第6夜
鬼夜1
深々と雪が降り続いている。
村の路地のあちこちに篝火が灯され、無骨な男達が物々しく警戒にあたっていた。
「今宵、来るでしょうかね、綿部様」
小男の菊座が笠に積もった雪を払いながら、番所の前に立つ肝煎の顔を見上げた。
「そいつは、わからねえ。だがな、この辺りは代々うちの縄張り。害意を持ってやってくる者は、神の使いであろうがかまいやしねぇ、叩き斬ってくれる」
綿部の表情は厳しい。綿部がそんな顔をするのは滅多にない、困難な事が起きるのを覚悟している顔つきである。
「綿部様! 南門に怪異が現れましたぞ!」
戦支度に身を包んだ男が脛まで積もった新雪を跳ね上げながら走ってきた。
南門は槍の名手である吉備次郎左衛門兵衛を配してある。
近郷で武芸者として名の知られる笹兵庫蔵之介、武田一丸、粟野作次はそれぞれ北、東、西門を守っているはずだ。
「兵衛を前に出せ、門をくぐらせるな! 矢を射かけよ!」
綿部も羽織をなびかせ、刀を手に新雪の路地を走り出した。
南門の前には剛の者として綿部に召し抱えられている男、吉備次郎左衛門兵衛が立っていた。
その手にするは、長柄の槍、先祖が武勲により拝領した家宝でもある。吉備次郎左衛門兵衛の前に片腕の無い人ならざる者が立っていた。
グルルルル……
その隣には死霊に憑りつかれたと思しき野犬が数匹。
「ば、化け物……」
南門の上で弓を構える男達の手がガタガタと震えている。見たこともない異形の群れであった。
ダッと片腕の化け物が走り出した。身体が前に出るのに頭が置いて行かれたように遅れ、左右に揺れる様は、首の骨が折れていると見える。
それに少し遅れて野犬も向かってきた。
「フン!」
吉備次郎左衛門兵衛は両手で槍を構え、横なぎに化け物の足元を払った。
だが、予想外にその化け物は身軽であった。
膝を抱えるように両足をそろえ、大きく跳躍して槍をかわすと吉備次郎左衛門兵衛の左手に着地した。そこに続けざまに雪を蹴って野犬が襲い掛かった。
「ムンっ!」
反転させた槍先がうなりを上げて、飛びかかった野犬を真っ二つに断ち切った。
「今だ! 矢を射かけよ! 吉備殿を援護せよ!」
門の上から号令が発せられ、矢玉が次々と野犬と化け物に向かって放たれた。
ひゅどう! と矢が野犬の首元に突き立ち、次々と打ち倒していく。
吉備次郎左衛門兵衛と攻防を繰り広げる化け物の身体にも次々と矢が突き刺さった。
しかし、化け物は倒れない。背や腹に数本の矢を受けながらも、なおも次郎左衛門兵衛に向かって掴みかかった。
「うぬ、化け物め!」
接近を許した吉備次郎左衛門兵衛が槍を手放し、太刀を抜いた。普通の刀よりも幅広の刀身である。飛びかかった化け物を前に少しも動じることもなく剛腕が唸り、太刀が闇夜を一閃した。
「おおっ!」
櫓の者たちがその鮮烈な一刀に感嘆の声を上げた。
「吉備殿、お見事!」
南門の上から声がした。
いつの間に見ていたのか、綿部がそこに立っていた。
「うむ、だが、簡単すぎるのではないか」
吉備次郎左衛門兵衛は血を拭い、足元に転がった化け物の死骸を見下ろしながら、なぜか新たな胸騒ぎを感じていた。
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