07話.[後悔すればいい]
時間がきたから解散となった、というかそうするしかなかった。
残りは同じ、でも、テスト週間なのもあったから集中してやることに。
俺が今井を優先してくれればいいと言ったのが逆効果だったのか? 結局、その後も好きだとか言ってしまったから足を引っ張ったのか。
「後輩君」
「あ、先程はありがとうございました」
「ううん、結局逆効果になっちゃったかもしれないから」
好きな人を優先して俺といないようにしたのは唯だ。
なのに俺ともとなんて言ってしまったら今井側からすれば面白くもないことだろう。下手をしたら唯が責められかねない、それだけはあってはならないことだった。
「先輩、唯といてあげてください」
「あれ、先輩ってつけなくていいの?」
「あ、唯先輩といてあげてください、お願いします」
俺は気になっていたことを解消できそうだから勉強に集中しないと。もう教えられなければできない人間ではない、今井だって唯だって驚かせてみせる。
で、ある程度のところまで頑張ってと動いていたときのこと。
「広……」
扉を開けたら唯がいて、馬鹿みたいにうわぁ!? と叫びそうになった。
でも、もう高校1年生で男なんだからしっかりしておかなければならない。
とりあえずそれきり無言で不気味だから家の中に入ってもらうことにした、女子中学生を夜に家に入れるよりは問題もないから大丈夫、なはずだ。
「ほい、唯は甘いコーヒーが好きだろ?」
「うん、ありがと」
敬語はあくまで外で装ったときだけのもの、いまはふたりきりなんだから遠慮する必要もない。
「あ、電話……」
「俺は部屋に行ってるからな」
すぐに出ないということは今井からの可能性が高い、そうとなれば聞かれたくなんかないだろうからと勉強道具を持って部屋に退散だ。
「もしもし?」
「広か? いまから行ってもいいか?」
「別にいいけど、あ、食べさせたりしないからな?」
作ってすらないからどうしようもない。
あと、一切気にせずにご飯作りに励むことなんてできないのだ。流石にそれはな、いまだって滅茶苦茶困惑していてどうしようもないんだからさ。
「そんなのはいい、唯のことで話があってな」
「それならいましてくれ、唯本人が家にいるんだよ」
できれば早く知りたい、わざわざ来てもらうと礼をしなければならなくなるからこの方が良かった。
「今井が唯に怒ってた、さっき見たんだ」
「外でか? というか、それは俺のせいだ」
先輩は俺のために協力してくれたんだから責められるべき対象じゃない、俊や葵に探ってもらうようにすれば良かったのに近づいた俺が悪いんだ。
「広、終わったよ」
「あ、情報ありがとな、それじゃ」
通話を終わらせて彼女の方を向く、散々自分勝手にやってきたから唯に言ってやれるのはこれだけだ。
「俺のことは気にしなくていいから今井と仲直りしろ」
「……俊に聞いたの?」
「ああ、さっき唯が今井に怒られたって」
にしても怒ったりしたら逆効果だろ。
だって自惚れでもなんでもなく俺を切ったことで気にしていたわけなんだから。
暗い状態のときに怒られたら余計に沈むだけ。
葵とはまた違う唯の笑顔が好きなんだ、それを失くしてくれるなよ馬鹿が。
「昼のは俺が頼んだんだ、あの先輩を責めるのはやめてやってくれ」
「元から責めるつもりはないよ、広にだって同じだよ」
「ならどうして来たんだ?」
彼女は部屋に入ってきて床にゆっくりと座った、それから俺の方を見て中途半端な表情を浮かべる。
「広といたいって言って怒られるってよく分からない」
「俺が唯のことを好きな人間なら今井といてほしくないって言うけどな」
「友達としてだとしても駄目なの?」
「男側からすればそれでも嫌だってことだ、仲が良さそうなら尚更な」
女子側だって気になる異性の側に同性がいたら嫌なはずだ。
だからある程度は分かってあげようとしなければならない。
分かり合おうとしなければ一緒にいることが逆効果になって消滅するだけ、仲良くしたくて一緒にいるのにおかしな話だが……こうなる可能性は0じゃないんだよな。
「私は広といたいよ!」
「じゃあ俺を好きになってくれよ」
そうすれば堂々と真正面から今井とぶつかってやるからさ。
でも、そうじゃないんだよな、そうはなってはくれないんだってことは分かっている。
「なんてな、今井も唯とそれだけ仲良くなりたいということだ、分かってやってくれ」
私達が優しいからいてあげている的なことを言ったじゃないか。もう散々世話になってきたからいいんだ、変なのから解放してやらないとな。
「最後に送らせてくれ」
「……うん」
が、残念ながら斎藤家から川上家までは全然離れていないわけで終わりはすぐにやってくる。
「変なこと気にしないでくれ、俺なら大丈夫だからさ」
いまはテストで上位を狙うという目標もあるから大丈夫。
それが終わったら今度は高校初めての夏休みを精一杯楽しむという目標ができるからいい。
「これまでありがとな」
「……そんなこと言わないでよ」
「と言っても、一緒にいるのはこれで最後だからな、それじゃあな」
そういうのだけはちゃんと言ってから終わりたかったのだ。
そのチャンスを貰えてありがたかった、後はとにかく上手くいくよう願うだけだった。
その後も徹夜とかをせずにバランス良く頑張った、優秀人間である俊やほわほわ女子の葵ともやれたから不安はない。
期末考査もあと1教科というところまできている。
先程から感じているこの全体的なそわそわ感はなんだろうな。
テストが終わったら後は遊べる! 的なものだろうか?
とにかく、最後のを集中してやりきればいい。
問題用紙と答案用紙がわけられて始まった。
解きながら考える。
くそぉ、なんてな、なんて言わなければ良かった。
あそこで強気に出ていれば少しぐらいは芽が出たかもしれないのに、まず間違いなく俺の方が今井よりも唯のことを好きでいるのに。
好きだと言えただけで満足するとか男として負けているのと同じこと。
でも、俺は自分から手放してしまったことになる。
最初で最後のチャンスだった、残念ながら俺は負けたんだ。
「はい終了、後ろから集めてきてー」
テストは問題なく終わったけどなんにもすっきりなんてしない感じ。
「広くんっ、ファミレスに行ってお疲れさま会をしよう!」
「そうだな」
とりあえず夏休みまでの目標を更新しないと。
そうしないと廃人みたいにぼけーっとして過ごすことになる。
だから葵の明るさはいまの俺にとって最高だった。
「お疲れさまー!」
「葵もな、俊も教えてくれてありがとな」
「後輩を助けるのも先輩としての役目だからな」
平気で仲良くしないとか言って切ろうとしたのが俊だけどな、まあせっかくいい感じなんだから文句は言うまい。
今日はドリンクバーだけを頼んでいるので色々と飲んでいくことに。
「お、奇遇だな唯」
「……みんなもここを利用してたんだ」
飲み物を注いで戻ったらまさかの唯&今井が。
しかも最悪なことに相席とかし始めましたよこれ。
しょうがないから葵の隣に座らせてもらうことにした。
俊葵俺、対面に唯と今井という形に。
「葵、ジュース注いできてやるよ」
「あ、それならコーラでお願い」
「了解」
しまった、外側の方が良かったか?
自分から逃げ道を塞いでどうするんだって話だよな。
「広くん狭くない?」
「大丈夫だ、ありがとな」
「へへへ、どういたしましてー」
ああ、本当に葵はいい人間だ。
「斎藤君は意外とこういうのに参加したりするんだね」
「家に早く帰ってもしょうがないですからね、勉強もしなくて済みますし」
「なるほど、僕も少しゆっくりできるからテストが終わって良かったよ」
ちっ、またかよ、完全に元気がないのは俺のせいだよな。
だからってここで帰ると空気が読めない扱いされるし、ジュースだって飲みたいし。
「斎藤君の家に行ってもいい?」
「なにもありませんよ? それでも来たいと言うならいいですけど」
「じゃあ15時になったら行こうか」
いくら謎ムーブをかましてくれようが構わん。
唯のことをちゃんと考えて行動できるということならそれで十分。
それからは先輩達同士で盛り上がっているのを他所にジュースを飲んでた。
あ、もちろん俊に何回も注ぎに行かせんただけどな、しょうがない俺は内側だから。
時間がきたら会計を済ませて俺の家に。
当たり前のように全員付いてきて、当たり前のように飲み物を用意していた。
「ご両親はいないの?」
「いないですね、たまにしか帰ってこないので」
母は滅茶苦茶激務だからなしょうがない。
それにあまり寂しいということもなかった。
何故なら俊や葵がよく利用するからだ。
「唯ちゃんは何度も来たことがあるんでしょ?」
「ですね、俺らは昔から一緒にいるので」
意外にも1番来ているのは俊というね。
平気で切ろうとしたり優しくしてくれたり男心もよく分からんな。
「で、手を繋いであげたんですか?」
「してないよ、あれからテスト勉強をしなければならなかったから出かけてないしね」
「はぁ、積極的なのか消極的なのかよく分からない人ですね」
「君みたいに真っ直ぐ行動できる人間ばかりじゃないんだよ」
嫌味かよこいつ、俺なんか連続で振られたうえに友達としてもいられなくなったんだぞ。
で、頑張って片付けようとしているのにそういうときに限って遭遇するという……。
「唯ちゃんっ、こっちに座ろっ」
「うん」
本当に葵は最高だ、少なくとも悪い空気にはならない。
ただたまになんでそんなにハイテンションでいられるのかと不思議に思うときがあるが。
「広の家はなにもなくてつまらねえなあ、そうだ、今井と唯をかけて勝負しろよ」
「なに言ってるんですか俊先輩」
「おぇ、広に敬語を使われるのってこんなに気持ち悪いんだな……」
俺だって俊になんか敬語を使いたくないわ。
だが、爆弾を投下されると困るんだ、今井に敵視されるのも面倒くさいし。
もう終わったことなんだよ、今井だって勝負から逃げた俺をライバルだとは考えてないはずだ。
「しゃあない、じゃあ俺は帰るかな」
「えー、俊くんが帰るなら帰るっ」
「それなら私も……」
じゃあなんのために来たんだよこいつら……。
あと、どうしてひとりだけ放置していったりするのこいつら。
「帰らないんですか?」
「斎藤君はまだ唯ちゃんのことが好きなの?」
「捨てろって言いたいんですよね、口にしないのでそれだけは勘弁してくれませんか」
いまこれを捨てたら生きる意味が無くなる、冗談抜きで。
それを守り続けて、そして随時目標を更新していくからこそなんとかなるのだ。
「君に好きだと言われてから唯ちゃんが暗くなっちゃったんだよ」
「だからそこを振り向かせようと努力してください」
寧ろ好きになっているのにどうして進展してないんだ?
もうほぼ1ヶ月は経過しようとしているのに何故なのか。
「この前僕は怒ってしまったからさ」
「言いたくなる気持ちは分かりますけど普通は我慢しますよ」
俊だってそう口にして葵と喧嘩になったことがあった。
どれだけそれまで時間を積み重ねていようとあれだ、唯と今井なら尚更そうなる。
でも、それすらも俺が原因なんだよなあと、いちいち言わないけども。
「一緒にいていいからさ、唯ちゃんを明るくしてくれないかな」
「そうしたら好きになってもらえるように行動しますよ俺」
「それは嫌だなぁ……」
「じゃあ自分でしてください、告白でもすればすぐに明るくなりますよ」
葵なんかちょっと俊から褒められたら何度もその話をしてくるんだから。
好きだと言われた際には……それはもう耳が痛くなるぐらいハイテンションでいるだろうな。
唯だって今井という男子を好きになった乙女だ、好きだと言われればきっと変わる。
そうすれば関係を切ったことなどどうでもよくなるだろう。
「妹さんと比べてあなたは嫌いです、唯を奪った人間ですからね」
「奪ったって言うけど、君は振り向いてもらえるようになにかをできたの?」
「できませんでしたよ、そろそろって考えたときにあなたが唯を助けてしまいましたから」
ただただ運動大好き少女だったのにそこからは恋する乙女になった。
正直に言って、そのときからどんどんと可愛くなったと思う。
化粧とかだって薄いけどするようになったしな、単純に俺が馬鹿なだけなのかもだけど。
「……もう期待できないようにしちゃってくださいよ、唯を悲しませなければいいですから」
大切なのは唯の気持ち。
またあの活発的なところを見せてくれたうえに笑ってくれたらもっといい。
今井にしか見せない一面があってもいいから、そのためになら捨てるために頑張るから。
抱え続けるなんて現実的じゃないからな、流石の俺だって進んで傷つきたいわけじゃないし。
「分かった、じゃあ今日、言わせてもらうよ」
「は……そうですか、受け入れてくれるといいですね」
今井は笑みを浮かべて出ていった。
俺は鍵をしっかり閉めて玄関で突っ立つしかできなかった。
「聞いたぞ、今井が昨日告白したんだってな」
「どこからその情報を仕入れてくるんだよ……」
夏休みまでは半日ばかりだから気楽だったのにすぐにそれを壊してくれる、本当に俺といてくれているのは愉快な仲間達だなあ、くそがぁ……。
「じゃあもう付き合い出したんだな」
「ぷっ、ははははっ、選ばれなかった野郎がここにいるぞ!」
「葵にキスしようかな」
「おいっ、したら真剣に張り倒すからな!」
できるわけがないだろ。
正直に言って唯が悲しそうな顔をしているより気になるぞ、自分のせいでそうなったとしたら思わず死にかねない。
「斎藤君、昨日僕はちゃんと言ったよ」
「はいはい、おめでとうございまーす」
さて帰るか、こんなところにいても思わず自分で自分の首を絞めたくなるだけ。
家に帰ったら野良猫を探す旅にでも出るかな、ここら辺は猫がいなさすぎだ。
こういうときはアニマルセラピーっつうの? 癒やされないと精神が死ぬ。
「広っ」
「ん――ぶはぁ!?」
3メートルぐらいぶっ飛ばされて泣きそうになった。
なんで死体撃ちが得意なのかと、俺はなにも悪いことをしていないのに。
「帰ろっ」
「は? 今井先輩はいいんですか?」
「いいのっ、今井くんにもちゃんと言ってあるからっ」
まあいいか、実際に今井に確認してみても問題ないということだったし。
「おめでとうございます」
「敬語はやめてよ、それにおめでとうなんて思ってないでしょ」
「やっとかよって言いたい」
「あははっ、どれだけ付き合ってほしかったのさっ」
足を止めて物凄く久しぶりに唯を睨んだ。
喧嘩したときなんかにはよくこうしたなって内は意外と平和な感じだったが。
「付き合ってほしくなんかなかったよっ、でも、しょうがないことだからな!」
でもまあ、ちゃんと言いたいことは言っておかないとな。
俺はまた言い逃げというやつをして走り出した。
走力では彼女の方が上なのに追いつかれたりすることもなく家に逃げ込む。
「腹減ったからご飯でも作って食べるか」
今日は冷蔵庫内の食材をほぼ使って豪勢な感じにしたいと思う。
めでたいことだからな、本当だったら食べさせたかったがしょうがない。
だからおめでとうという気持ちを込めて作って食べればそれはもう祝ったことと同じこと。
苦しめ、俺に会う度にちくちくと心を痛めておけばいい。
こんなに可愛い後輩の告白を受け入れなかったことを後悔すればいい。
「なんてな、おめでとう」
今日は少し調子に乗ってご飯のときに炭酸を飲むことにした。
敢えて強炭酸のやつを買ってあるから大丈夫だ、少しでもすっきりさせないとな。
夏休み終わりまでの目標が決まった、それはこんな無駄なものを捨てることだ。
写真とかも全部消して、貰った物も焼いて消して、好きだという気持ちも消して。
そこまでやらないと俺は駄目なんだ、極端だと言われてもそれでいい。
だからご飯を食べる前にごみ袋に全部捨ててしまうことにした。
それだけで少し心が軽くなった、作った物を食べたときも美味しくて良かった。
風呂に入ったら更に良くなって、ベッドに寝転んで寝たら捨てられた気がしたのだった。
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