転生世界で俺は魔王の片腕として頑張っていくことにしました
またしても俺は地面に叩きつけられる。地面に伏していたのに、気付いたら地面に落ちるとは、我ながら器用な話である。
次はどんな世界だ。どんな世界でもいい。もう死なせてくれ。どうでもいいんだ。
「おい、貴様」
ドスの利いた女の声。また女か。もう、関わらないでくれ。俺は死にたいんだ。
「ほう、死にたいとな」
……? 心でも読まれたのか? でも、どうでもいいや。
「虚空より出でし者よ、ならば我の為に戦え、そして死ね。命を、有効活用してやろう」
何だか不遜な話し方である。ここは一体どこなんだ?
カビ臭い。石の床は冷たく固い。床だけではない、部屋中に満ちている空気も、何もかもが冷たい。
俺は体を起こして、辺りを見渡す。そしてぎょっとした。
それはもう、絵に描いたような魔王城だった。
石造りの床や天井、そして無駄に多い石柱。あちらこちらに悪魔的な彫刻が飾られており、その口では紫色の炎が怪しく揺れていた。
ゲーム世界で散々見てきたような、魔王城である。
「どうした、魔王を前に恐れ戦いたか」
女の声。その声の主を見ると、角を生やし、牙が生え、獣のような鋭い眼光を持った、美女であった。その体は豊満であり、しかし少しもそれを恥じらうではなく、むしろ誇るようにボディラインがはっきりと出るドレスを着こなしていた。
恐ろしい、と思うより先に、美しい、と思った。言葉にしなくても溢れ出る気品と自信。厳しさを身にまとっているものの、しかし俺に向けられているのは明らかに好奇心であった。
「美しいだと?」
眉間に皺を寄せる女――自称では魔王との事だ。
俺は何も言葉にしていない。先程からの事を考えると、どうも心を読まれているらしい。こりゃうかつな事を考えられないな。
「そうだな、この魔王の前で滅多な事を考えるものではない。しかし……そろそろお前の声が聞きたいな。そして述べよ、貴様は何者だ?」
どう説明したらいいのだろうか。色んな世界に転送され続け、気がついたらこの場所にいたとか、そんな事で納得してくれるだろうか。
いや、他に言いようがない。
「俺はただの人間です。何の能力もありません。ここへはどうやって来たか、全く分かりません。そもそもここがどこなのかも分かっていません」
「ほほう、それでは貴様は、うっかりとこのイクチオーモ大陸の覇者たる、この魔王の根城の、更に最奥に着いてしまったと?」
ギロリと魔王は睨みつけてくる。数瞬後には頭から食べられてしまいそうな恐怖が、俺の体を襲う。死にたい、などと宣ってみたものの、いざ死を見せつけられると恐ろしくて竦んでしまう。
しかし聞いた事もない大陸である。そして何だかとんでもない事になっているようだ。
「は、はい。あの、俺、いや、僕は殺されるんでしょうか?」
「ん? 何故そう思う?」
「だ、だって、あなたは今にも僕を殺しそうな目をしています。いえ、死んでもいいんですが、あの」
「何だ、言うてみい」
「……痛くしないで頂けると助かります」
俺の精一杯のお願いに、魔王はキョトンとした後に大爆笑した。
「わーはっはっは! お前は生娘か何かか! 面白い、お前は我の側仕えとしよう!」
何だかよく分からないが、とても気に入られたようだ。
それから俺は、人間界を進行する魔王の片腕として活躍する事となった。
何せ魔王という単語から察する通り、この世界はゲーム世界に酷似している。
このイクチオーモ大陸は、人間の世界と魔族の世界に二分されており、魔王は人間を滅ぼさんと日々活動している。人間世界では時折伝説の勇者という名のチート勇者が生まれるのだそうで、現在もそいつに苦戦している。曰く、どこからか転生してきたとかでとんでもない魔力の持ち主ながら、とてつもない気分屋だそうで人間も魔族も振り回されっぱなしなのだという。
何てこった。ここはゲーム世界でもファンタジー世界でもない。転生先の異世界だったのか!
クソみたいな人格の勇者の話を聞くにつけ、そういう人間共に散々ひどい目に遭わされてきた自らの半生を思い返し、同時に新しい生活の中でとても良くしてくれる魔族達への同情が俺の心を占めていった。
人間なんてクソだ。聞けば残酷な方法で魔族を殺し、解体し、道具として使っているのだとか。相手への敬意などありはしない。
そんな人類、滅ぼしてしまえ。
「という訳で、人間を滅ぼすにはどのようにすべきか。お前の意見を聞こう!」
ある日の魔族会議。目をランランと輝かせた魔王が、俺の発言を待っている。凄まじい速度でこの世界についてを理解していく俺を、賢者か何かかと思っているようだ。俺にはチート能力など無い。過剰な期待である。いや、心を読んだ上で、真実を知った上でそう言っているのかも知れない。この女は計り知れない。
周囲の魔族も皆一目置いてくれていて、俺の発言を待っている。
人間をいかにせん。
魔族の状況を見たが、圧倒的な武力である。チート勇者がいかに強かろうと、ただ一人の人間だ。広範囲を焦土にしつつ攻め上げてしまえば問題なかろう。
……同じ人間として、それでいいのだろうか。
俺のこれからの一言で、数万、数十万の人類は残虐な手段の結果滅亡するだろう。それは、良い事なのか?
身に余りすぎる程の大きな決断を迫られている。呼吸が整わない。汗が止まらない。思考がまとまらない。
返事もできず立ちつくす俺に、魔王はそっと近寄り、抱きしめてくれる。
「いいのだ、我が全ての責任を持つのだ。お前は人間が憎いだろう? お前を傷つけるものを、我らが全て滅ぼしてくれよう。やりたいようにやれ。やりたいと思う事に、言い訳など作るな」
温かい。俺は未だかつて、こんなに優しくされた事がなかった。思わず涙ぐみ、ぎゅっと抱きしめ返す。そこには、女の子と触れ合ってこなかった事へのコンプレックスや性欲など何もなかった。ただただ、癒された。
しかしいつまでもこうしてはいられまい。魔王から離れ、俺は次々と提案していった。
基本的な戦略は単純である。逆らう者は皆殺し、そうでなければ統治する。
逆らう事のデメリットを極大まで提示し、一方で順応する場合には十分なメリットを得られるようにしたのだ。
人間なんて単純なもので、これまでの生活が変わらなければ、誰が統治してもそれほど興味がない。幸いにして統治に向いている知能のある魔族も十分にいる。虐殺は禁止、略奪も却下。それ自体に魔族の中から反発はあったものの、魔王が一睨みで黙らせた。
結果としてこれまでの人間界への侵攻速度は倍以上となり、俺は更に多くの魔族に認められるようになっていった。
唯一障害だったチート勇者だが、彼も男。美女達を次々と派遣し、それと気付かせぬよう接触させ、セックス漬けの毎日を送らせた。朝になれば「行かないで」と泣きながら懇願するおまけ付きである。あっさりと
恐らくだが転生前はよっぽど不本意な生活を余儀なくさせられてきたのだろう。満たされてしまえばこんなものである。単純な策であったが、それ故に効果は絶大だった。
全てゲームなどで得た知識だったが、上手くはまってくれて良かった。そして俺がこんなに認められる事もこれまで生きてきて初めての出来事である。
俺は認められる喜びを知り、これまでの人生を取り返す事ができた。
その後魔王は無事人間界を滅ぼし、俺たちは世界を征服した。
「お前のおかげだ。ありがとう」
久しぶりに魔王と二人きりである。いつもより声も表情も明るい。
「いえ、そんな。俺はただできる事を……」
「二人きりの時はよそよそしい態度なんてするな」
むぅ、と頬を膨らませる魔王。いつの頃からか、俺と魔王はそういう間柄になっていた。
「分かった、悪かったよ」
「分かればよろしい」
コロッと笑顔に変わる。俺はこの人にどれほど救われているだろうか。
「なあ。人間界も制圧が終わった。これからは二人で統治していこうな」
「あぁ、もちろんだ」
「だ、だからな? その……こ、子どもをな?」
顔を真っ赤にしながら、しどろもどろに話す魔王。
二人で何度も将来について話し合った。俺と魔王と、その子どもで、更に盤石な世界を作る。そう約束していた。が、いざその段になると些か恥ずかしい。
「あの、ホントに、無理はしなくていいんだぞ?」
俺の気遣いに、しかし魔王はまた頬を膨らませた。
「お前はまた……やりたいと思う事に言い訳を作るな。それとも……したくないのか?」
シュンとして、俯く。あぁ、俺はこんな顔をさせたいんじゃない。覚悟を決める所だろ。
「いや、そんな訳ないだろ」
俺はそっと魔王に歩み寄り、頬にそっと触れる。魔王は一瞬身じろぎするが、すぐに受け入れてくれた。
こんなに幸せな事があるだろうか。愛しいこの人と、俺はこれからセックスをし、更なる幸せな日々を送る。昔では考えられない人生だ。
死んでも良い。
そう心から思った瞬間、部屋の片隅に置き去りにしていた、古ぼけたスマホの画面が光を放ち、俺を吸い込んでいった。
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