織姫川百夜5

 質素な夕餉ゆうげを終え、穂乃が丁寧な手つきで熱燗あつかんを準備していた。


 造六が宿に来る途中に手に入れてきた酒である。

 今しがた女中が置いて行った盆には盃が入っている。


 囲炉裏の明かりに照らされた穂乃はまだ酒も入っていないのに既に少し頬を染めている。


 村に来てからずっと夫婦だの奥方だのと言われているのが気恥ずかしいらしい。今出て行った女中も二人が若夫婦だと頭から思い込んでいたようだ。


 勢三郎も一言違うと言えば良いのだが、別に気にする風でもない。穂乃にとっては、夫婦と言われても別に何にも感じないのか、夫婦と言われることに良い感情を抱いているのか、そこが気になるところなのであるが、そんなことを口に出して勢三郎に聞けるはずもない。


 ただ、時折自分を見つめる勢三郎の瞳が優しいことだけが、心をほんのりと温めるのである。


 「それで、あの林の荒れた墓地は落ち着いたであろうか?」

 勢三郎は囲炉裏の灰を掻き混ぜながら、縁に刺していた串焼きの痩せた川魚を造六に渡した。


 「うむ」

 造六は一口、焼き魚を頬張ってから酒を呷った。


 「あれはなかなかの荒れ具合であった。十年来弔ったことなどなかったのであろうよ。成仏させた幽魂以外にもその芽があったのでな。より念入りに念仏を唱え御霊を鎮めてきた」


 「ご苦労だったな。私は化生になったものを退治するしか能がない。造六のようにそのような哀れな姿になる前に成仏させられればそれが一番良いのだ」

 「勢三郎様……」

 勢三郎の少し哀し気な表情を見て、穂乃は胸を痛くする。

 この御方は、どれほどの悲しみを背負って生きてきたのだろうか。彼の生まれた退治屋の里は滅んだという。何があったのかまだ穂乃は聞くことはできない。ただ彼は多くの悲しみを知っているからこそ、信念に支えられた芯の強い優しさというものもまた知るのだろう。


 多くの命を奪い雪女と恐れられた私を呪縛から解き放ち、救ってくれたことからわかるように、退治屋としてただ無性に化生を斬るだけの御方ではない。


 勢三郎の太刀筋には、できないと承知していても、どうにかして助けようという気持ちが垣間見える気がする。

 あの白狒狒ですら本当は命を奪いたくはなかったのではないのだろうか、そんな気がするのである。


 「どうぞ、旦那様」

 穂乃は何も聞かず、徳利を両手に持って、ただ勢三郎の盃を静かに満たした。


 その伏し目がちな瞳と少し紅潮した頬が愛おしさを掻き立てる。勢三郎が年相応の照れを隠すのを見て造六はニヤニヤと笑うのだった。

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