鬼夜4

 勢三郎が鬼姫と対峙する少し前のことである。

 造六が守りを任された村の宿は、勢三郎の予想に違わず襲撃を受けていた。


 「穂乃殿、大丈夫であったか! 他の者はどうした?」

 「はい、こちらは無事です、宿の者は奥の納戸に隠れてもらいました。客は私たちだけです」


 「そうか、こちらも手は尽くした。宿の主だった入口には魔よけの札を貼ったがなにせ数が足りん。戸締りもこれ以上はできん、勢三郎が戻るまで我らでここを守るぞ」

 造六は、穂乃が手に木杖を構え廊下に姿を見せたのを見て少しほっとしながら叫んだ。


 勢三郎が出かけて数刻、宿の庭に侵入してきたのは、狸や鼠のような獣の妖しである。

 姿は小さいが鬼姫に操られている化け物である。庭に出ていた肝煎の手下があっと言う間に食われて白骨になるところを目撃している。


 今は板戸をカリカリと齧る音だけが不気味に響いている。


 「万霊浄滅!」

 造六は二本指を立て、鉄杵に力を込める。


 「穂乃殿、杖にこれを……」

 「はい」

 穂乃は造六から渡されたお札を木杖に貼った。これだけで普通の武器では通用しない魔物にも効く武器になるらしい。


 獣達は、板戸を齧り切った所から侵入する気なのだろうが時間がかかっている。宿の板戸が屋根からの落雪の重みにも耐えるようにぶ厚い木材で造られていたのが幸いだった。


 「造六殿! 上です!」

 ふいに異様な気配に気づいた穂乃が叫んだ。

 天井の太い梁の上から数匹の鼠が造六めがけて飛び掛かってきたのだ。


 「こしゃくな!」

 造六の鉄杵が唸りを上げた。

 安宿で屋根裏が剥き出しであるため、天井が高く武器を振り回すには都合が良い。


 三匹の鼠を壁に叩きつけたが、鉄杵に当たらずうまく床に落下した二匹が猛然と足元に駆け寄る。


 「!」

 造六は板の間に敷かれたゴザを蹴り上げ、ゴザと一緒に跳ね上がった鼠を横なぎに払う。


 「穂乃殿!」

 振り返ると穂乃が木杖で一匹の鼠を仕留めた所だった。


 「造六殿、あそこを!」

 穂乃が指さした先、板戸の端についに穴が開き、バリバリと板切れが飛び散った。


 「来るぞ、油断するな」

 体は狸だが顔は狼のような姿の獣が背を蠢かせながら一匹、また一匹と部屋に侵入してくる。


 「ふん!」

 襲い掛かる獣を造六が次々と吹き飛ばした。

 「はっ!」

 穂乃も飛びかかってきた狸の妖しを石突きで突く。眉間に鉄の石突きが当たり、獣が緑色の血をまき散らして吹っ飛んだ。


 穂乃は続けて木杖を回転させ、小脇に挟んで身構え、チラリと廊下を見た。あの廊下の奥の納戸には宿の者が隠れている。そこに獣を近づけさせてはいけない。


 目の前で威嚇している獣は二匹、暗く冷たい油断ならない眼を赤く光らせている。造六はさらに多くの新手が侵入してきたらしく、こっちに来る余裕はないらしい。


 穂乃は用心深く杖を構えた。

 獣も穂乃の杖さばきを見て警戒したようだ。飛びかかる気配をみなぎらせながらもまだ動こうとしない。


 ピシッ、ピシッと家鳴りの音がして、どこからか冷たい風がひゅうと流れ込んできた。さらにどこかの壁に穴を開けられたのだろうか。

 穂乃が風に気を取られた瞬間、獣が二匹、同時に左と右の壁に飛んだ。左右から穂乃を挟撃する気だ。


 「いけない」

 穂乃の目にはわずかに右の獣が早く見えるが、果たしてそうなのか。だが迷ってはいけない! 覚悟を決め杖を振った瞬間だった。


 バリバリバリッ!! と物凄い音と同時に、大量の雪と屋根の萱がへし折られた梁とともに、ドドドオゥ! と落ちてきた。

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