里の雪夜2
「お客人、ちょっと顔を貸していただけませぬか、実は
不安そうな顔を出したのは宿の亭主である。人が好さそうな男だが気が弱いのであろう。肝煎が朝早くから宿を訪問するなどただ事ではない、何が起きたのか不安なのだ。
「勢三郎様?」
穂乃が心配そうな声を上げたが、勢三郎は手をかざし、立ち上がりかけた穂乃を制した。
「穂乃殿はここで待っておられよ」
「ここは俺達に任せておけ」
勢三郎と造六は宿の亭主の後に続いた。
宿の正面の扉が大きく開けはなたれ、冬の寒気が流れ込んできている。
表に風格のある男が一人、そしてその後ろには三人の険しい目をした男が立っていた。宿の亭主は小走りに進み出て、頭をペコペコと下げ始めた。勢三郎と造六はためらう事もなく、宿の暖簾を払って表に出た。
勢三郎を一目見た男が片眉を吊り上げた。
「お主らが昨日、村に来たという者か」
身なりは村人と変わらぬが、着物は高価なものだ。脇差を差していることからしても、この男が肝煎の官兵衛なのであろう。
後ろの腕の立ちそうな3人はその護衛であることは明白である。
勢三郎は
「私は、日暮勢三郎と申す浪人者。故あって諸国を回る旅の途中でございます」
「ふむ、して、そこの男は?」
「俺か? 俺は
どことなくからかっているような雰囲気を感じたのであろう、後ろの三人が殺気立った。
「造六、よさぬか。肝煎殿、連れが失礼な事を申した。許されよ」
「ふむ、まあ、良い。お前たちも刀から手を離せ」
男は後ろの三人に命じた。
「わしは近隣の村を束ねる肝煎、
綿部は片手で帯を押さえ、勢三郎を正面から睨んだ。
任侠の気風があるのか、その顔にはただの村の顔役以上の危険な色が垣間見える。
「肝煎殿が何の御用か、伺いましょう」
「うむ、昨晩、奇怪な殺しが起きた。この数年、近在の村ではこのような事件は起きたことがなかったのでな。まずは余所者から吟味するのは当然であろう?」
「なるほど」
村は閉鎖社会である。誰もが顔見知りであり、喧嘩することはあっても命のやり取りするような事態にはならないのが普通である。最初に疑うべきは見知らぬ余所者と考えるのは当たり前なのだ。
「お主ら、昨晩は出歩いておらぬであろうな?」
綿部の目は鋭い、どんな者であっても、この男の前で嘘はつけないであろう。
「昨晩は旅の疲れも出て、私たちはすぐに床につきましたので、出歩いてなどおりませぬ」
「ふむ、そうか。それならば良いのだが」
綿部は顎を擦ってじろりと造六を見た。身なりの整った勢三郎に比べで造六はいかにも荒法師という装束である。
「旅をしていると言ったが2人旅か?」
「いや、もう一人連れがいる」
「綿部様、これが宿帳にございます」
宿の亭主が厚い綴りを差し出した。
綿部は墨の香りのする紙をめくりあげ、二人の顔と見比べるとうなずいた。
「日暮、武作……もう一人は女であるか。この女、そなたの妻か? ここへ連れてまいれ」
「奥方様には、朝餉の片づけを手伝っていただいたので、只今ちょうどお着換え中でありまして……」
勢三郎が口を開く前に、宿の亭主が女中から耳打ちされて答えた。
「ふむ、女の着替えと油売りは時間がかかるもの、ならばもうよい、我らも時間が惜しいのでな」
綿部がつぶやいたとき、その背後が騒がしくなった。
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