05話.[全部食べるんだ]

「ごめんね……巻き込んじゃって」

「気にしなくていい、葵は俺の味方をしてくれただろ、あれ凄く嬉しかったんだぜ」

「それって俊くんのお家に集まったときのこと?」

「ああ、俺が空気読めない扱いされたときのことだ。それにそれだけじゃない、葵はほわほわな感じで昔から一緒にいてくれただろ、安心できるしこんなにいい人がいてくれるのかっていつも安心できていたからな」


 だからこういうときは頼ってくれればいい。

 や、個人的には早く仲直りして仲を深めてほしいところだが。

 いまはどんなに頑張ってもなにも変わりようがないから微妙な気持ちにもなるのだ。


「明日も学校だし寝ろ、寝たらちゃんと出ていってやるから」

「うん……おやすみなさい」

「おやすみ」


 頭を撫でそうになって慌てて止めた。

 寝にくくならないようにベッドの側面に背を預けて待機。

 唯が悲しそうな顔をしているより気になるから早くあの柔らかい笑みを見せてほしい。

 きっと俺には見えなくて俊にしか見えない笑顔というのもあるのだろうが、それでもいい。

 元気良く「広くんっ」って呼んで近づいてきてくれる優しい彼女に戻ってくれればそれで。


「広くん……?」

「いるよ」

「広くんがいてくれて良かった」

「ありがとよ、葵ぐらいしか言ってくれないからな」


 それが例え表面上だけのものであっても構わない。

 本当に葵はふわふわで天使みたいな存在だな。

 悪口を言わないし、すぐにフォローしようとするし。

 俊にはやっぱり勿体ないわ、嫌いと言われて自分だけ帰ってしまうぐらいだしさ。

 今日こそ本当に隣にいてやらなければならないのは俊だろ。

 勿体ないとは思っていても、葵が本当に好きなのは俊なんだから。


「俊を止められなくて悪かったな、次にこういうことがあったら――ふっ、おやすみ」


 これが最後だと決めて、優しく撫でてからリビングに戻った。

 このことは俊にも内緒だ、言ったら絶対に嫌われるから困る。

 別に実は好きでキスをしたとかじゃないしな、昔もしてきたから大丈夫大丈夫。


「やっぱり言うか」


 葵はこういう嘘をついたりはしない。

 こっちのことを信用してくれている人にまだ続けてもらえるようにしたい。

 あとはあれだ、それでもし俊に嫌われてもふたりの仲が深まるならそれでいい。

 いつまでも考え事をしていないでさっさと寝るか。


「っくしゅ……風邪を引いてくれるなよ俺」


 このタイミングで風邪を引いたら絶対に葵が気にするからな。

 葵が俺の味方をしてくれるように俺も葵のことを考えていていい組み合わせのような気がするんだけどな、残念ながら優しい子はみんなに優しいというパターンだった。




「というわけでさ、頭を撫でちゃったんだよな」

「……いまの俺に言うとか煽りかよ」

「早く仲直りしろ、葵は俊が好きなんだから」


 後になればなるほど謝らなくてもいいかと自分に大甘になるから朝早くに謝罪をした。

 別に特別怒るということはなく、「そうだよな」と言って俊は固まる。

 俺は役目を終えたので、教室に戻って席に張り付いていることにした。

 SHRの時間がやってきて休み時間に、授業に休み時間にという繰り返し。

 昼になったら自分の作った弁当を食べて――はできず、突っ伏して時間をつぶして。

 午後もまた同じこと、授業には今井を真似してちゃんと集中しておいた。


「広ー」

「お、どうした?」


 これから帰るってところで唯がやって来た。

 葵と俊はいま頃仲直りしてより仲を深めていることだろう。


「昨日、葵を泊めたって本当?」

「ああ、俊から任されたからな」


 それよりも報告はしないでくれと頼んでおく。


「まーだ捨てられないの?」

「簡単に捨てられるかよ」

「でも、私は今井くんが好きなんだし、苦しいだけだよ?」

「いいんだよ、それでも俺は唯が好きなんだ」


 どれだけ熱烈にアピールをしてもなにも変わらないということは分かっている。

 けれど好きなんだ、この気持ちを捨てる気はもうない。

 そもそも他人を好きになろうとしてもみんな好きな人間がいて駄目だからだ。


「悪い、嫌なら来てくれなくていいから、俺だって自分から近づいて言ったりはしないよ」


 今井兄が来ていることに気づいていたから任せてひとり帰ることに。

 今井妹も俺が来るなと言ったから来なくなってしまったし、なんだかな。

 結局どれだけいい人でいようとしてもその裏まで見てくれる人間はいない。


「広」

「俊か、葵はどうした?」

「先に俺の家に行ってもらってる、少しいいか?」


 どうせ暇だからと時間つぶしに利用させてもらうことにした。

 まさかこの流れで悪口を言ってはこないだろうから不安はない、仮に悪口をぶつけられても葵と俊の仲が深まるならそれでいいが。


「昨日、お前に任せることしかできなくて情けなかったよ」

「葵の側にいるのは俊じゃなきゃ駄目だった、昨日側にいるのは俊じゃなきゃ駄目だったんだ」

「……嫌いって初めて言われてショックでな、でも、帰った後に凄く後悔したよ」


 これから言いたいことは分かる。


「俺はもう葵と離れない。悪いが俺は葵が好きだ、相手が優しいお前だろうと譲れない!」

「そもそもライバルですらいられてないだろ、不安がらないで葵を支えてやってくれ」


 あんなにいい人が側にいても好きになったのは唯なんだよなあと。

 昔から一緒にいてくれたうえに、葵とはまた違った可愛い笑みを浮かべる人だったから。

 単純な憧れ的なものもあったかもしれない、なにもかも俺より優秀だったからな。


「悪かった、嫉妬して葵に仲良くするなとか言ってしまったから」

「はは、本当なら昨日手を出そうとしていたんだけどな、俊に葵は勿体なさすぎるから」

「ははは、お前の彼女としての方が勿体ねえよ」


 目が笑ってない、少しの冗談ぐらい流してくれればいいものを。

 それにそもそも葵が俺を男として見てないだろ、そうでもなければ泊まったりしない。

 あくまで友達としてのカウントだったから利用してきたというだけだ。


「あー……唯ぃ……」

「残念だな、好きだと言っても変わらないんだから」

「哀れむんじゃない」


 そんな関わった年数が少ない人間ではなくてせめて俊を好きになってくれよ。

 まあそうしたら葵が悲しむ羽目になるかもしれないからあれだけど、夏祭りのときに助けてくれたというだけで気になっているんじゃないよ……。


「ま、次を探すんだな、抱えていても苦しいだけだろ」

「いや、次になんかいけないからな、このまま続けるよ」

「お前Mだな」


 Mでもなんでもいい。

 それにここで捨てられてしまったらそれだけ想いが弱かったというだけだ、少なくとも高校が終わるまでは抱えていたかった。


「あ、広くんと……俊くん」

「家で待ってろって言っただろ?」

「ひとりじゃ嫌だった……」

「分かったから行こう、天気も微妙だからな」


 じゃあ俺は帰らないとな……ぁあ?

 なんか葵に袖を掴まれてとてもじゃないけど帰れる感じじゃないんですが。

 しかもおかしくなったのか、俊もそれにはなにも言うことはせずに歩き続けていた。


「ほらよ」

「あ、ありがとよ」

「葵も」

「……ありがと」


 なんだこの時間、なに当たり前のように家に上げているんだ俊も。

 あと、どうしてこっちの袖が掴まれたままなの? 俊に頼んでぶっ飛ばすため?


「俊、これはどういう状況だ?」

「俺が聞きてえよ、葵がなんか広がいないと嫌だって言うんだ」

「言っておくけど、昨日は本当に頭を撫でた以外にしていないからな?」

「ああ、そこは信じてるよ、嘘をついたってばれたときに面倒くさくなるだけだからな」


 くそ、俊と唯がいなければ俺が振り向かせているところなのに。

 結局これも前座だ、この後になにをするのかは分からないが本命には敵わない。


「悪い、もう帰るからな」

「……昨日はありがとう」

「おう、ありがとうと思うなら俊と仲良くしてくれ、楽しそうにしている葵でいてくれた方が一緒にいられて嬉しいからな」


 もう最後と決めたし、なにより本命が目の前にいるから撫でることはせずに外に出た。

 ああもう本当にいい奴すぎるだろ俺。

 これはご飯も美味しく食べられそうだった。




「こんにちはー」

「よう、久しぶりだな」

「そうですね」


 連絡先を交換しているわけではないから正直に言って困惑しかなかった。

 扉を開けたら滅茶苦茶近くに中学生がいたら驚く、しかも怖いほど満面の笑みだし。


「実はですねっ、好きな子と明日お出かけできることになったんですっ」

「ほう、良かったな」

「はい! お兄ちゃんも唯先輩と少しずつ仲を深めているみたいですし、私もって思いまして」


 俺、今井兄がどんな奴なのか知らないな。

 けど、知らないままでいいよな、知ったら余計に惨めな気持ちになるだけだしな。


「あ、すみません、聞きたくなかったですよね」

「中学生が気を使うな、いいんだよ、同じように楽しんでこい」

「ありがとうございますっ」


 報告して惨めな気持ちにさせたいのではなく友達だと思ってくれているからだろう、こういう大事な情報を教えてくれるというだけでいいのかもしれなかった。

 そうでもなければぼうっとしているだけで3年間がただ終わるだけだっただろうから。


「信用して言ってくれてありがとな」

「広先輩は優しいですから」

「困ったら言ってくれ、できる範囲で手伝ってやるから」

「はい、それなら困ったときに聞いてもらうことにします」


 でも、報告するためにわざわざ来るのはやめてほしい。

 そればかりは煽りのように捉えることもできてしまうからな。

 学校が終わった後に校門のところでこちらを待つのも駄目だし、うん、駄目。

 くそ……唯のためになにかしてやりたい。

 が、唯本人がそれを望んでいないし、俺は壊しかけたから動くと逆効果になる。

 

「あ、そういえば途中で唯先輩を見ましたよ」

「へえ」

「お兄ちゃんといました!」

「ふっ、そうかい」


 現実を毎日突きつけてくれるじゃないか。

 ま、受け入れられないとか言っておきながら動いてなかったら嫌だしな。

 しかも今日はちゃんと日曜日を有効活用してくれているからありがたい。

 なにも特別なことはいらない、好きな人間と楽しそうにやってくれてれば良かった。




「広くんっ、一緒に食べよっ」

「おう」


 わざわざ教室を出る理由ってなんなのだろうか。

 はっ、もしかして悪口を言われているとか? もしそうだったら許さないぞ! と、内で盛り上がっている俺を他所に葵は楽しそうに弁当箱を広げていく。


「はい、あーん!」

「は? いいから俺が作った卵焼きでも食べてくれ」

「ありがとー! え、あーんは?」

「あるわけないだろ……」

「だよねっ、知ってたっ」


 これ誰だよ、いやまあ明るくていいけどよ。

 何故だかやたらハイテンションの彼女の相手をしつつ弁当を食べていく。


「広くんっ、今度一緒にお出かけしよ!」

「それはいいけどどこに行きたいんだ?」

「映画館! 最近流行りのやつ見たいっ」

「ああ、分かった、行きたいときに連絡してくれ」


 なんだなんだ? こんなところを見られたら俊に殺されるぞ。

 いや、見られていた、入り口のところでこっちを睨んできてやがる。

 が、何故か踏み込んではこないまま数秒が経過、その間も葵は楽しそうなまま。


「広くんは優しくて好きだよ!」

「そう言ってくれるのはありがたいけど、本命の相手をしてやってくれ」

「本命? あっ、なんで来てるの!」


 計算というわけではなかったみたいだ。

 気づいた彼女はばんと両手をついて立ち上がる。

 明らかに拗ねているような顔、いちゃいちゃに利用しやがってぇ……。


「俺が好きなのは葵だからだ、葵だって俺が好きだろ?」

「ふんっ、広くんに意地悪する子は嫌いだもんっ」

「ぐはぁ!? てめえこの広っ、この野郎!」

「はい俊くんはだめー!」


 おいおい、不仲になるのだけはやめてくれよ。

 俊は適当な椅子に座るとつまらなさそうな顔でこちらを見てきた。


「……もういいよ、じゃあ広を好きになればいいだろ」

「あ……」

「葵、素直になれ、俺はいいから」

「広くん……」


 弁当箱を片付けて颯爽と去るこの感じ、格好良すぎるだろこれはっ。

 で、その間にもふたりは仲直りをし、いまにもキスしてしまいそうな雰囲気に……的な。


「格好つけたね」

「あれぐらいしてやらないとな」


 年上なのに世話が焼ける、少しは唯を見習った方がいい。


「今日の放課後、今井くんと出かけるんだ」

「そうかい、気をつけろよ」


 しゃあないから教室で残りを食べるか。

 流石にご飯を食べているときとかには聞きたくないから逃げるのもしょうがない。

 結局のところ頑張れしか言えないからな、聞いたところでなんにも意味ないんだ。

 違う、聞きたくないんだ、特に唯と今井兄のことについては。


「待ってよ」

「話なら後にしてくれ」


 自分で自分を守ってやらなければな。

 自己犠牲精神でいられるわけじゃないんだよ、大人じゃないから無茶言わないでほしかった。


「それで? 話ってなんだよ?」

「私への気持ちのことなんだけど」

「気持ち悪いかもしれないけど捨てるのは無理だぞ」

「いや、気持ち悪いなんて思わないよ、ただ……広のことを考えれば捨てろとしかさ……」

「無理だ、傷つくことしかないけどそれでいい、軽い男じゃないんだよ俺は」


 たかがその程度だって舐めてくれるな。

 別に俺からは唯に近づいていないんだから勝手にやらせておいてほしい、どうせ俺も数年でも経てば気持ちを捨てて――結局、どうなるのかは分からないし。


「だから早く今井兄ともっと仲良くなってくれよ、で、付き合ってくれれば俺だって現実をちゃんと見るようになって捨てるんじゃないか」

「じゃあ、そのためにではないけど頑張るよ」

「ああ、頑張れ」


 ちゃんと本心から言えてる。

 いつの間にか精神も成長していたのかもしれない。

 唯は「今井くんのところに行ってくる」と教室を出ていった。

 俺は弁当箱を片付けていつものように窓の外に視線を向ける。

 もう7月になる、初めての期末考査を乗り切れば初めての夏休みが始まるんだ。

 俺はこの平和な学生生活というやつを楽しんでおけばいいと考えて、それ以上はやめたのだった。




 結局、映画には行くことになった。

 仲直りした後だからか、ふたりが滅茶苦茶仲良く見える。

 席も葵からは離され、なんならふたりからも遠ざかることになり、最近流行りの映画も面白くはなく、金を無駄に消費した気分が強くなり、目の前で手を繋いでくれたりなんかしたふたりを見たら帰りたくなったが我慢した。

 逆に意地悪な心で居残ってやろうと決めた自分がいる。


「ほら、アイスがついてるぞ」

「あ、取って」

「おう、取れた」

「ありがとー」


 ふっ、俺のときは指ごと食べてくれたからなと内で張り合っておく。が、そこは流石葵が好きな人間、そのまま自分が食べてしまうというムーブを見せる。

 恥ずかしいからなのか顔を赤くした葵と、なにかやっちゃいました? って顔の俊。

 明らかにデートであり、明らかに俺が邪魔者なのは他のお客でも分かること。

 金を無駄にして、いちゃいちゃを見せてもらうとかおかしいだろ、唯と一生上手くいかないという事実に頭がおかしくなったのかもしれない。


「も、もー、広くんもいるのに……」

「誘ったのは葵だろ、俺はふたりきりが良かったけどな」

「仲間外れにされたら嫌だからしないのっ」

「結局俺らが付き合いだしたらひとりだろ? 唯達だって時間の問題だし」

「ぎ、偽善者かな?」

「こいつは多分なにも気にしていないだろ、ひとりでも多分問題ないだろうよ」


 俺だって仲間外れは嫌だけど口にしないようにしているんだ。

 なにをどう言ったって葵と俊が両思いなことも、唯が今井兄を好いていることも変わらない。

 基本的に言い返す人間でもないから、だからこそ周りだって少しは嫌な気持ちにならずに済んでいるんだと思うんだがな。


「葵は俊と違って優しいな、俊と唯がいなければ俺が狙っていたのに」

「そんな別世界のことを話しても無意味だ、諦めろ」

「葵、嫌なことはちゃんと嫌って言えよ?」

「う、うん、俊くんは優しいから大丈夫だよ」


 はい余計なこと言ったー。

 もう帰ろう、帰って昨日買ったファミリーアイスを全部食べるんだ……。

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