06話.[俺が悪いだけだ]

「今日さ、今井くんに言われたの、広といないでくれって」


 夜、適当にのんびりしていたら唯から電話がかかってきた。

 いきなりな感じではあるが、男側の俺からしたらおかしくはないと思うことだ、気になっている異性の側に中途半端な距離感の男がいたら気になるだろうし。


「だったら俺といるのはやめろ、唯の邪魔をしたいわけじゃないんだよ」

「でもさ、それで昔から一緒にいた友達といるのをやめるっておかしくない?」

「唯が優しかったからいられているだけだろ、好きな人間を優先して動いてくれればいい」


 逆に一緒にいられない方が好きという気持ちを保ちやすい。

 それにらしくない、そんなことを気にせずに自分の気持ちを優先するのが唯だろ。こう言うと自分勝手な人間だと勘違いされてしまうかもしれないが、そうじゃないからな。


「じゃあな、電話しているのだっていい気分はしないだろ、頑張れよ」


 通話を終わらせてひとつ大きな息を吐く。

 そもそもあのとき嫌われていたんだから当然の結果だ。

 俺は俺らしく学校生活を送っていけばいい。

 まだ高校1年だからな、これから楽しいことだって沢山あるだろうから。




 7月になった。

 雨はすっかり降らなくなり、逆に晴ればかりになる月の始まり。

 歩いているだけで汗が出てくるぐらいの暑さと、周りのいつも通り、ハイテンション攻撃をくらって絶妙に気分が良くなかった。いや違う、今度こそ唯といられなくなってずっと気分が沈んでいるのだ。好きな人といられないのは辛いぞ。


「よーっす、俺が来てやったぜっ」

「おう、葵はいいのか?」

「……今日は女友達とばかりいて相手をしてくれないんだ」


 それでもいいよな、一緒にいられるうえにほぼ両想いなんだから。

 いつでも踏み込んで関係を変えることができる、好きな人間を優先して動いてくれればいいとか格好つけて言った人間とは違うのだ。


「もうずっと前からそうだけど、夏服も可愛いなって言ったら怒ってな……」

「ちなみにどこで?」

「教室で大声で」


 教室で大声を出して好きだと言った人間にはなにも言えない。

 まあ、好きなら可愛いとかちゃんと褒めてやることは大切だと思うからあれだ、言うのならふたりきりのときとかにさり気なく伝えてやればいいはず。

 葵は恥ずかしがり屋なところがあるからしょうがない、嬉しくても素直になれないときもあるだろうし、照れ隠しのために友達と話して気を紛らわす的なこともするだろう。


「それより聞いたぞ、唯と今度こそいられなくなったんだってな」

「まあな、流石に今度は凹むわ……」

「お、珍しい反応だな、この前なんか嬉々として嫌われようとしていたのに」


 あれは自分からそれを目指して動いていたから良かったんだ。

 けど、今回のはああ言うしかなかったというか、唯のやつも俺ならそう言ってくれると判断して電話をかけてきたと思うんだ。

 そうでもなければ一緒にいてほしくないと言われた相手に電話なんかしたりしない、自分の判断でそうしてしまったら自分が気にする羽目になるから本人である俺から言質が取りたかったのだと考えていた。

 別に唯は意地悪がしたいわけではないのだ、俺も自分勝手に動いたことがあるぐらいだし責めるつもりもない。ただ自分が偶然遭遇したりなんかした際にちくりと心を痛めないためにしているだけ、しょうがない、自分が傷つかないようにするのが普通だから。


「俊、俺は唯が好きなんだ」

「そんなの言われなくても分かってる」


 この気持ちは簡単には捨てられない。

 でも、向こうにとっては気持ち悪いだろうからあまり口にはしない方がいいだろう。

 こういう人間が悪化するとストーカーとかになるわけだし、言ったところで変わらないし。

 だからいま言ったのは……矛盾しているけどしょうがないと片付けてほしい。


「今日、ファミレスにでも行ってなんか食べようぜ」

「おう、たまにはいいかもな」


 で、放課後になったらファミレスに来た俺達。

 当然のように俊と葵は並んで座り、俺は対面にひとりという悲しい結果になった。

 横を向いても誰もいない、唯がいてくれればダブルデートみたいな形なんだけどな。

 とりあえずこの後ご飯を作る気力はないからドリンクバーとハンバーグセットを注文。

 運ばれてきたそれをゆっくりと食べていた自分ではあったが……。


「俊、葵、これ残りをやるよ、あ、残っているやつはフォークをつけてないから大丈夫だから」

「金は払わないぞ?」

「残す方が問題だ、食べてほしい」


 今度こそ本当に失恋したみたいになって食欲も湧かない。

 それでもどうせ払うのならと色々な味のものを飲んでおくことにした。


「広くん寂しいの?」

「ああ、そうだな」

「私達はいるからねっ」

「はは、ありがとう」


 そもそも頑張る以前の問題なのが辛いところなんだ。

 近づいて来てくれた女子全員他の異性を最初から好きってなんやねん。

 変な勘違いをしなくてもいいから楽なのかもしれないけどさ、ちょっとぐらい期待させてくれても罰は当たらないと思うんだ。ま、唯への気持ちは捨てられないから無意味なことだけども。


「帰るか、俊、これ金」

「おう、葵と先に出ていてくれ」


 あちぃ……唯と違って葵は髪が長いのに大丈夫なのかと不安になってくる。


「葵、ちゃんと水分は摂れよ?」

「え? あ、うん、それは大丈夫だよ」

「葵、広、帰るぞ」

「おう、ありがとな」

「レジ前でひとりひとり出したら不効率だからな」


 先程よりは少しマシな気分で帰っていた俺。


「あ、唯ちゃんっ」

「今井もいるな」


 前からふたりがやって来るのが分かって咄嗟にふたりの後ろに隠れた。

 が、俊はともかく葵は小さいからほとんど壁として役には立ってくれず……。


「ふたりはいつも仲良しだね」


 と、唯が俊達に話しかけている隙に俺はひとり帰路に就くことにした。

 ナイスアシスト、まあただ話しかけたかっただけなんだろうけども。

 夏ということもあって18時半でも全然明るいからな。

 それに自分が言ったことぐらいは守ってやらないといけないし。

 ただ、今井の横で楽しそうにしているのは見たくない。

 でも、しょうがないよな、気になってしまうぐらい格好良く振る舞ったのが今井だしさ。

 俺は所詮ただの後輩、ただの弟的なレベルの人間だから。

 逆にそういう意味で唯と仲良くできている感じの方が想像しても違和感しかなかった。




 テスト週間になった。

 家だとすぐに休みたくなるから学校に残ってやっていくことに決めた。

 とはいえ、今井妹程ではないけど普段からちゃんとやっているからある程度でいい。


「斎藤君」

「なんの用ですか?」


 だから気分も楽だと考えていたのに今井兄が来て台無しになった。

 その後ろには唯もいたが、彼女は教室に入る気はどうやらないようで俯いて立っていた。

 なんかそうされていると今井に屈して従うしかできない人間にしか見えないぞ……。


「内容は違うけどテストで勝負してくれないかな?」


 俺から更になにを取るつもりだよこいつ、そうでなくても気分が沈んでいるんだから勘弁してくれや。


「負けでいいです、勝てるとも思えませんので」


 大体、内容が違うんじゃ公平な勝負とは言えない。

 俺が勝たなければならないのは自分にだ、最近はやる気もあんまりないしな。

 家に帰っても適当に風呂に入って、腹が減ってたら適当に食べて、その後は寝るだけ。

 こんな人間が勝てるわけないだろ、そもそももう敗北を喫しているわけだしな。

 唯を取られた時点で終わってる、負け犬なんだし負け犬と馬鹿にしてくれればいい。


「唯ちゃんに関わることだと言っても君は同じ反応をするの?」

「同じですよ」

「ふぅ、そっか、ならこれ以上言う必要はないね」


 さて、気にしないで続きをやろう。

 幸い、ふたりはどこかに行ってくれたから良かった。

 唯が堂々としていなかったところは気になるが……まあ上手くサポートするだろう。

 俊と葵は友達なんだから頼ればいいしな、敢えて危険な方に足を踏み入れる必要はない。

 意味はない、意味はないが一応上位を目指して頑張ってみるか。

 意外と集中力はある方だし、この教室に俺ひとりというのが最高だった。

 だから20時近くまで真剣にやることができて満足していた。


「腹減った、ちゃんと作って食べないとな」


 倒れていたら授業に集中することもできなくなる。

 睡眠もきちんと取っておかなければ駄目だ、ちゃんと管理しないとな。

 いまはテスト勉強をしなきゃならないという目標があるから唯のことは忘れよう。


「こんばんはー」

「よう」


 知らないままだったらそれこそ一緒に勉強をやろうぜって誘えるんだが。


「広先輩達はテスト週間なんですよね? 一緒にやりませんか?」

「部活は?」

「もう終わりました、そんなに強い部活ではなかったので」

「そうか。あ、でもほら、好きな奴がいるんだろ?」


 3年間やってきても終わりはあっという間だな。

 でも、どこかすっきりしているような感じに見えた。

 そもそも本当の戦いはここだらしな、受験勉強は真面目にやらないと後悔するし。


「それとこれとは別ですよ。それに広先輩はいま、凄く寂しそうなので」

「じゃあ後輩がこんなに可愛いことを言ってくれているし一緒にやってもらうかな」

「はいっ、でもそのかわりにご飯を食べさせてくださいね!」

「分かったよ、送ることもするからさ」


 まだ今井妹の好きな人間を見たわけじゃないから気が楽だった。

 ほら、葵の側にはいつも俊がいるからなんか難しいんだよ。

 荷物を持ってやったりとか、可愛いことを言ってくれているとか、そういうのを安易に発言したりすると俊は遠慮なくぶっ飛ばしてくるからな。

 てか待て。


「20時近くにひとりで出歩くなよ」

「い、今更ですか? もう21時ですけど」


 や、やばいだろこれ、つい19時とかのつもりで接していたけどやばい。

 女子中学生を夜遅くまで家に連れ込んでいたというのは十分社会的に死ねるレベル。

 

「送るから早く帰れっ」

「えー、ご飯はー?」

「今度だっ、早く!」

「わ、分かったので引っ張らないでください!」


 もうなにもかも絵面がやばいぞ。

 前を歩いても後ろを歩いても横を歩いてもやばい奴。


「広先輩って細かいところまで気にしていますよね」

「もう来るなよ、好きな男子君に疑われるぞ」

「そういうところ、いいと思います」


 いいところなのか? 結局優しさに甘えて頼ってしまった奴だがな。


「でも、私はあくまでお友達としているだけですからね?」

「分かってるよ、それじゃあな」


 よし、なんとか頑張れそうだ。




「うーん」


 テスト勉強の方はともかく、俊や葵から聞いた情報で悩んでいた。

 唯がどうやらずっと元気がないようなのだ、だからってなにもできないんだがな。

 でも、気になる気になる気になる気になる気になる。

 ……なので、休み時間を使って偵察に行ってみることにした。

 うーむ、女友達といるときも会話が弾んでいない様子。

 自分の席に座って静かにしていると言えば聞こえはいいが、普段は俯いているような人間ではないんだ。今井兄に苛められているというわけではないだろうし、クラスメイトに嫌われていて傷ついているということもないだろう。

 じゃあなんだ? 逆にあそこまで分かりやすく大胆に動いてくれたんだぞ?


「あれ、君は熱烈な告白をしていた子じゃん」

「しーっ、唯先輩に気づかれたくないんですよ」

「そういえば最近元気ないんだけどさ、君が原因?」

「いえ、寧ろ俺は唯先輩といられてないですよ」


 この名前も知らない女子先輩と話せたのは大きいかもしれない。


「じゃあ、君といられなくなって嫌なのかもね」

「そう……なんですかね」

「よしっ、行こう!」

「え゛」


 しかもそのうえで「唯ー、後輩君が会いたがってたから連れてきたよー」と大声で言ってしまう先輩、事実その通りではあるがこの教室には今井もいるからな……。


「唯!」

「あ……えと……」

「んーむ、教室では話しづらいみたいだねー、それなら空き教室に行こー!」


 お、おいおい、俺の腕と唯の腕を掴んで逃がす気ないぞ。

 流石の今井も突撃して来ることはなかった、無理やり止めるとイメージが良くないしな。


「はい、私は廊下で監視しているから自由に話して」

「先輩も教室内にいてください、そうしないと唯先輩も話しにくいでしょうから」

「ん? 分かった、君がいいならそうするよ」


 後に酷いことになるのは必至だけどいまは作ってくれたこのチャンスを大切にしたい。


「最近はどうしたんですか? 元気がないって聞きましたけど」

「……広には関係ないよ」

「そうですか、それならもっと喜んだらどうです? 今井先輩が来てくれているんですから」


 関係ないけど気になるからこれはしょうがないのだ。

 いや駄目だな、やっぱり今井も連れてくることにしよう。

 これじゃあ唯がこそこそしているみたいに見えるからな。


「いいの? 僕も連れてきて」

「別にこの時間でなにができるというわけではないですからね、今井先輩だって唯先輩といたいでしょう? 気になっているんですから」

「まあ、ありがたいことだけどね、裏で仲良くされると困るんだよ」


 あくまで普通、柔らかい態度でいられるのは強いかも。

 問題なのは好きな人間が来たはずなのに暗い状態の唯。


「先輩、唯先輩のことよろしくお願いします」

「あっ、私っ? 分かった、そもそも友達だから困っているようだったら動くつもりだから」

「はい、ありがとうございます」


 結局、こうして集まったところで意味がないというのがあれなんだよな。


「今井先輩がなにかしたんじゃないですか?」

「僕が? 僕らはあくまで普通に出かけたりしただけなんだけどね」

「分かりました、手を繋がなかったからでは?」

「それは確かにしてないけど……」

「駄目ですよ、気になっているのなら積極的にいかないと」


 そこまで単純というわけではないが好きな人間にそうされたら嬉しいはず、あとは闇雲にでは駄目だけどなにか変化があったらちゃんと褒めるとかな。

 それか単純にイケメンがやれば効果的な荷物を持ってやるとか、俺の場合は効果0だけど。

 引かれない程度にやってみればいいんだ、俺にはあんな真正面からぶつかれるのになにを恐れているのかという話。


「そう言う君は今井君が現れる前になにかできたの?」

「俺のことはいいじゃないですか、唯先輩にとって俺はただの手のかかる後輩でしたから」

「でも、好きだったんでしょ?」

「はい、ずっと昔から」


 残念ながら俺では振り向かせることができなかった。

 が、いま目の前にいる今井は夏祭りのときに少し助けただけで振り向かせてしまった。

 これまで積み上げてきたものはなにも意味なかったんだ、なのに勝負なんかできるかよ。

 なにもかも劣っている人間には縁のないこと、少なくとも唯に関しては手に入らない。


「でも、いいとは割り切っていてもふたりがこんなんじゃ全然すっきりしないんですよ」

「なるほど、けど付き合ったら付き合ったで辛いんじゃない?」

「この中途半端な状態でいられるよりはいいですよ、割り切りやすいですしね」


 この先輩がいてくれて良かった。

 恐らく今井にとっても友達だろうからな。

 それに唯の心配をしてくれるだろうから行く必要もなくなるし。


「違う……」

「なにが違うの?」


 先輩が代わりに聞いてくれた。


「……どうせ私達が付き合ったらもっと辛くなってそれを無自覚に雰囲気に出すだけだよ」


 本人に言われても尚、抱え続けている俺が悪いだけだしな。

 つかあれだ、好きだなんて言うんじゃなかった。

 そうすればもっと今井に集中できていただろうから。

 俺のしたことは呪いみたいなもの、謝ってもどうにもならない。


「唯はさ、どうしたいの?」

「私は……」


 俺が聞くのとは訳が違う。

 微妙な点は俺達もいるということか。


「広……ともいたい」

「そっか、だってさ」

「と言われても、今井先輩が言ったことですからね」


 ともいたいって言われても微妙な気持ちにしかならない。

 今回は暗い顔をしていたから気になって来ただけで、楽しそうにしていれば問題はないのだから。

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