黒森雪景6

 「ひっひっひっ…………」

 白狒狒が笑う声がした。


 まんまと奴に誘いこまれたらしい。


 いつの間にか所々に鼠色の猿どもが顔を出している。ただの猿ではない、半分化生の身になっているのだろう。その顔には知恵の色があり、手には先端を鋭く尖らせた枝や竹を持っている。


 「さあ、お前たち、そいつを殺し、肉にして祭壇に持ってくるのじゃ!」

 崖の上に穂乃を片手に抱いた白狒狒がのそりと姿を見せた。穂乃は無事のようだが意識がないようだ。


 「穂乃殿!」

 「勢三郎殿、ここでは、不利だ」

 足裏の感覚は鋭い、たとえ体を鍛えた者でも不意に足裏を突き刺されれば、思わず動きが止まってしまう。そこにあの槍を投げ込まれたら致命的であろう。


 白狒狒はもはや勢三郎達がどうなろうと構わぬ風である。穂乃を抱えたまま尾根を器用に駆け上がっていく。


 唇を噛んだ二人を取り囲んで猿どもが近づいてきた。

 ひょうと音がして、造六の足元に竹槍が突き立った。


 「いかん! ここでは身を隠す場所もない」

 「尾根の裏に向かうぞ」

 勢三郎は飛んできた木槍を刀で払い落とし走った。

 後を追った造六も同じく鉄杵で猿が投げつける槍を払った。


 「何をしておる?」

 造六は逃げながら、勢三郎が竹槍を拾い上げたのを不思議そうに見た。


 「白狒狒は賢い、賢い化生を倒すにはその上をいかねばならん」


 竹槍など何に使うのか、刀があるのだ。邪魔なだけではないのか。だが、勢三郎は退治屋という者らしい。造六の知らぬ退治屋としての技があるのであろうか。


 猿は平地には降りてこない。尾根や斜面を並走しながら次第に距離を詰めてくるようだ。


 「勢三郎、先に行け、俺はここで猿どもを足止めする」

 尾根の崎を回ったところで、造六は斜面に背中を預け、谷間を覗き込んだ。猿どもは一旦平地に降りてからでなければこっちには来られない。


 しかもうまい具合に追っ手からは死角になっている場所だ。待ち伏せすれば造六のことだ。化生になり切っていない中途半端な猿獣など敵ではないだろう。


 「かたじけない」

 勢三郎は頭を下げると、竹槍を小脇に抱え、尾根の斜面を強引に斜めに登っていった。

 雪に覆われた斜面は滑る。

 枯れた木々や飛び出した根っこを握り締め、腕力を使って強引に登っていくのだ。


 折れた骨が激痛を生んでいるはずだが、それを感じさせない動きである。


 山で荒修行を繰り返してきた造六ですら、その鬼気迫る動きには目を見張った。


 「必ず彼女を取り戻すんだ、勢三郎!」

 造六の叫びに振り返りもせず勢三郎の姿が小さくなる。


 「さーて、お前たちの相手はこの俺だ!」

 そう言って、頭上を飛び越してきた最初の猿を一撃でほふった。


 ババッ! と雪原に真っ赤なしぶきが鮮やかに飛び散った。

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