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誰にも気にとめられない男がいた。
裾の長いテーラードジャケットをまくり、ズボンに手をつっこむ。
取り出した懐中時計はこの世とあの世の狭間にある時をさしている。
北校舎はひとけはまばらだった。昼休みでも特別教室ばかりがあるこちら側にはあまり生徒がやってこない。遠くから学校生活を楽しむ生徒たちの声が聞こえるだけだった。
男は中折れ帽をかぶり直して階段を上っていく。
どういう事情か、階段の中程でお弁当をひとりで食べている生徒がいたが、どちらも関心を示さなかった。
男を邪魔する者は誰もいない。
屋上までやってくると、鍵の開いたドアを大きく開け広げた。屋上とはなんのためにあるのか。行き場のないとどのつまりなのに、そこから見える景色は果てしなかった。
開放的な空間の目立つところに、そろえた革靴とカバンが並べてあった。風で飛ばされぬよう、靴を重石に白い封書も置かれている。
フェンス際に少女は立っていた。足下は紺色の靴下だけだった。登校してからそのまま土足でやってきたようだ。
少女もまたあのお弁当の生徒と出くわしただろうか。
最後の決心は、誰に悟られることなくここまで辿り着いていた。
男は静かに少女の隣に立った。
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