里の雪夜4
カーンカーンと調子良く
冬なのに工房の中はとても熱い。
炎を吹き上げる炉から取り出された真っ赤な鉄が見る見る形を変えていく。
入口でその様子を見ていた勢三郎と造六に気づいて、八助が駆けてきた。
「勢三郎様、造六様、昨日は助けていただきありがとうございました!」
「八助、もう仕事に出ているのか? 足のケガは大事無いか?」
「ええ、一晩寝ればへっちゃらです」
勢三郎の傍らに穂乃がいないのは、工房が女人禁制だからだ。
八助とともに玄関口まで戻るとそこに穂乃が待っていた。
「今日はどんな御用ですか?」
手ぬぐいを取って八助は顔を拭った。
「造六、あれを」
勢三郎が促すと、造六は背負っていた長めの棒を八助に手渡した。
「これは? 杖ですか?」
「そうだ、この杖の先を鉄でくるんで欲しいのだ。このくらいな」
勢三郎は、杖の先端から一尺くらいを指し示した。
「誰がお使いになるのですか?」
八助は三人の顔を見回した。たぶんわかっているが念のためだ。
「穂乃殿に使ってもらおうと思っている」
勢三郎の言葉は想像通りだった。
勢三郎は刀を持っているし、造六は鉄杵を持っている。今更木杖など必要がない。
「山歩き用でしょうか? 多少、猪とか熊とかにも抵抗できるようにとか?」
「そのような感じだ」
「わかりました。あそこにある根掘りのようなもので良いですか? あれならすぐ出来ますよ」
八助は壁に下がっているいくつかの農具の一つを指さした。根掘りとはどうやら山芋を掘る時に使う道具のようだ。無骨だが頑丈そうである。
「うむ、あれで十分だろう」
勢三郎はうなずいた。
「では、こちらの火鉢をお使いください。すぐに取り掛かります」
そう言って八助は杖を預かると三人を板の間に招き、火鉢の灰をかき回した。
「なあ、勢三郎、本当にこれからも穂乃殿を退治屋の旅に連れていくのか? 危険じゃないのか?」
造六は手を
「私はどこまでも旦那様と一緒に参る覚悟です」
勢三郎が何か答える前に、それを遮るように穂乃が力を込めて言った。少し考えていた勢三郎はゆっくりと目を開けた。
「白狒狒の一件でわかったことがある。穂乃殿にはあの白狒狒の突進を抑えるほどの力がまだ残っている。私の目の届かないところに置くのは周りの者にとって危険かもしれぬ。それと穂乃殿が雪姫とも呼ばれるような神に近い存在であったことだ。白狒狒のように肉体を持つ化生にとっては、より強大な力を持つ子を産ませるのに、これ以上ない相手だということだ」
「いやな話だな」
造六は天井を見上げた。
勢三郎の言葉を聞いて、穂乃は襟元をきゅっと閉め、少しうつむいている。
「それに昨夜の殺しだ。穂乃殿の身を危険から遠ざけるために、私たちが山に入っている間、穂乃殿には村の宿で待っていてもらおうと思っていたのだが、村にまで化生の影響が出たとなれば、村も安全とはいいがたくなった」
「ふむ、なるほど」
「村にいても穂乃殿を狙う化生が近づいてくるかもしれぬ。それならば私が近くで守っていた方がいっそ良かろう」
「なるほど、そういう訳か」
「それで私から旦那様にお願いしたのでございます。穂乃も一緒に戦いまする。女が持っていても不自然でなく、私でも使える護身具は無いでしょうかと」
「わかった。それならば俺が穂乃殿の杖に神仏の加護を与えようではないか。そうすれば普通の武器では追い払えない化生を払うこともできるぞ」
造六は胸に下げている数珠を掴んで見せた。
やがて工房から聞こえていた二つの槌の音の片方が止んだ。
出来上がったのであろう、八助の足音が近づいてきた。
「お待たせしました。出来上がりました」
八助が木杖を手に姿を見せた。
木杖は見事な出来だった。鉄でできた石突きが多少頑丈すぎる気もするが、諸国の寺社を回って歩く者が持つ杖だと言えば通じるだろう。
「良い仕事だ、八助」
勢三郎の言葉に八助はうれしそうに微笑んだ。
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