03話.[つまらない奴だ]
「よう」
「おはようございます」
この前雨宿りしたところで待っていたら今井がやって来た。
メインはあくまで俊と今井達の勉強会なので出しゃばることはしない。
「あ、荷物持ってやるよ」
「ありがとうございます」
ま、これは別だ、わざわざこっちまで来てもらうんだからな。
それに唯から何度も持つべきだと躾けられているからというのもある。
だから責めるのなら唯を責めてほしい。
「ほーい、お、来たんだな」
「おう、今日は頼むぞ」
「任せておけ、萌々ちゃんも遠慮しないでいいから」
「ありがとうございます、お邪魔します」
唯や葵もいるからべたべた触れられることはないだろう。
中に入ったら俺は本当に端の端でやっていた。
だって机の大きさ的に足りないからしょうがない、床に広げてしておけばいい。
「ちょっと待って、広が可哀想すぎるんだけど」
「俺のことは気にしなくていいから今井に教えてやってくれ」
場所を貸してくれているだけで十分、ふたりきりじゃなくなっただけで最高だ。
唯達のいい点はいやでもと何度も言ってこないことだった。
そういうのもあって俺はひとりでのんびりとできていて幸せで。
「そういえば昼飯ってどうするんだ?」
「私、お金持ってきてないけど」
「私も、お勉強するって俊くんから聞いていただけだから」
ちなみに俺もそう、そもそもこのグループで外食になんて行ったら疲れる。
それに少しでも空気の読めないことをすると唯に言葉で刺されるからな、それは避けたい。
「あの、足りるかどうかは分かりませんけど作ってきました」
「おぉ! 萌々ちゃんナイスっ」
「わざわざ日曜日に集まっていただいているんですからこれぐらい当然ですよ」
「唯にも見習ってほしいがなー」
「あ! 葵にも言いなよそれっ」
じゃあその時間がきたら帰ろう、なにもできていないのにご飯だけ食べさせてもらうなんてことはできない。
普段から家事をしているから尚更そう思う、というか頼まれると思ったんだけどな。
「よし、じゃあ頑張ろうぜ」
「はい、よろしくお願いします」
「「おー!」」
特に学力に不安があるということもない。
母が激務で家事を代わりにやっても時間は沢山あるからだ。
前の説明通り無駄な物を買っていないから大抵は勉強とかをして時間をつぶす。
どうしようもなく集中できないときは寝て過ごすことも多いが、そういう日はあまりない。
「広くん分かる?」
「俺は大丈夫だ、ありがとな」
「分からないところがあったら遠慮なく聞いてね」
俊の相手として葵ってもったないなさすぎるな。
ほわほわした感じで可愛いし、なにより優しいから男子に求められる。けど、俊がいることで告白したらどうなるのかを知っているから動けないわけだ。
とにかく、みんなは楽しそうに勉強をしていた。
意外だったのは今井が何度も聞いていたことだが、やろうとするだけ彼女は偉い。だって教えてもらう側がやる気を見せないとどうしようもないからだ。
気になったのは唯が何故参加したのかということ。
いや、来いと言ったのは自分だけどせっかくの日曜日をいいのか? という気持ちがある。
「なんだいなんだい、見すぎだよ」
「唯はなんで今日来たんだ?」
「は? 行くって言ったら来てくれって言ったじゃん」
「いや、なんで行くって言ってきたんだ? それなら今井兄を誘った方がいいだろ?」
目の前で物凄く大きなため息をつかれてしまう、それからこちらの両肩を掴んで「それとこれとは別なの」と言ってきた。
「広は駄目だな、空気が読めてない」
「本当にね、いっつもこんなんだから困っちゃうよ」
いや、俺が唯を好きでいたときは進んで一緒にいようとしたからという気持ちからだった。
普通は俊みたいに葵みたいな気になる異性とといようとするはずなのにそうしないからだ。
しかも妹を口実に来てとか言えばいいものをそれをしないんだからな、知らないからしょうがないだろうが、俺としては早く決めてほしいんだ。
「私は斎藤先輩がそう言いたくなる気持ち、分かりますよ」
「え、萌々ちゃん?」
意外でもないところから援護の言葉が出た。
今井は優しいな。
すまない、逆に味方をされてるってなんやねん。
これなら約束だろうとなんだろうといない方がマシだった。
「頼んで来てもらっている人間が言うべきではないかもしれませんが日曜日は貴重ですからね、そういうときに好きな人といたいんじゃないのかって考えるのは私も同じですから」
「なるほどな、それは確かに広や萌々ちゃんが言う通りかもしれない」
「私だってこうして俊くんといるしね」
相手が女子なら、相手が可愛いなら、たったそれだけで簡単に言葉が届くということを見せつけられた。
俺だけだったら空気の読めない人間として片付けられて終わるだけだ、これでも一応相手のことを考えて言っているのにって内でしか文句を言えないと思う。
「それに広くんは迷惑がっているとかじゃなくて唯ちゃんのことを考えてあげているからこその発言だと思うよ、あ、いま言うのはちょっとずるいのかもしれないけど……」
「あれ……なんか私が悪いことになってる?」
「そうじゃない、確かに俺がいきなり言ったのが悪かったからな、原因は俺だ、悪かった」
違う、他者を利用して責めたいわけじゃないんだ。
だから俺が悪いということにして片付けてしまうのが1番。
「ま、勉強しようぜ!」
「そう……だね」
そこで微妙な流れを断ち切ってくれた俊には感謝しかない。
それからも4人は楽しそうに勉強をしていた。
そしてとうとうやって来た昼食の時間。
「どこ行くんだ?」
「帰るわ、あとは頼む」
「は? お前……」
「そんな顔をしてくれるなよ、俊達がいれば十分だろ」
飲食店とかならともかく、他人が作った物を食べるのは嫌だった。
だって美味しすぎて脳が求めるようになったら困るだろ?
今井が下手くそというわけじゃないだろうし、もしそうなったら大変なことになるから。
あとはあれ、最初も考えたように貰える権利がないからだ。
約束はちゃんと守った、ふたりきりよりもいい結果だっただろうからそれでいいだろう。
大体、朝以降はなんにも話をしていないからな。
「ただいま」
確かに俊の家から帰ってきたりすると寂しい空間かもしれない。
物が少ないからといってお洒落というわけでもないし、進んで来たいような魅力もない。
でも、俺からすればすっごく落ち着く場所なんだ。
色々な情報で視界を埋め尽くされなくて済むから。
だからなんと言われようと変えるつもりは一切なかった。
「やっぱり空気読めないじゃん」
その日の夜、唯がやって来ていきなりそんなことを言ってきた。
俺が飲み物を準備して手渡したら「ありがと」ってちゃんと礼を言ってきて面白かった。
「敢えてあのタイミングで帰ることないじゃん、萌々ちゃん悲しそうな顔をしてたよ?」
「食べる権利がなかったからな」
「ばか、だからそういう遠慮が駄目なんだって」
寧ろ年上ががっついていたら気持ちが悪いだろう、手料理食べたさにはあはあ息を乱していたら通報されて終わりだ。
「別にいいだろ、あと夜になんか来るなよ」
「なんで、なんかやましいことでもしてたの?」
「違う、危ないし……あれだ、今井兄的に面白くないだろ」
なんで勉強とかちゃんとできるのにそういうところは分からないんだよ。
それに俺は空気が読めない人間なんだろ、そんな人間といようとする方がおかしい。
「今井くんのこと気にしすぎ、広が好きだったりして」
「違う……」
「そんなに怖い顔で否定するのが怪しいなー」
今井兄の方にはいままで接してこなかったがこの調子だとどうにもならない。
ここで思いきり嫌われても効果は半減だ、だったら明日目の前で最低のことを言ってやるか、そうすれば今井兄の方が勝手に動いてくれるようになる。
嫌われてもいい、どうせ付き合えないならその方がいいのだ。
――というわけで翌日、俺は唯の教室に乗り込んだ。
慣れない先輩の教室というのはあるが、まずは今井兄を確認、今日も女子に囲まれていると。
俺は女友達と会話をしていた唯の腕を無理やり掴んで引っ張る――できれば言い合いになる前に気づいて止めてくれれば良かったんだが駄目のようだ。
「ど、どうしたの?」
「唯のことが好きだ! 小学生の頃からずっと好きだ!」
さあ、早く動いてくれ。
一緒にいた女子はきゃーと盛り上がる、唯本人は衝撃が大きいのか固まっているだけ。
そこでやっと今井兄が来てくれた、そして掴んでいた俺の腕を掴んで行動で伝えてくる。
「分かりました、手を離すので離してください」
俺が細い唯の腕から手を離しても離そうとしない今井兄、ついでに話そうともしない。
そのまま教室から連れ出されて、ある程度のところでやっと腕を離された。
「あそこで言うなんて随分大胆なことをするんだね」
「ああ、思い立ったが吉日、という言葉があるじゃないですか」
実際、勝手にすっきりできているんだよな。
好きだと自覚して、なのに好きだとすら言えなかったからな。
あとはもうどうなってもいい、どうせ嫌われるだろうからこれで満足しておけばいい。
「いきなり来てどうしたんですか? もしかして唯先輩のことが好きなんですか?」
「好きだよ、唯ちゃんのことは」
「へえ、じゃあライバルってことになりますね。あ、でも、俺の方が唯先輩とはずっと前からいますから頑張らないと取っちゃいますよ?」
「それを決めるのは唯ちゃんだから」
「そうですね、じゃあ俺は戻ります」
ひやひやしたぜ……まあこれからが1番そうなんだけども。
だから言い逃げをしていた、休み時間になる度に分からないところに逃げていた。
放課後になったら1時間ぐらい時間をつぶしてから教室に戻って更に時間つぶし開始。
さっさと家に帰ってしまった方がいいのは分かっているが、待ち伏せされると困るのだ。
だってどう考えてもありえない、最悪最低、おかしいとか言われるだけだし。
「どこ行ってたんだよ」
「あ、いたのかよ……」
「いちゃ悪いのか?」
「そうは言ってないだろ」
どうせすぐに情報は共有されているはずだ。
で、自由に言うんだろうな、葵だったら絶対にそんなことしないが。
「まさか好きだなんて言うとはな」
「ふたりの仲を進展させるためには必要だからな」
「そのために嘘ついたのか?」
「いや、俺は唯のことが好きだったからな」
嘘をつくわけがないだろ、流石にそこまで屑じゃない。
「好きだった、か」
「おう、中学のときに唯が今井兄を好きになって捨てるしかなかったんだ」
「なんでだよ、頑張れば良かっただろうが」
「邪魔したくなかったんだよ、ま、今回ので終わるから大丈夫だ」
頑張れば葵みたいにいてくれるわけじゃないんだよ。
ましてや俺が相手なら尚更のことだ、それに友達としてじゃなくて優しさでと言ったしな。
俺は本当に親友だと思っていたし好きになったけど、唯にとっては違うんだから。
「いたっ、広くんいたよ!」
……どうせ今日か明日かってだけのことだから逃げることはしない。
大体逃げられないのだ、唯の方が走力が高いからな。
「広」
「おう」
「そういうつもりでいるわけじゃないって言ったよね?」
「おいおい、告白すらさせてもらえないのか?」
「場所ぐらい選んでよ! 広のせいで恥をかいたんだから!」
しょうがない、教室でやらなければ効果が半減してしまうから。
今井兄がいる状態でないと意味がないのだ、どうせ断られるのは決まっていたからな。
「で、返事は?」
「受け入れるわけないでしょっ」
「そうか、残念だ」
「好きどころかこれで嫌いになったよ! ばか!」
よし、これである程度は意識させることができたはずだ。
このことを今井兄に唯が吐いて、それでも取られるかもしれないというリスクがあるからと積極的に行動するようになってくれたら、いいかな。
「馬鹿だなお前」
「そうか? 俺は言えてすっきりしているけどな」
嫌われたから来なくなるのも大きい、好きな異性が側にいるのになにもできないままなんじゃ辛いだけだから。
「広くん……」
「子どもじゃないぞ、唯にやってやってくれ、迷惑をかけてしまったからな」
「うん……」
葵が出ていっても俊は動こうとしなかった。
「いまのは許せよ、葵が優しいだけだからさ」
「別にそのことでいるわけじゃない、なんでこんなことをしたんだ?」
「言ったろ? 今井兄が焦ってくれないと困るんだ、そうしないと捨てきれないんだよ」
「でも、嫌われたんだぞ?」
「俊と葵みたいに一緒にいたってなにかが深まるというわけじゃないからな、それなら嫌われてしまった方がいいと考えて告白したんだよ」
俊には葵を追うように言って俺はのんびりと帰ることにした。
こっちは傷つくどころかすっきりすることができて満足していたのだった。
「どうしたんだよ?」
呼ばれたから行ってみたらクッションに顔を埋めているだけでなにも言わない唯。
「……広はなにか言ってた?」
「別になにも言ってなかったな」
自分からあそこまで拒絶したくせに気にするのか。
でも、教室で好きとか言われなくない気持ちも分かる。
周囲が馬鹿みたいに盛り上がるからだ、自分は関係ないからそんなことができるのだ。
「こういうときは葵とか萌々ちゃんとかを呼ぶんじゃないのか?」
「……俊は共犯みたいなものだし」
「は? あれはあいつが勝手にやったことだぞ」
「知ってるよそんなの……」
自分の好きな人間から嫌いだと言われてすっきりとした顔をした人間を初めて見た。
俺がもし葵からマジトーンで言われたら引きこもるぐらいだぞ。
幸い、そういう風に言われないようにって努力はしているが、どうなるかは分からない。
「もうちょっと優しくしてやっても良かっただろ」
「やだよ……今井くんに勘違いされたくないもん」
「だったら積極的にアピールをしていけばいいだろ、今井は動いてくれたんだろ?」
「うん、腕を掴まれているときに広の腕を掴んで止めてくれた」
敵役とまではいかなくてもそういうことをすることで今井が動くことを狙ったのか。
それで実際その通りになって、理想通り嫌われて、いまも多分普通に時間を過ごしていて。
馬鹿だなあいつは、振り向かせるために行動すれば良かったのに。
少なくとも教室でしていなければいつも通りの感じで振られたと思う。
そこは残念ながら変わらないが、言わないのと言うのでは後の結果が変わってくるのだ。
だが、嫌われてしまったらもう全部悪にしか見えない、もう唯の中で広は……。
って、別にどうでもいいはずなのにな、同性で友達で昔からいるから気になっているのか。
「広なんて嫌いだっ」
「嫌いでも構わないが、いちいち近づいて悪口を言ったりしないであげてくれよ、下手をすると葵が泣くからな」
「しないよ、もう顔も見たくないもんっ」
飛び火してきても嫌だからそこで川上家をあとにした。
広も随分と嫌われたものだな、が、それも全て計算通りだと。
「はい……って、俊かよ」
「いま唯と話してきた」
「そうかい」
やっぱり普通だ、広は顔に出やすいから逆にそれでなにもないと分かる。
適当に入らせてもらって適当に観察をしていたが同じこと。
「やらないからな?」
「いらねえよ」
この前のあれといい、よく分からないところがいっぱいある、わざわざ自分が損する方を選ぶなんておかしいとしか言いようがない。
「嫌いだ、顔を見たくないって言ってたぞ」
「それなら良かった、中途半端が1番嫌だからな」
中途半端が嫌だというのは分かる。
だから俺もそろそろ決めなければならない。
葵にちゃんと告白する、こいつでもできたんだからな。
例えそれが投げやりであったとしても言えたのはすごい。
「本心からの言葉か?」
「当たり前だろ」
「つまらない奴だな」
「面白いなんて思ってもないからな」
変に壊れていくのが嫌だった。
俺らは4人でずっと過ごしてきたのだから。
それが広のせいで終わりつつある、いや、終わったのか?
「寄越せ」
「はぁ、皿を持ってくるから待ってろ」
近い内に必ず仲直りしてもらう。
それが表面上だけのものであってもいい。
それだけは譲ることはできなかった。
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