織姫川百夜4

 やがて村の入り口の木戸が見えてきた。

 この辺りにしては大きな村であるのはかつて銀山で栄えたという名残りであろう。


 温泉が湧く土地なのか、村の周囲を廻る溝からは絶え間なく白い湯気が立ち昇っている。川船が係留された大きな運河に架けられた簡素な木橋を渡り、木戸をくぐると、通りの向こうから少し小太りの女性が駆け寄ってきた。


 「おおっ、八助やすけ! お前、無事だったかい?」

 「どうしたんです? お花おばさん」


 「いえね、お前が南壇の林に薪拾いに行ったらしいと聞いて心配していたんだよ。……あそこは最近良い噂を聞かないからね。隣の権助ごんすけ爺さんも二日前にあそこに行ってから体調を崩してずっと寝込んでいるしねえ。まあ無事でよかったよ」

 八助の背中をポンポン叩いた後、お花は八助の後ろに立つ勢三郎と穂乃の姿に気づいて元々丸い大きな目をことさら大きくした。


 「あれ、まあ、この歌舞伎役者のような美男子と美しい奥方様は誰だい?」

 「南壇の林であやかしに襲われていた俺を助けてくれたんです」


 「まあ、そうなのかい? それはありがとうねえ。あんたら今日はこの村に泊まるのかい? 宿だったら知り合いを紹介するよ。八助の恩人だと言えば特別良くしてくれるさね」


 「かたじけない。世話になろう」

 勢三郎が丁寧に頭を下げたのを見て、「お侍のくせに町民に馬鹿丁寧に頭を下げるなんて」とお花はカラカラと笑った。



 ーーーー勢三郎と穂乃がうらぶれた宿の部屋に腰を落ち着けてしばらくすると造六が顔を出した。


 「おお、造六、よく宿がわかったものだ。そろそろ宿の前に立ってお主を待とうと話をしていたところだ」

 「ええ、今しがた、私が先に立ちますと申して勢三郎様を困らせていたところでございます」

 穂乃がいたずらっぽく微笑む。


 「こんな狭い村だ。やけに立派な腰の物を差した美丈夫と目の覚めるような別嬪べっぴんの夫婦が村に泊まった、という噂話を村の衆があちこちでしていたぞ。勢三郎殿が泊まった宿などすぐに分かったわい。気づいていないかもしれぬが、宿の周りに野次馬が集まっておる。今夜はそこの木扉を開かぬ方が良いぞ」

 造六は庭に面しているであろう板戸を指さした。


 確かに以前、勢三郎が泊まった旅籠はたごで月がきれいだからと縁側の戸を開けていたところ、塀の上に一つ、二つとこちらを興味深々で中を伺う頭が出てきた時がある。


 あの時は男身一つであったゆえ、特段何も思わなかったが、今は穂乃がいる。以前のようにはいかぬであろう。


 このような寒村に芝居の花形もかくやと思わせる器量良しの夫婦が現れたのだ。

 冬場のことで、農作業もできず日々退屈している村の衆にとってはこのような覗き見も娯楽のような感覚なのであろう。

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