④Chapter.1


「突然、暴れだして、めっちゃ怖かった」

「人間じゃなかったよね」

「てか全身義体って知らなかったし」

「なんで隠してたんだろう」

「でも言わないってひどくない? もしも暴走して危ない目に遭うの私達じゃん」

 高校での聞き込みに行った宇野と玖島は女子高生たちの弾丸のような話し声を聞いていた。授業後の教室に残っていた女子数名をつかまえて、話を聞くまでは良かったのだが、出てくるのは有益な情報というよりも逢野への不安と不満だった。

 どうして全身義体であることを黙っていたのか? 

 そんなの答えは決まっているだろうと、玖島は内心で奥歯を噛み締める。

 心ない差別だ。

 たしかに義体所有者の犯罪率は高く、近年問題になっている。義体イコール悪の図式が社会で形成されつつあるのは大きな問題だ。義体はぱっと見てそれとわかるものは少ない。社会の中に溶け込んでいる。けれど社会の目は甘くはない。戦場帰りのサイボーグ。もはや人間とは呼べない、機械の体。そんな風に思われるのが嫌で、逢野は周囲に自分が全身義体であることを伝えなかったのだろう。

「じゃあ、最近、逢野さくらさんに何か変わったことはなかった?」

 人当たりの良い笑顔で宇野が訊ねる。どんなときでも笑顔でいられるのが、宇野の長所だ。

「別に。いつも通りだったよ。あ、でも彼氏ができたのかも」

「彼氏?」

 女子高生が〈リック〉をいじりながら気のない返事をする。

「うん。なんか連絡を取り合ってるっぽい人がいたから、誰って聞いたら、『幼馴染』って。でも、絶対彼氏だよ」

「ふーん……。そうか。ありがとう」

「ねえ、刑事さん。さくら、学校に戻ってくるの?」

 訊ねてきた少女の瞳は不安げだった。また暴れられたらと思っているのだろう。

「わからない。すべては彼女自身が決めることだ。けど、もし今回の件が片付いて、安全が保障されて、彼女もここに戻ってきたいというのなら、君たちで居場所を守ってあげてね」

 宇野は相変わらず優等生らしい正解を口にした。だが、女子高生の反応はいまいちである。当然だろう。あちらが期待していた言葉は『もうここには来ないよ』だったのだから。

 教室を後にして、駐車場へ戻る。車のドアを閉めるなり、運転席の宇野は特保のマークが描かれているお茶を、ごきゅごきゅと音を立てて一気飲みした。

「なんだよ」

 彼らしくない豪胆なふるまいだ。宇野はいつもお茶をちみちみと、それはそれは女子のように飲むのだ。

「腹が立ったんですよ。彼女たちの話を聞きましたか? 自分の友達が苦しんでいるかもしれないのに、あんな言い方ないじゃないですか」

「お前が怒ることじゃないだろ」

 なだめるように玖島が言う。すると宇野がめずらしく怖くもない顔で睨み返してきた。

「それは僕が義体じゃないからですか?」

「…………」

 宇野の身体はすべてナチュラルボーン。生まれたときのままだ。それは義体犯罪捜査課の刑事にしてはめずらしい。事実、玖島も徴兵制で義体兵となったため、その身体は全身義体である。

「たしかに僕は義体じゃないですが、義体の友人だって同僚だっています。義体だってだけで、からかわれたり、疎外されたら誰だって怒りますよ」

「誰だって、ねえ」

 玖島が笑う。宇野は押し黙り、何も言い返さなかった。自分がどれだけ優等生なのか、宇野自身はよくわかっているからだろう。だがその真っ直ぐな純真さに確かに救われている人間はいる。たとえば仕事場の同僚とかだ。


 ***


 病院からの帰り道、車内は無言だった。

 何か会話をした方がいいだろうか。世間話とか?

 ハンドルを握りながら、白瀬は鵜飼に問いかける。

「あー、えっと……。あのさあ、鵜飼はどこが義体なんだ?」

 義体犯罪捜査課の刑事は大半が義体所有者だと聞く。この手の話題は同じ班の仲間として知っておいて損はないだろう。年代的に、鵜飼が第三次世界大戦に徴兵されたとは考えにくい。それならば消去法で彼が障碍者であったと考えるべきだろう。

「足と瞳だ。小さい頃に怪我をして、そのまま義体所有者になった。そういう君は?」

「俺はその……」

「自分から人のプライベートを聞いておいて、答えないつもりか?」

 鵜飼は窓の外を見ながら言う。答えても答えなくともよさそうな雰囲気というか、こちらにあまり興味がなさそうな返答だった。それが逆に癪に障り白瀬は答える。

「全身義体だよ」

「へえ。逢野さくらと同じか。どうして?」

「二十歳のときに事故に遭って、それからずっと全身義体で生活してる」

「そう」

 興味がなさそうな返答だ。ふと、白瀬は思ってみたことを聞いてみた。

「っていうか、どうして本名を隠してるんだ。帰化している移民なんて、いまどき珍しくないだろう?」

 窓を見ていた鵜飼が、ぎろりとこちらを睨んだ。どうやら地雷を踏んでしまったらしい。

「ヒンシェルウッドという名前に聞き覚えは?」

「ごめん。俺、色々とちょっと世間の話題に疎くて……」

 知らないのかと、鵜飼は一瞬拍子抜けしたような顔になる。それから背もたれに背中を預け、抑揚のない声で言う。

「僕はニューヨークの生まれで、家族は第三次世界大戦の後、戦勝国の日本に帰化した。実業家の一家で金も伝手もあったから、こっちでの生活は移民とは思えないほど贅沢だった。けど、レスリー・ヒンシェルウッド、僕の父親が事件を起こした」

「事件?」

「僕の父親は総勢五人の少年少女を誘拐、数か月間、閉じ込めたうえで殺害し、その肉や骨を所有地の森に埋めていた異常者サイコだった。三年間、僕はそのことを知らないまま、父と共に過ごしていた。でも、ある日、母が父親の行動に気づき、無理心中を図って、二人とも死んだ。こうして事件が世の明るみになり、ヒンシェルウッドというめずらしい名字がネットやニュースで出回った。だから偽名を使ってる」

 壮絶な過去を聞いた白瀬はそれでもこう質問せずにはいられなかった。

「でも、だったら名前を変えれば……」

 通称名として長く遣っている名前ならば改名は許可されやすいと聞いたことがある。それでも鵜飼は首を横に振る。

「たしかにヒンシェルウッドにはもう愛着も愛情もない。余計な混乱や噂を招くから、仕事は鵜飼で通しているけど、殺された五人を忘れないためにも本名だけは変えたくない」

 律儀な奴だと素直に白瀬はそう思ったし、彼のことを立派だとも感じた。

「そんなことより、気づいているか?」

 鵜飼が話題をふと変えた。白瀬は頷く。

「ああ、コンビニに入ろう」

 何気なく白瀬はハンドルを切り、付近のコンビニに車を停めた。コーヒーを買ってくると車内の鵜飼に言いコンビニに入る。雑誌を手に取る振りをしながら、窓の外から道路を見た。

 の 4183

 先ほどからこの車をつけている黒い車のナンバーだ。

 何者だ?

 コーヒーを二つ買って車内に戻る。鵜飼がお礼も言わず仏頂面で受け取った。

「ナンバーは?」

「『の』の4183」

 〈リック〉を動かし、鵜飼は警視庁のアーカイブで検索を始める。ヒットした項目を見ながら、鵜飼が呟いた。

「これは……」


 ***


 逢野は病院の特別治療室の中で目を覚ました。麻酔が切れたのだ。コンコンとドアを叩く音がして、白衣を着た医師が入ってくる。その横にいるのは警察官だろうか。警棒と銃を身に着けているのが見える。

 銃。

 体がぞくりと冷えていく。逢野の体は全身義体だが、専用の弾丸で撃たれれば銃弾は鋼を穿ち、体内を弾き飛ばす。あれに撃たれれば命はない。

 医師が注射器を持ちこちらに近づく。きっと麻酔だ。あれを再び刺されたら、またしばらく動けなくなるかもしれない。

 ──やるしかない。

 逢野は上体をあげて、さっと立ち上がり、ベットを蹴り上げて空中で一回転をした。着地点は警察官の男の頭の上。義体の足で蹴られた警察官は頭が痛むのか、うめき声をあげ床に伏せる。その隙をついて、逢野は警察官から拳銃を奪った。

「動かないで!」

 医師が腰を抜かして床に転がる。警察官はしまったという表情でこちらを見た。

「追いかけてこないでよね」

 そう言い残し逢野は特別治療室から出ていった。廊下を走り、病院の外に出る。既に辺りは夜で、自分はパジャマ姿だった。

 どうしよう。

 私、銃なんて……。

 手先が恐怖で震える。だが、もうやるしかない。

 駅に向かって走り出す。ふとビルの煌めく電子広告を見上げるとそれは義体製造会社が提供している恵まれない子供たちへの寄付を訴えかけるものだった。

 〈第三次世界大戦で負った傷をみんなで癒そう〉

「なにが、みんなよ」

 震える声で、それでも逢野は心の中で拳を上げる。

「あんた達になんて、絶対に負けないんだから」

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