⑤Chapter.2


 白瀬の家にいた四人のもとに一斉に着信が鳴った。確認すると男が寧を乗せて首都高速を走っているという情報だった。

「ここから近いな」

 宇野が言った。

「行きましょう!」

 鵜飼が一番始めに家から飛び出し、車に乗り込んだ。パトランプをつけて現場へと急行する。宇野と玖島の乗った車、塔乃が運転する車の二台が鵜飼の運転する車の後に続く。首都高速に入るとパトカーの群れが目に入った。先頭にいる水色の普通自動車が問題の車だろう。

 普通自動車は百キロ近い速さで車と車の間を縫っていく。端末から塔乃の声が響いた。

『この先の出入り口は封鎖され、まもなく一般車が消える。そこであの車を停めるわ』

 冷たいが圧のある言葉に、鵜飼は緊張感を高める。やがて目的のポイントを通り過ぎ、一般車がいなくなった。AIが運転する無人のパトカーが前に行き、犯人を乗せた自動車の前方を遮る。徐々にスピードを落としていくと、犯人は観念したのが車を停めた。鵜飼たちも車を停め、銃を抜いてその車に向けた。

 車から男が降りてくる。その手には襟首を掴まれた寧がいた。犯人に武器を所持している様子はない。

「その子を離せ!」

 鵜飼が叫ぶと、男は苦笑し、寧を解放した。寧がこちらに向けて駆けてくる。けれどなぜか二度も男の方を振り向いた。

「寧さん、怪我は?」

 鵜飼が彼女を車の中に隠しながら確認する。寧は首をふるふると横にする。

「ない」

「よかった。白瀬は?」

「別の人に連れていかれたのを見ました」

 別の人? 仲間に連れていかれたということだろうか。

「大人しく投降しろ!」

 玖島の声が聞こえ、鵜飼は現実に戻される。今は男の逮捕が先だ。男の方を見るが、彼は両手を挙げず、自らのシャツを脱ぐようにめくった。

「なっ」

「あれは……!」

 玖島と宇野が言葉を失う。それも無理もないことだった。男の腹のあたりにはダイナマイトが巻かれていたのだ。

「馬鹿な真似はやめろ」

 犯人に一番近い距離にいた鵜飼は銃のトリガーに指をかける。けれどここからでは距離が遠く、確実に腕に命中するかはわからない。男はダイナマイトを爆破させるためのライターを持ちながら、〈リック〉を軽く操作した。

「義体差別主義者に告ぐ」

 どうやらオンラインでどこかに発信しているらしい。

「俺の名前は水樹尚。松江昴の孫娘を誘拐したテロリストだ。俺は今から死ぬ。だがその前に、言い残すことがある。お前らはクズだ。どうしようもないクズどもだ。義体差別をする奴は全員地獄に落ちろ。よく聴け。この世界では今もどこかで戦争が起きて、義体になっている人間がいる。いいか、人間だ。人間の境界? ふざけんな。俺たちは人間だ。生まれてから一度も死んじゃいない。人間なんだ。体が機械に包まれたからって、その魂まで奪われちゃいない。俺たちは、──人間だ」

 導火線にライターの火が近づく。鵜飼は当たれと願いながら、トリガーを引き発砲する。一瞬の静寂を切り裂いたのは発砲音と、男のうめき声だった。肩を撃ち抜かれた男は痛みに耐えられず出血した部分を手で押さえる。ライターが地面に落ち、鵜飼は男に向かって駆け出した。そのとき後方から声がした。

「死んじゃダメ!!」

 ドアを開けて、寧が外に出てきていた。鵜飼が男を取り押さえ、慌てて宇野が寧を安全な場所へと離そうとする。宇野に抱かれながら寧はなおも叫んだ。

「絶対ダメー!!」

 その声を聴いた男はまるで天からさす光を見つめるように茫然とし、それから一筋の涙を流した。鵜飼は男の体からダイナマイトを外し、両腕に手錠をかける。

「連れ去った刑事はどうした?」

 男は呟くような小さな声で言った。

「連れていかれた」

 要領を得ない返答に鵜飼は苛立つ。

「誰に?」

「……賀上さんだ」


 ***


 がたがたとリズミカルに身体が揺れる、白瀬はようやく目を覚ました。体は拘束され、口には太い縄を挟まれている。どうやらスポーツカーの座席にいるようだ。運転席に誰かがいる。銀色のピアスと黒い髪が見えた瞬間、白瀬の背がさっと冷えた。

「久しぶりだな、慶介」

 ──賀上。

 白瀬はなんとか自分の拘束を解こうと暴れた。しかし暴れれば暴れるほど、賀上を喜ばせるばかりだった。賀上は玩具で遊ぶ子犬を見るように、楽し気に笑う。

「まあまあ、そう喜ぶな。積もる話がたくさんあるのはわかったよ。でもまさか警察官になってるなんて思いもしなかったな。もしかして俺を見つけるためになったのか? だったら正解だ。俺みたいな奴を見つけるには警察になるのが一番早い」

 ふざけるな。

 しかし縄の隙間から出るのは白瀬の大きなうめき声だけだ。

「なあ、慶介。生まれた頃みたいにゲームをしようか。今から俺が起こすバカ騒ぎを、お前が止められたらお前の勝ちだ。おうおう。怒るな。俺が何をしたいのかさっぱりわかんないんだろう? でもそんなの昔から同じだよ。俺に理由なんてない。生きているのに理由がないのと同じ。お前もだろ、慶介。俺たちは兄弟だ。同じなんだよ」

 同じ。

 そう言われ、白瀬は一瞬、拘束を解こうとするのをやめた。その通りだと思ってしまったからだ。けれど、心の隙をつかれては賀上の思うつぼであると、すぐさま思考を切り替える。

 車が停まると、そこは人気のない倉庫だった。あたりは既に暗く、海の音が聞こえる。白瀬はその地面に蹴り落とされた。

「夜の見回りで作業員がお前を見つけてくれるはずだから心配するな。じゃあな、慶介」

 待て!

 そう叫びたかったが、相変わらず言葉にならない。

 どうしてだ。どうしてこんなことをする。意味がない? ふざけるのも大概にしろ。

 様々な感情が胸の中に去来し、頭がいかれそうだった。

 それでも白瀬は動くことができない。

 真夜中の暗い倉庫の前で、白瀬は去っていく車に向かって叫び続けた。

 どうしてと、叫んだ。

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