04話.[表面上だけでも]

 唯に嫌われてから既に2週間ぐらいが経過している。

 そうなるとどんどん梅雨の終わりが近づくのでいいことではあるのだが、葵が俺のところに来る度に悲しそうな顔をするから嫌だった。そんな悲しそうな顔をするようなことだったか? 別に葵が嫌われたわけじゃないんだからさと内では考えつつも、大丈夫だと言い続けていた。

 昔だったら頭を撫でて落ち着かせるところたけどいまはそれもできない。

 俊や葵に嫌われるのは理想ではないからだ。


「斎藤先輩」

「おう」


 久しぶりに校門で待っているところを見た。

 今日は雨が降っているわけじゃないから足を止める。


「葵さんから聞きました」

「そうか」

「場所はともかくとして、好きだという気持ちを伝えられるのはすごいことではないでしょうか」

「今井は優しいな。でも、自分勝手だったからな」


 歩きながら話すことに。

 大人しく付いてきたということは俺に用があったのだろうか。

 唯に近づきにくいからとかそういう理由なんだろうけどさ。


「いま優しくするとすぐに勘違いをして告白するぞ」

「斎藤先輩はそんなことしませんよ」


 なにをどう判断してそんなことを言うのか。

 他者から見たら空気が読めない馬鹿野郎で片付けることができてしまうんだぞ。


「あ……」


 しかも最悪なことに唯本人と遭遇するというオチ。

 俺は今井と唯を遠ざけるために利用してひとりだけ逃げることにした。

 話すことなんてなにもない、俺は嫌われ者、ただそれだけのこと。


「待ってくださいっ」

「話さなくていいのか?」

「行ってしまいましたから、それより少しいいですか?」


 歩きながら話そうとしたら袖を掴まれて強制的に止めさせられた。


「なんでこの前、帰ってしまったんですか? 私はあなたと約束したはずですけど」

「俊や唯、葵に教えてもらえて良かっただろ」

「それはそうですけど、あなたに頼んだんですよ?」

「悪かったよ。でも、俺はそういう奴だから諦めてくれ」


 全部無責任なんだ。

 適当に頑張れよって、俺で良ければって答えてる。


「ふたりきりは嫌だったんだ、なんにもないのに下心があるとか思われても面倒くさいからな」

「そんなこと思いません、だって斎藤先輩は優しいだけじゃないですか」

「そういう風に思ってくれるのは嬉しいけどな、場所が困るんだよ」

「それなら私の家――」

「私の家でやればいいよっ」


 な、なんだ急に……。

 あ、なるほどね、信用できない人間だから中学生を守るために行動しているわけか。


「良かったな、ゆ――川上先輩がいてくれれば困ることはないだろ」

「は? それじゃ意味ないじゃんっ」


 いや、なんでそこで止めようとしちゃうんだよ。

 俺が空気を読んでやっているのに全く分からん、女心が分からん。


「勉強を教えるって言ったのなら責任を取りなよ!」

「それだったら、あ、それだったら俺の家のリビングでやった方がマシなのでいいです」


 何故か変なポーズのまま唯は固まってしまったので、


「行くぞ今井」

「は、はいっ」


 意味が分からないから歩きだす。

 顔すら見たくないとすら俊から聞いていたのになんでだよ。

 そういう中途半端なのが1番嫌だから嫌われるためにしたんだろうが。


「じゃあ明日からな、あそこまで迎えに行ってやるからさ」

「大丈夫ですよ」

「駄目だ、今日はいいがいつもは部活あるだろ、夜にひとりは危ないからな」

「わ、分かりました」


 そもそもとして、部活後に異性の家になんか行ってたら問題だよな。

 だからって俺が行くこともできないし、土日とかだけに絞らないと怒られるぞ。


「なあ、部活後に出歩いて大丈夫なのか?」

「はい、それは大丈夫ですよ、友達のお家に行くって言ってあるので」

「異性……とは?」

「言ってないですよ、でも、大丈夫ですから」


 なんか嫌な予感しかしないが唯の言っていたことはもっともなことだ。

 言ったことぐらい守れ、いつでも暇だからと俺は今井に言ってしまったから。

 あ、今井兄に喧嘩を吹っかける感じじゃなくて仲良くなろうとすれば良かった。

 そうすれば唯とだって……いや、もうどうしようもないんだけどさあ。


「斎藤先輩って当たり前のように荷物を持ってくれますよね、誰にでもやっているんですか?」

「唯や母親に荷物を持ってあげるべきだって昔から言われ続けててな、嫌ならしない」

「嫌ではありませんよ、ただ……」

「ただ?」

「人によっては勘違いしてしまうのではないでしょうか」


 それをずっとやってきた相手は他の男子を好きになったうえにこっちを嫌っていますが。

 別に苦でもないし、なんなら今井はこっちに来てくれているぐらいだからな、気にしなくていい。


「自由に使ってくれればいい」

「その割には斎藤先輩、大切なところでどこかに行ってしまいますよね」

「この前は俺なんかいらなかっただろ」

「そんなことないですよ、斎藤先輩にも食べてほしかったです」


 話しかけてこなかったくせにそんなこと言われても信じられない。

 大体、なんで今井は俺に頼んでくるんだよ。

 ひとりぼっちで暇そうだということなら合っているけど、他にも優秀な人間はいっぱいいる。

 それこそ人気そうなんだから同級生の男子君にでも頼れば一発だろうに。


「なにもしてやれてないのに貰えるかよ、今日はもう送るから帰れ」

「どうせこっちに来たんですからやらせてくださいよ、リビングなら問題もないですよね?」

「分かったよ、だからもうちょっと離れてくれ……」


 いまここに葵か俊を召喚したい。

 なんか肉食獣って感じがして怖いのだ。

 なので明日からは強制的に俊か葵を参加させることにした。

 俺は夕食とかを作らなければならないからな、1対1じゃ駄目なんだ。


「ここなんですけど」

「あ、それはさ……こういう風にするんだ」

「分かりませんっ、もっとこっちに来て教えてくださいっ」

「だから、これはこういう風にするんだって」

「なるほど、分かりませんっ」


 おいおいこいつまじかよ、唯って教えるのとか根性とかすごかったんだな。


「やる気がないなら家に帰すぞ」

「ありますよっ、斎藤先輩の教え方が下手なんですっ」


 くっそう、さっきまではいい感じの後輩系女子って感じがしたのに。


「あー、ゆ……川上先輩」

「……広のばか」

「馬鹿でいいから来てくれませんか、今井の学力がやばすぎて」


 今度必ず今井兄とも仲良くなってサポートしてやるからな!


「メリットは?」

「ご、ご飯ぐらいなら作れますけど」

「……分かった、迎えに来て」

「わ、分かりました」


 今井に説明しようとしたら鼻と上唇の間にペンを挟んで調子に乗っていたので手刀を繰り出しておいた、「い、痛いですよっ」と言ってきている彼女にやっておけと口にして外に出る。


「分かりましたって言いましたよね?」

「敬語やめてよ」

「……俺が行くまで待ってろよ」

「いいでしょ、萌々ちゃんを早く帰さないといけないんだから」


 あ、確かにそうだ、やっぱり男の家に夜遅くまでは駄目だろう。

 こういうときに唯がいてくれるのは助かるな。


「今井、ゆ……川上先輩を連れてきたぞ」

「教えてくださいっ、斎藤先輩は教えるの下手くそですから!」

「分かった、一緒にやろ」


 可愛げのないやつだ……しょうがないからなにも言わずにご飯を作るけどさ。

 本当に教え方が上手いのか先程の今井とは全然違った。

 で、ちゃっかり俺が作ったご飯も食べたうえに、俺に送らせるという小悪魔今井。


「ありがとうございましたー」

「……いいやつだと思ったのに残念だ」

「し、信用しているからこその態度ですよ!」

「ま、風邪を引くなよ、おやすみ」

「はいっ、おやすみなさい!」


 何気に付いてきていた唯に声をかけて帰ることに。


「ありがとな、今井も助かっただろうから」

「……この前はごめん」

「は? 謝るなよ、悪いのは全部俺だろ」


 今更謝られたところで困る、だって皮肉みたいなものだしな。

 俺は自分の意思で嫌われようとしたし、好きだと言えたのだからすっきりしているのだ。


「今日は唯の凄さがよく分かったよ、俺のときは本当に頑張ってやってくれていたんだなって」


 俺が何回躓いてもここはこうだよって諦めずに向き合ってくれた。

 それで唯達と同じ学校に入れていいはずだったんだがなあ、逆にもどかしくなっちまった。

 進んで迷惑をかけたいわけじゃなかったんだ、でも、ああしないと落ち着かないから。

 それに最近はちくちく言葉で刺してくることも多かったからな……と内側をごちゃごちゃに。


「川上先輩呼びじゃなくなってるけど……いいの?」

「あ、やめろって言うならやめるから言ってくれ」


 別に内では唯呼びしているから拘ってもいない。


「それより好きって気持ちは本当なの?」

「そういうところでは嘘はつかない」

「ごめん、受け入れられない」

「ああ、言えただけで満足できているからいい」


 何回振られればいいんだか。

 まあいい、唯もどこかすっきりできたような顔をしているからそれで良かった。




「斎藤先輩、ここ分からないんですけど……」

「だからここはこうしてさ」

「こうしてさってどうしてやればいいんですかっ」


 思いきり横に答えを書いても納得してくれない。

 きちんと見ているはずなのに納得してくれない。

 なんでこの子はこうなってしまったのか、可愛いのに勿体ない。


「はぁ、唯先輩は分かりやすく教えてくれるのに……」

「唯は今日兄と会うから無理だって言うからさ」

「俊さんや葵さんが来てくれれば……」

「あのふたりはそれこそふたりきりでいたいだろ」


 駄目だ、俺ではこの子を優秀にさせることはできない。


「悪い、俺では今井の役に立ってやれない」

「……ま、嘘なんですけどね、広先輩に甘えてみたかったんです」

「は?」

「これとか余裕でできますよ、授業をしっかり受けていたら余裕です」


 もう異性って怖いから嫌だ……。

 あまりにも質が悪すぎる、俺では上手く対応できるわけがなかったのだ。


「だめだめ後輩系女子を演じてみました、いえいっ」

「もうやめてくれ、俺の中の今井のイメージを壊したくない」

「そういえばいいやつだなって言ってくれましたよね、分かりました」


 そこからは逆に頼ってと言いたくなるぐらい完璧な今井になってしまった、これでは一緒にいる意味がますますなくなってしまう、なくなってもいいけどさ。


「送るから今日はもう帰れ」

「はーい、流石に調子に乗りすぎましたしね」


 これだったら勘違いしないで済む唯といた方がマシだ。

 というか、甘えてみたかったってどういうことだろうか。

 試しているのか? それですぐに勘違いして手を出そうとしたら通報と。


「あんまり男をからかうなよ、本気にされるぞ」

「広先輩は大丈夫です、いまでも唯先輩に気持ちが向いていますから」


 実際に捨てられていないというのが現状だった。

 あっさり一緒にいられるようになってしまって、いればいるほど駄目になるばかり。


「それに私、学校に好きな子がいるんです」

「じゃあ俺に会うのは駄目だろ」

「いいじゃないですか、広先輩は重く捉え過ぎですよ」


 相手の家に毎日遅くまで行っていたら後に困ることになりそうだからだよ。

 唯もなんでそこが分からないんだろう、男子側のことを考えたらするべきじゃない。

 自分には甘えておきながら裏では他の男子とも仲良くしていたじゃ誠実ではないからな。


「それに勉強ができることが分かったんだしこれからはやめておけ、今井のためを思って言ってるんだ、聞き入れてくれ」

「休日に会うのとかはいいですよね? お昼とかなら」

「まあ、それぐらいならな」

「分かりました、広先輩がせっかく私のことを考えて言ってくれているんですから従います」

「おう、少ない時間だったけど楽しかったぜ」


 きちんと責任を持って最後まで送って、任務を終える。

 家に着いたらいつも通りに過ごして、1番好きな部屋に戻ってきた。


「ん? 唯からか」


 今井兄と今日は上手く楽しめたとかどうでもいいわ。

 なんでそんな酷いことができてしまうのか、いまでも俺は好きなままなのに。

 振られてなにもかも終わりになってくれるはずだったのに、顔を見たくないぐらい嫌いだとか言っていたくせに簡単に話しかけてきて、仲直りすらできてしまった。

 俺はなんだ? 便利屋か? 困ったときに相談をされるだけの人間か? ……狙っていはいなかったが今回も例に漏れず関わった女子、今井は他の人間が好きだったし。

 恐らくこの先も全部期待するだけ無駄な感じで終わるんだろうな。だから期待するなと言われているみたいだ、実際魅力的でもなんでもないし。


「もしもし?」

「いまから行くね!」

「ちょちょ、ちょっと待てっ」




 数分後、少し寂しいリビングに葵がいた。

 慌てているようだったから落ち着かせるために紅茶を淹れて渡して。


「ふぅ、ありがとう」

「おう」


 慌てていたのは正直に言って俺の方。

 葵なんかを暗い中歩かせたら誘拐されるかもしれないからと迎えに行ったのだ。


「……俊くんと喧嘩しちゃったの」

「だからってなんでここに逃げ込んでくるんだ?」

「家にいたくなかった……」

「まあ、ゆっくりしてくれ、風呂に入りたければ入ってもいいし」


 今回は横には座らなかった。

 恐らくこの場合でも俊に責められるのは俺だから。

 それに丁度いい位置に頭があるせいですぐに撫でたくなるんだよな、彼女は頭を撫でるともっとふわっとした表情になるのも大きい。


「横に来て」

「いや、葵が好きなのは俊だからな」

「でも、昔はよく頭を撫でてくれたけど」

「駄目だ、俊が好きならちゃんと他の男とは距離を保つべきだ」

「そっか……」


 もう昔とはなにも違うんだよ。

 ご飯も食べてるし、それでも風呂には行きづらいしで困っていた、だから床に適当に寝転んで葵がすっきりするのを待つことにしたのだが――まあ、そんな簡単にはいかないよなという感じ。


「葵、今日中に仲直りしなければ駄目だぞ」

「今日中っ?」

「いまから俊を呼ぶからな」

「……うん、分かった」


 逃げてたってなにも変わらない。

 ふたりなら喧嘩したままなんてありえないだろう。

 片方にはなんにも希望がない俺じゃないんだから悲観する必要はない。


「……せめて唯の家にしろよ」

「ごめん……広くんはこういうときになにも聞かずに優しくしてくれるから」


 こういうときは無駄に口を挟まずに存在しているのが1番。

 大体、ふたりの関係が良くなるための言葉なんか言ってやれないしな。余計なお世話ってものだろう、俊のプライド的にもするべきじゃない。


「悪かったよ、俺が広になんて優しくしなくていいって言ったからだろ?」


 そんなこと言われてたのかよ……なんでみんな死体撃ちが得意なの?


「だって、仲間外れみたいなのは嫌だもん……自分がされたら嫌って分からないの?」

「俺は上手く片付けるからな、そこの未練たらたらの広とは違う」

「そういうことを言っちゃう俊くんは嫌いっ」

「は…………広、今日のところは任せてもいいか?」

「は!? なに言ってるんだよっ」


 せめて表面上だけでもああで終わらせておけばいいものを、しかも泊めるとか昔なら普通にできたけどいまは無理だろ、違う男の家になんて泊まられたら自分が1番嫌だろうに。


「頼む、葵を頼んだぞ……」


 おい、あっさりと出ていってしまったぞ……。

 防犯のために鍵を閉めて俯いたままの葵の前にしゃがみ込む。


「葵、家に帰りたいか?」


 そうしたら弱くではあったものの首を振られて否定されてしまった。


「じゃあ風呂に入ってこい、まだ溜めたばっかりだから」

「……うん」

「着替えはタオルと一緒に置いておくから」


 利用方法が大幅に変わっているということもないだろうから任せて転んでおく。


「嫌いって言われて帰るぐらいなら合わせろよ、俺のことは嫌いでいいからさ」


 葵に嫌われたらそりゃショックを受けるに決まっているだろうよ。でも、頭もいいはずなのになにをやっているんだってツッコミたくなる。


「広くん」

「待っててくれ、俺も入ってくるから」

「うん」


 これが本当に好きな子で相手もこっちのことを好いていてくれていたら――そんなことを考えても仕方がないから不安にさせないためにささっと入って出ることにした。


「俺はリビングで寝るから葵は部屋で寝てくれ」

「……それでもいいから寝るまでいてほしい」


 頼まれたからある程度は聞いておくことにしよう。

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