義体でそれぞれのパーツをつなぎ合わせるという計画だ。その計画、過程を以下、〈ファイルQ〉で記録する。

 ファイルQは国際クローン倫理委員会の規定に反する行為であり、当社の極秘事項である。

 被検体Q、は人工母胎で育てられ二〇三九年にほぼ成人に近い状態で〈出産〉された。翌年、被検体Rを〈出産〉した。

 被検体は三か月で言語を獲得し、一年でほぼ大人の人間として振舞えるようになった。被検体QとRの情操教育は強い希望により白瀬博士が行った。

 懸念すべき点はそこである。博士がQとRを、亡くなった自分の息子たちの名前で呼んでいることだ。QとRも自己をそう認識している。これは由々しき問題である。

 二〇四一年、被検体Qが逃走。行方が知れない。

 同年、被検体R、通信制にて大学課程を修了。Rは心身ともに問題なく〈人間〉らしく振舞うことができる極めて優れた〈レプリカ〉である。

 二〇四五年、被検体R、警視庁入庁。警視庁高官より、QがRを探しているという情報を得る。こちらとしてもQを手に入れたい。Rは良い餌になるかもしれない。Rも入庁を快諾。警視庁義体犯罪捜査課へ入れる。


「レプリカ……」

 思い出されるのはどこか不自然な白瀬の空っぽの部屋だった。いや、彼は本当の意味で白瀬慶介ではないのかもしれない。なぜなら白瀬灯也博士の息子は既に死んでいるのだから。

「これがファイルQの中身だって言うんですか? 白瀬くんが、白瀬くんではない……?」

 宇野が誰に言うでもなくそう呟いた。


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