黒森雪景4

 パチパチと薪のぜる音が静かに聞こえてきた。


 勢三郎は目を開けた。すすで真っ黒になった天井の柱が見えた。いくつもの枝を縄で縛って萱を葺いてある。


 その顔に影が落ちた。


 「おい、気が付いたか?」

 坊主頭の男が覗き込んだ。


 勢三郎はゆっくりと起き上がった。そこは神社の脇に建てられていた粗末ないおりの中である。薪が組まれた炉が赤々と燃えている。


 「お主、正気に戻っているようだな」

 勢三郎は男の目を真っすぐ見た。


 「すまないことをしたな。奴が現れたと気づいて、獲物を持って飛び出したのが、あのざまだ。まったく面目めんもくない。奴の目を見た途端に体が言う事を聞かなくなった。俺は操られてお前の連れの娘を捕まえて奴に手渡してしまったらしい、すまん、許してくれ」

 男は正座していたが、勢三郎に深々と頭を下げた。


 この男は悪い男ではないらしい。

 言葉や態度からすれば、この男もあの白獣を追っていたのだ。山の斜面に仕掛けられていた多くの罠もこの男が作ったものだろう。


 「時に化生の者が傀儡くぐつの術を使うこともある。それを失念していた私の未熟さゆえ。あまり自分を責めるな。お主、名前は何という?」

 勢三郎はおもむろに立ち上がると腰に刀を差した。


 「俺は武佐造六むさぞうろくと申す。いや待て、その身体で行く気なのか? あばら骨が折れているんだぞ」


 「私は日暮勢三郎。こうしている間にも穂乃殿が危ない。それに奴の同類が呼ばれたようだ。居場所がこちらに知れる事など眼中にない自信過剰な化生のようだ。奴の首を獲るなら早い方が良い」

 勢三郎は目を閉じて、耳を澄ました。


 造六には何も聞こえない。だが、造六にも分かったことがある。目の前のこの若者はあのような化け物と命のやり取りを何度も繰り返してきた者なのだろう。


 その刀の刀身に練り込まれているのは邪を払う神仏の加護なのか、華美さは全くないがまさに化物を斬るための刀であろう。

 荒法師や修験者として生きてきた造六も初めて見るたぐいの代物であった。


 「勢三郎殿、俺も化け物退治に連れて行ってくれぬか? 今度はあんなへまはせぬ。これがあれば傀儡になどならぬ」

 造六は修験の山の御垢おあかを浸した手ぬぐいを頭に巻いた。


 「どうして、あやつを討ちたいのだ?」

 「奴は我が妻の仇。俺は奴に妻を殺された。それからずっと奴を追いかけ、ついにこの冬、黒森の山に戻ったと知って機会を伺っていたのだ」


 造六の武器は経の一節が刻まれた鉄製の竪杵たてぎねである。かなり目方めかたのある棒状の武器で、常人であれば持つことすらできない重さであろう。


 「そうかわかった。ならば同行を許そう」

 勢三郎は藁ぐつを履いた。


 「勢三郎殿、その藁ぐつでは深雪の中を歩けまい、カンジキを付けて差し上げよう」

 造六は壁にかけられていた木と竹で出来た輪っかのような履物に手を伸ばした。

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