黒森雪景5
勢三郎と造六は神社の裏山を越え、
勢三郎は数刻前に山々に響き渡った化生の呼び声から奴の居場所までの距離と方角の見当をつけている。あとは修験者である造六の土地勘が頼りであった。
「これより東の山々は柔い岩で出来ておる。自然に風と雨で洞ができているのだ。おそらく奴はそのいずれかを根城にしているのだろう」
造六は軽々と鉄杵を担いで前を歩いている。
「気を付けろ。奴は仲間を呼んだらしい。敵は既に一匹ではないぞ」
「真向勝負であれば、化物などに遅れはとらぬわい」
カカカカ…………と造六は笑った。
山あいの谷は周囲の斜面から崩れ落ちた雪が所々に瘤を作っている。その瘤が時折、白い獣の姿に見えてハッとなる。
斜面の林は葉が落ち細い枝だけが風に揺れている。
幾つもの枝尾根の裾を廻り、やがて少し広い谷底に出た。
山際に
その斜面にはごつごつと窪んだ岩肌が見えている。その雪原にむせるような臭いが漂っている。生くさい獣の匂いそのものである。
「気を付けよ、造六。獣がいるぞ」
勢三郎は腰の刀に手を置いた。
臭いからすると穂乃を連れ去った化生の者ではない。まだ未熟な若い獣なのであろう。おそらく白狒狒が呼び寄せた同類に違いない。
ざざっと萱に載っていた雪が崩れた。
造六と勢三郎は互いの背を合わせて周囲を用心深く探る。
刻限は夕方に向かっていた。あちこちの影がより暗くなり、不穏な気配に鳥すらも鳴かぬ無音の白い世界である。
「やはり生きておったか、退治屋!」
谷に声がこだまし、どこから声を発したかすらわからない。
「おぬしらを殺し、我の祝言の捧げものとしよう。今宵、我は雪姫と祝言を上げ、我らは夫婦になるのじゃ、神の眷属を妻とし我はさらに神に近づくことになる!」
「そんなことはさせぬ!」
勢三郎が珍しく大きな声を上げた。
「そうじゃ、狒狒と人が夫婦などと、俺も許さんぞ!」
「造六か、お前もずいぶんと執念深い男よ。さっき殺しておかなかったのは失敗だったわい。雪姫を手に入れて舞い上がってしまったのでのう」
勢三郎は造六に合図した。
長く奴に話をさせたのは居場所を知るため。奴が尾根の上にいることは分かった。
勢三郎と造六は雪の中を目いっぱい足を動かして駆けた。カンジキは確かに雪に沈まないが、動きが鈍る。
「うっ!」
「いっ!」
ふいに足に激痛が走り、思わず二人は顔を歪めてうずくまった。
踏み込んだ雪の間から鋭利に尖った萱が突き出ている。ここは温い水の浸る湿地、村の衆が秋に
その刈り口は、斜めに鋭い。
藁ぐつでは、カンジキの隙間から萱の切っ先が容易に貫通して突き刺さるのだ。
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