尻沢無残5
「さあ、これをお食べなさい。力が湧きますわ」
少女は椀に粥を盛ると勢三郎に差し出した。
「ここが異常な場所だということはわかった。お前がここに閉じ込められているということもな。それで、そろそろお前の正体を教えてはくれぬか?」
勢三郎は椀と箸を受け取り、焚火に薪をくべる少女を見た。
「私の名は桜姫と申します。四季姫の魂のひとかけらを持つ春の姫として長い間、山の村を見守ってきた神の眷属です」
桜姫は静かに語り出した。
話を聞けば、桜姫はあの鬼姫になった娘の双子の姉妹と伝わる少女であった。姉妹と伝わったのは、何も知らずに二人が遊ぶ姿を見た者が言ったからである。
鬼姫は元々人間であったが、桜姫は元より人の類ではない。
桜姫自身に覚えはないが、彼女を座敷童の成長した姿だと称した者がいた。桜姫は見た者や触れた者に幸福をもたらし、桜姫に好かれた者は富を得る。まして桜姫を抱いた者は天下すら獲るとも言う。
「座敷童が大人になるなど聞いたことがない」
「それはそうでしょう。私のことを座敷童だと言ったのは旅の坊主の戯言です。私は四季姫が一人、春姫です。……ゆえに四季姫に縁のある貴方がこの村に辿り着いた理由も分かっているつもりです。貴方はあのじめじめと湿った影を好む”汚らわしき者” の足跡を追ってここに来たのでしょう?」
その思いがけない言葉に勢三郎は唇を噛んだ。
「どこまで俺のことを知っておるのだ?」
「さあだいぶ長い時を生きておりますゆえ……」
桜姫は微笑んだ。
「俺は四季姫が、奴が潜む異界に至る鍵であると知っているに過ぎぬ。そもそも四季姫とは何か、俺に教えてはくれぬか?」
勢三郎の表情は複雑だ。
その心に棘のように刺さるのは、おぞましい卑劣さか、羞恥か。
「この世には春姫、夏姫、秋姫、冬姫の4柱の御魂を宿す者がおります。その者たちが宿す四つの御魂を一人の乙女を依り代にして集め、結び合った時に真の姿を見せるのが四季姫という存在です」
「四人の魂を一人に集めると申すか?」
「そうです。そして四季姫は、あの世とこの世、化生と神のはざまの世の門を開くことができる存在なのです」
「はざまの世の門か、どこかで聞いたことがある」
勢三郎は顎を撫でて思案した。
「貴方が仇と追い求めている ”汚らわしき者” は、かつて夏姫、秋姫を汚してその力の一部を手に入れ、はざまの世に近しき闇に身を潜め、より強大な存在になろうとしています。そして邪魔が入らぬよう、門を開く四季姫が生まれぬように様々な手を使って邪魔をしているのです」
「なるほど、初めて分かった。そなたが春姫、そして冬姫というのが……」
「ええ、彼女は既にあなたの側におりまする。そして彼女こそ、おそらくは次の四季姫の依り代になりえる者でしょう。私はここに封じられているため、そして冬姫の彼女は化生の者としてさまよっていたために、”汚らわしき者”に見つからずに済んだのです」
桜姫は澄んだ瞳で勢三郎を見つめた。
美しい雪の精であった穂乃、間違いなく穂乃が冬姫であり、桜姫が言う次の四季姫になれる乙女であろう。
「だが、今の話であれば、この先、人間に戻った穂乃殿の身にも危険が迫るかもしれぬ、ということだな?」
「ええ、間違いなく。奴の手下はあらゆるところで目を光らせておりますゆえ、お気を付けください」
そう言って桜姫は焚火に手をかざし、改めて勢三郎を見た。その美しく整った顔立ちはさすがである。女であったならばその母親の面影を受け継いだ美女になったであろう。
勢三郎は何か考えている様子だった。
パチパチと薪がはぜる音がした。
壁に立てかけてある勢三郎の刀はかなりの業物だ。ただの退治屋が持てるような代物ではないことは明白である。光と闇の力を同時に受け継いだ一流の退治屋である勢三郎を今回ここまで追い詰めた魔物とはいかなるものか。
「貴方の怪我は命に係わるほど非常に危険なものでした。貴方は”汚らわしき者”の気配に惹かれてここに来ただけではないようですね。貴方を傷つけた者の歯形は、私をも騙してここに閉じ込めた卑しい邪鬼の歯形に似ております。後の世であれがまた暴れたのでしょうか?」
「この傷をつけたのは単なる邪鬼ではない。俺を噛んだのは鬼姫と呼ばれる少女の姿をした魔物だ。人や獣の血を吸い、殺した者を死霊にして自らの手先として操る奴だ」
勢三郎は首筋を撫でた。
「鬼姫? まさか橘姫でしょうか?」
桜姫の表情が曇った。
「名前は知らぬ、ただ、伝説では尻沢の長者屋敷の娘が鬼姫になったと伝えられておる。その鬼姫の封印が解け、村が襲われたのだと俺は考えているのだ」
「なんてことでしょうか、そんなことが起きたのですか? もう少し詳しく教えてくださいませぬか?」
桜姫は身を乗り出した。
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