2 記憶の淵に追いやられた者
2-1
さらし者にされている。
飛び交う怒号は誰に向けられているのか。テレビクルーたちは色めきだって早苗を取り囲み、皆がもみくちゃになった。
それを制する警察官に挟まれて早苗はパトカーへ乗り込んだ。外の世界と隔たりができるも、やまないフラッシュに顔を上げていられるほど勝ち気な性格ではなかった。
こんなにも混乱するならほかの方法だってとれるのに、悪者はメディアにさらされるものだと見せしめをしているのだ。
テレビで見ていたら、そこまでして撮りたい映像なのかと滑稽にさえ思えてくるのに、マスコミに追われるのは手錠を掛けられることよりも骨身に応えた。
車はようやく公道に出て管轄の警察署へと向かった。
夕暮れの薄暗さにも溶け込まないパトカーの居心地の悪さといったらない。
隣り合ったドライバーの視線も、瞬時に通り過ぎる歩行者の視線も気にかかる。向こうはすでにこちらを知っているだろうかと。
常に誰かに見られている。
気のせいというのでは決してない。
マスコミは早々に住まいを特定しており、アパートから出てくると唐突にマイクを向けられることもあった。
質問に答えられなければやましいことがあるだろうといわんばかりで、差別や人権に口うるさいメディアがすることとは思えなかった。
逃走したつもりだってない。
人の視線から逃れたかっただけだ。
仕事に出ることもままならず漫画喫茶で時間をつぶしていたら身柄を拘束された。
土曜日だったからことのほか人が多く、何事が起こったのかとここでもまたスマホのカメラを向けられた。
漫画喫茶は自宅から近いところだったが管轄が違ったらしい。せっかく警察署までやってきたのに、再び人の目にさらされる機会ができてしまったのだった。
あ。そうだ。
今日は土曜日だ。
でも、篤史もしばらくは家に帰ってこないだろう。
篤史は早苗よりも先に逮捕されていた。
家主がいなくなったアパートはどうなるだろうか。保証人は、確か父のはずだから、そこへ連絡が行って、どうにかなるに違いない。
そんなゴタゴタがあれば録画し忘れたこともごまかしがきく。
早苗が責められる原因とならなければそれでよかった。ぶち切れたら手に負えない。それでもやっぱり平手打ちぐらいはくらって、ごめんなさいと早苗が頭を下げることになるだろうか。
次に会うことがあるのなら――。
少し、ふたりの関係性が変わっているかもしれない。
あの日、優しくされたことを早苗はずっと心のよりどころにしていた。あの頃のように戻ってくれるのなら、目をつぶらなきゃならないこともあった。
篤史の心が離れていくのが怖かった。
残りの人生を消化試合みたいにすごしていくのはあまりに惨めだった。
もう二度と誰からも愛されないような思いにかられ、かすかに感じられる愛を探し求め、理不尽な仕打ちを受け入れた。
なのに。どうしてだろう。
篤史としばらく会えないとわかって安堵もしていた。
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