08話.[終わるのは嫌だ]
夏休みが始まった。
「あちぃ、お前もちょっと出た方がいいぞ」
「やだよ、なんで進んで汗をかかなきゃいけないんだ」
当たり前のように単身で乗り込んでくる俊。
せめて天使みたいな葵も連れてきてくれよ、キスとか言ったから警戒しているのか?
「ん? なんだその袋」
「これか? 唯から貰った物とか写真とか全部捨てるつもりなんだよ」
「燃えるごみの日はもう過ぎただろ」
「寝坊して出せなかった……」
だってまともに寝られないからしょうがない。
暑いし、すぐに夜中に起きることになるしで。
「本当に無駄だったよな、なんのために一緒にいたのか分からないぞ」
「一生懸命にならなかった広が悪い、今井はお前と違って好きと自覚して動けたからだからな」
ちげえよ、好きだと言っても今井が好きだったから無理だったんだよ。
いくら努力しようと報われないことばかりなんだよ、期待した俺が馬鹿だったんだ。
「実際その通りなんだよなあ……」
「だろ? だから極端な思考しかできねえんだよ」
「でも、残していたら気持ち悪いだろ?」
「こうして物とか写真に残っているのに付き合えなかっただけで無駄だった、はねえだろ」
「見たくないんだからしょうがないだろ」
部屋に飾れないのなら押入れとか収納スペースに入れておくわけだが、そんな物を残しておく方が無駄だろう。全部否定されたのと同じなんだ、俺の中では少なくともそうなってる。
せっかく初めての夏休みなのに、家に引きこもっていられるのに、自分から進んで嫌な気分になっていたらそれはもう馬鹿だとしか言いようがない。
「俺のことはいいからさ、葵とはどうなんだ?」
「それは今度夏祭りに行くことになってる、で、そこで告白するつもりだ」
「そうか、受け入れてくれるといいな」
「葵次第だからな」
俺がなんにも事情を知らない人間だったら「え、それで付き合ってないの?」となるはず――はともかくとして、区切りをつけるためにも好きだと伝えることが重要だと言いたいんだろう。
俺もひとりで祭りにでも行くかな、遭遇しないように違う場所のところにさ。
そうすればただの兄ちゃんがひとりぶらりとやって来たように見えるだろ? 顔も若々しいというわけでもないし、社会人とかって勘違いしてくれたら尚いい。
「誘ってやらないからな」
「邪魔できないよ、俺は俺で夏休みを楽しむからいい」
「じゃあ、そんなお前に先輩からひとつプレゼントをやるよ」
「いらないよ、いいから葵と仲良くでもしろよ」
死体撃ちだけはやめてくれ……。
そんなことしてこなくたって自分のことは自分が1番分かっているんだから。
夏祭り当日。
結局、いつやるか分からないから1番近いところにやって来ていた。
大切なのは帽子とかをかぶって俺だと分からないようにすること、それと学校の生徒と遭遇したりしないようにすることだ。
「あれ、後輩君じゃん」
「げ……」
「ちょいちょーい! って、お祭りなのに暗いねえ」
「そうですか? よく分かりませんけど」
おい、全然騙せてないじゃん?
あまり関わりのない先輩にばれてしまった時点で無意味さを物語っている。
それでもこの人の多さなら咄嗟のときに気づかれずに済むかもしれないからと続けることに。
「というか、ひとりで来るなんて寂しいじゃん」
「先輩だってりんご飴とか焼きそばとか綿あめが同行者じゃないですか」
「違う違う、私はこの後、唯と一緒に見て回るつもりだからね」
唯にはいま死ぬことになっても会いたくないから挨拶をしてひとりで移動。
「駄目だよー」
ひとりで移動!
「だから逃さないよー、唯から『広はひとりでも来るから見つけたら確保しておいて』って言われているんだから、守らないと奢ることになっちゃうから協力してください」
お、俺のことよく分かっているじゃないか……。
逃げないからと口にして離してもらう、その隙にと俺は走り出した。
「きゃっ!?」
「す、すみませんっ」
ぶつかって転ばせてしまったので慌てて手を差し伸べて立ち上がってもらおうとしたときのこと、思いきり強い力で掴まれて心臓が跳ねた。
まさか痴漢だとか叫ばれて社会的に殺されるんじゃないかとおどおどしていたら、
「ぷっ、なんて顔してんのさっ」
腕を掴んできた主、唯が笑って少し落ち着――くか馬鹿!
「離してくれよ、ぶつかったのは謝るから」
「駄目、逃さないよ、連絡とかにも一切反応しないでさ。しかも俊から聞いたんだけど、私があげた物とか全部捨てようとしたんだって?」
結局あれは捨てられていないままリビングに放置してある。
別に臭いが出る物でもないのと、触れたくないからどうしようもないのだ。
「……いらないだろもう、無駄な物なんだから」
「無駄って酷いな、私達は昔から一緒に時間を過ごしてきたのに」
「悪い、もう帰るわ、他の楽しんでいる人間に悪いからな」
ここに来たって惨めな気持ちになるだけだった。
だって仲良さそうにしている男女がいっぱいいるんだ。
いまの俺にはきついんだ、俊達だって進展することが決まっているしさ。
せっかく4人だったのに無意味なものになった。
唯、葵、俊、俺、男女ふたりずつでいいと思ったのに。
「じゃあ言ってくるね、私も帰るから」
「は……」
「離さないよ」
もう8月の10日を過ぎていてもすっきりしないのにこれ以上追い打ちするなよ。
でも、これは無理だ、無理やり振りほどくと怪我させるかもしれないから。
先輩も問題で、特に引き止めることなく沢山食べているだけだった。
「それでも来るとは半分ぐらいしか思っていなかったから驚いたよ」
「……怪我はないか?」
「うん、大丈夫だよ」
それなら良かった。
怪我をさせてしまうよりかは腕を掴まれたままなのは問題ない。
多分、このまま行くのは俺の家のはずだ。
だがどうする、違う男子の彼女を家に連れ込むのは良くないだろ。
「そういえば俊が葵に告白するんだって」
「聞いたよ、本人からな」
「そっかっ、でも、絶対に上手くことだもんなー」
「だな、逆に葵が受け入れなかったら何故かって何度も聞きに行くぞ」
彼女は俺の家の前に着くと足を止める。
「家に入れて」
「いや、他人の彼女を入れるのはな」
「大丈夫、断ったから」
「は」
「言おうとしたのに勝手に逃げちゃうんだもん、それに『俺を好きになってくれよ』って言ったのは広じゃん。半月ぐらい会えなくて寂しかったんだから……」
彼女は俺といたいって言ってくれていたか。
で、俺はもう終わったことだからとここ最近避けていた。
いやでも俺のせいで好きな人間に告白されたのを断るって……。
「悪い……俺が好きだとか言ったから」
「あ、それは違うよ? 私の意思で断ったの」
「なんで……だよ?」
「なんか……上手く楽しめなかったんだよね、や、今井くんは優しいし楽しかったんだけど」
嘘をつくようなメリットもないからとりあえず家の中に入れた。
「あっ……傷つくなあ」
「結局、捨てられなかったんだ」
「捨てなくていいよ、無駄じゃないよ」
振るぐらいなら受け入れてくれれば良かったのに。
そうすればテスト勉強とかだって一緒にした、唯と離れたくなかったから。
「最低かもしれないけどさ、……まだ気持ちってある?」
「当たり前だろ、結局それも捨てられてなかったんだよ」
手も繋いでいないとか今井が言っていた。
繋いでいるのに繋いでいないなんて言う必要はないし、本当のことなんだろう。
複数回遊びに行ったのは分かっているが、最近のことを考えれば暗い顔をしていそうで。
「今井くんには何度も謝ったよ」
「……別に抱きしめたりとかしたわけじゃないんだろ?」
「うん、それは断じてしてないよ、今井くんも求めてこなかったから」
「じゃあ……いや、俺からはなにも言えないな」
一緒にいてくれたのに最終的に選ぶのは昔から関わっていた後輩の男、だなんて。
今井からすればすんなり納得できることじゃない、同じ男だからこそよく分かる。
逆にこんなことを言った後にあっさりと今井なり他の男子を気に入ったら流石に怒るぞ。
「確かに中学2年生の夏祭りのときに動いてくれて気になったはずだったんだけどね」
「最近まで大して進展もなかったしな」
俺が教室でずっと好きだった作戦を実行してから積極的になったかのように思えたのだが。
変に俺に遠慮をするような人間ではないから本当によく分からない。
「……嫌いとか言ってごめんね、でも、あんまりに驚きすぎちゃって」
「好きだと言ったことだろ? 教室で大声で言われたら気になるだろ」
からかわれる可能性だってあった、それからふたりで一緒にいるときなんかにはひそひそ話をされる可能性だってな。
時間が経過してからああいう形で喧嘩を売るのは違かったと気づくことになって、けどもう嫌われたからどうでもいいと考えていた俺の前にまた現れて。
「私のことが好きなんだろうなあぐらいは分かっていたけど結局なにもしてこなかったからさ、広が好きだって相手に言えるとも思っていなくてね」
「事実、俺は何度もそういうチャンスを目の前にしながらものにできてこなかったからな」
正直に言えば、唯のことを気にし始めたのはフリーだったからだ。基本的に男勝りの少女だったし、そんな彼女のことを誰も狙っていなかった。中には俺みたいに狙っていた人間もいたかもしれないがな。
だって俊や葵を除けば俺に優しくしてくれる唯一と言っていいほどの異性だったから。
残念ながら小学生のときは弟的な扱いしかされなかったけど、中学になったら身長がぐんと成長して彼女を越えることができていいと考えていて。荷物とか持つべきだと躾けられていたから俺はそういう小さいことで好感度稼ぎをしていたつもりだった、が、今井というライバルが現れてなにも大胆なことはできずに終わったわけだ。
しかしそこは川上唯という女子、受験に受かれるように勉強を根気良く分かりやすく教えてくれて、一緒にいればいるほどやっぱり好きという気持ちがどんどん強くなった形になる。
「好きだ、俺は唯の横にずっといたいんだよ」
「あのさ、これを受け入れちゃったら軽い女になっちゃうのかな?」
彼女は6月頃から気になっている気持ちが微妙になっていたと答えてくれた。
後出しだから本当かどうかは分からない、けど、信じたいから口にしない。
「それに広相手ならさ、例え会話がなくても心地良くていいかなって」
「……いまそういうこと言われると抱きしめたくなるからやめてくれ」
「いいよ、ずっとしたかったんでしょ?」
小学校高学年のときから思いきり抱きしめたくてしょうがなかった。
多分、エロガキだったんだと思う、そのときから異性を求めてしまっていた。
唯が成長していけばしていくほど、俺が成長すればするほど、その思いは強くなって。
「はい、急に意見を変えるような女でいいのならだけど」
「で、でも、6月頃から微妙だったんだろ?」
「……好きって大声で真っ直ぐに言われたら誰だって……」
「もう言わなくていい、これは俺の意思でやっただけ、唯にとっては不可抗力なだけだ」
初めて自分の大好きな女の子を抱きしめることができた。
……別に胸が特別あるというわけでもないのに理性が吹っ飛びそうになった……。
柔らかすぎだろ、当たり前だけど小学生時代とは違いすぎる……。
「……広は大きくなったね、すぐに感情的になったりしなくなったもんね」
「そうだな、俊や葵にもあんまり怒ったりしないな」
離してソファに座ったら唯も横にゆっくりと座ってきた。
抱きしめが許可されたのならと手を握ってみることに。
成長しているはずなのに手を繋いだぐらいでなにどきどきしているんだという感じ。
「嫌われるためにした告白が役立つとはな」
「えっ、嫌われようとしていたのっ?」
「ああ、だから唯が嫌いになったって言ってくれて嬉しかった」
のはずだったのにまた仲直りできた後は駄目だった。
未練たらたらで俊も葵もよく来てくれていたと思う。
昔からの付き合いでなければ放置されて、唯ともただただ消滅してた。
「私……萌々ちゃんといるところで出しゃばったよね……」
「いや、あれがあったからこそいまのこれがあるわけだし」
今井妹が変な演技をしていたせいで困ることになったけどな。
それでも唯が来てくれて助かった、彼女相手であれば演技もしなかったから。
とにかく、昔から一緒にいたからこそいまに繋がっている。
そう考えれば無駄なことなんてなにもなかった、俺は極端すぎたのだ。
「今井には悪いが唯は譲れない」
「今井くんにはちゃんと謝るよ、自分から気になっているとか言ったことはないからそこだけは分かってほしいけど」
「ああ、そのときは俺も行くから」
そうしないと不安になるからしょうがない。
「好きだ」
「うん、ありがとう」
「唯は言ってくれないのか?」
「またちゃんと謝ってからにしないと」
「そうか」
急かすと失敗に繋がるからいまはこれでいい。
それに、もうなにもできずに終わるのは嫌だから。
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